「時間がないから休めない」はミスやイライラを生むことに…。仕事の集中力とメンタルを整える1日7〜8時間の理想の睡眠
忙しく働いていると「時間がないから休めない」と思ってしまう。作業が中断され、「休むのが怖い…」と休まず働き続けてしまうことがあるだろう。
日本とアメリカで2万人のビジネスパーソンを見てきた、ビジネスコーチの吉川ゆりさんは、ついそう思ってしまう人に向けて休まないことで起こってしまうことと、睡眠の大切さを著書『なぜ、あなたは時間に追われているのか』(日経BP)で触れている。
「休むのが怖い」の末路
仕事時間が長いことと生産性の高さがイコールでないことは、OECD(経済協力開発機構)の調査や多くの産業心理学の研究で一貫して証明されています。
「時間がないから休めない」「休むのが怖い」と思って休みを取らずに走り続けると、私たちの体と脳には何が起こるでしょうか。
まず脳の司令塔である前頭前野(ぜんとうぜんや)の機能が著しく低下します。前頭前野が疲弊して機能しなくなると、簡単な判断をするのにも時間がかかるようになり、ちょっとしたことでイライラしたり、落ち込んだり、感情が不安定になったりするといわれています。
さらに見逃せないのが、ストレスホルモンの影響です。休まずに心身が緊張した状態が続くと、ストレスホルモンのコルチゾールが分泌され続けます。
コルチゾールは、一時的には体を戦闘モードにして頑張らせてくれますが、出続けてしまうと脳の細胞を傷つける可能性があるほか、免疫力を下げたり、睡眠のリズムを狂わせたりするとされています。
コルチゾールが慢性的に高い状態が続くと、脳が興奮して眠れなかったり、眠りが浅くて疲れが取れにくくなったりします。そして、疲労が雪だるま式に蓄積されていくのです。
その結果、休まずに時間をかけて努力しても仕事が終わらず、ミスは増え、良いアイデアも出てきません。それは本人の能力が低いからではなく、脳と体がガス欠を起こしてしまっているからです。
この状態のまま無理を重ねると、最終的には燃え尽き症候群になってしまいます。ある日突然ベッドから起き上がれなくなったり、頑張っていた仕事に対して何の感情も湧かなくなったりします。
脳が「もうこれ以上は無理だ」と強制終了をかけた状態です。一度バーンアウトしてしまうと、回復するのには長い時間がかかります。
なぜ「睡眠」を最優先すべきなのか
集中力を高める上で欠かせないにもかかわらず、多くの人がつい後回しにしているのが「睡眠」です。「忙しくて寝る時間がない」「やりたいことが多くて」とつい夜更かししてしまい、睡眠時間を削っている方が多いのではないでしょうか。
しかし、あなたが「もっと集中して成果を出したい」「短時間で効率よく仕事を終わらせたい」と願っているなら、最も避けるべきなのが「睡眠を削ること」です。なぜなら、睡眠こそが集中力の「土台」だからです。
睡眠不足に陥ると、脳の司令塔である前頭前野の機能が著しく低下します。睡眠不足の状態では、血中アルコール濃度が高い酔っ払いの状態と変わらないほどパフォーマンスが落ちるという研究結果もあります。
酔っ払った状態で資料を作成したり、重要な商談や意思決定をすることは難しいでしょう。ミスが増え、判断力が鈍り、感情のコントロールも効きづらくなります。つまり、睡眠を削って仕事をすることは、お酒を飲みながら仕事をしているのと同じくらい非効率なのです。
実際、私がお会いする日本のお客様の多くが、睡眠時間が足りていません。頑張っているのに目標が達成できない、自分のやりたいことが分からなくてもやもやする……。
こうした課題を抱える方の背景に睡眠不足があり、感情や認知をうまくコントロールできていないことが多いのです。よく眠るようになるだけで問題への解決法が見つかることも少なくありません。
理想の睡眠時間は7〜8時間
具体的にどのくらい眠ればいいのでしょうか。理想的とされているのは「7〜8時間」です。米国睡眠医学会および睡眠研究学会は2015年に、「健康な成人(18〜60歳)は健康維持のために1晩あたり7時間以上の睡眠を確保すべき」という指針(コンセンサス)を発表しました。
世界中の数多くの研究によって、日中のパフォーマンスを高めるために最も適した睡眠時間は「1日7〜8時間」だと示されています。
睡眠には「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2種類があることをご存じの方も多いでしょう。私たちが眠りに入ると、まずは深いノンレム睡眠がみられます。
このとき脳内では「脳の老廃物の掃除」が行われます。昼の活動によってたまった老廃物(タンパク質の一種であるアミロイドベータなど)が、脳脊髄液(CSF)によって洗い流され、掃除されることが研究によって明らかになってきています。
深いノンレム睡眠をしっかり取れないと、脳内に老廃物がたまって働きが鈍い状態のまま翌日を迎えることになります。
睡眠が後半になるにつれて、レム睡眠が多くみられるようになります。レム睡眠のとき、体は休息していますが脳はむしろ活発に活動しています。
このときに行われるのが「感情コントロール機能の回復」です。前頭前野のほか、感情の処理に関わる扁桃体という部位へのネットワークが活性化し、翌日のメンタルを安定させると考えられています。
レム睡眠の持続時間は朝方になるにつれて長くなります。
つまり、ある程度長い時間寝ないと、感情のコントロール機能の回復が行われるレム睡眠が十分に得られません。その結果、ちょっとしたことでイライラしたり、不安になったり、落ち込んだりしやすくなると考えられます。
寝ている間に記憶が定着する
また、ノンレム睡眠とレム睡眠を通じて行われるのが、「記憶の整理と定着」です。私たちが勉強したことや経験したことは、一時的に脳の「海馬(かいば)」という場所に保管されます。
ただし海馬の容量には限りがあるため、記憶や情報は私たちが寝ている間に脳の長期保存庫である「大脳新皮質(だいのうしんひしつ)」へ移動され、整理・保存されます。このプロセスを経て初めて記憶は定着します。睡眠不足だと、この記憶の定着も十分に行われないことになります。
「睡眠時間を増やしたら仕事や勉強をする時間が減ってしまう」と心配になる人は、時間を量ではなく質で考えてみることをおすすめします。
例えば、睡眠不足の頭で、効率が上がらずに3時間かけて資料を作るのと、ぐっすり眠って冴えた頭で1時間で終わらせるのとではどちらが生産的でしょうか。
もちろん後者ですよね。睡眠時間を確保することで、仕事に使える時間が物理的に減っても、集中力と処理能力が劇的に向上すれば、トータルの成果はむしろ上がると考えられます。
吉川ゆり
Mental Breakthrough Coaching(TM)スクール代表。社会を変える土台としての「人の変化の構造」を体系化し、経営者・リーダー・医療者・教育者・芸術家など変化を起こす人材を育てている。
