なぜ老人はキレやすいのか。精神科医の和田秀樹さんは「老化すると感情をコントロールする前頭葉の機能が低下し、感情の切り替えがうまくできなくなる。『頑固になる』や『怒りっぽくなる』といわれるのは、このためだ」という――。

※本稿は、和田秀樹『老人入門 いまさら聞けない必須知識20講』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

■キレやすい人はふだんから無表情なタイプが多い

コンビニのレジで「遅い」と店員を怒鳴ったり、レストランや酒場で接客に不満があると「なんだその態度は」とキレてしまうのが暴走老人ですが、キレやすいのは何も老人だけではありません。

会社勤めをしていたころにもキレやすい上司がいました。上には従順でも部下にはすぐ当たり散らす上司もいました。

そういった上司に共通するのは、ふだんから不機嫌で無表情なタイプが多いということです。あまり感情を表に出しません。何を考えているのかわからないだけでなく、表情を読み取りにくいところがありました。休暇届を出すのに、タイミングがなかなか掴めなくて苦心します。

キレやすいタイプにはふだんから感情が表に出にくいという共通点がありそうです。

感情発散がうまくできなくて、どうしても溜め込んでしまうのです。嬉しいときには笑顔を浮かべて笑うときには大きな声で笑い、腹を立てれば怒鳴り散らしてもすぐに収まるような、喜怒哀楽がはっきりしているタイプは向き合うほうもわかりやすくて安心です。機嫌よさそうにしていれば「休暇届を出すならいまだ」と判断できます。無表情は困るのです。

■怒りをコントロールするのが一番難しい

暴走老人はどうでしょうか。

こちらにも、どちらかといえば無表情のイメージがあります。ふだんからやはり不機嫌です。喜怒哀楽のはっきりしている老人なら、たとえ怒ったとしても一瞬のことで、「まあ、混んでるからしょうがないけど」とレジの係の人に気を遣います。怒りを爆発させてエスカレートさせる暴走までは至らないのです。

感情のコントロールというのは、年齢にかかわらず決して簡単なことではありません。

とくに怒りはいちばん強い感情ですからコントロールも難しいのです。中年世代でもなかなかうまくいかない人がいるのも当然ですが、その原因の一つに日ごろから感情発散ができていないというのがあります。とくに怒りは溜め込まないほうがいいということです。

■脳の老化は前頭葉の機能低下から始まる

脳の老化は前頭葉から始まります。

早い人では中年期から前頭葉の萎縮がはっきりとわかります。カッとしやすいタイプの人は、じつは前頭葉の機能低下が原因かもしれません。

写真=iStock.com/Andreus
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前頭葉の機能が低下すると、まず感情の老化が表れます。若い世代ほどよく笑い、よく泣いたりしますが、中年を過ぎるころからそういった豊かな感情表現が消えてしまい、何となくいつもムッツリしていて表情の変化が乏しくなります。

そして感情の老化は感情コントロールも難しくします。

あらゆる感情の中でいちばん強くてコントロールが難しいのは怒りです。喜びや悲しみは「泣いたカラス」と同じですぐに消えますが、怒りはパワフルで、いちど爆発してしまうとなかなか収まりません。

■人間が人間らしく生きられるのは前頭葉のおかげ

少し脳の説明を加えますと、人間の脳は簡単に言えば2重の層になっています。深いところに大脳辺縁系と呼ばれる部分があり、その上を大脳新皮質が包み込んでいます。

感情はこの深い場所にある辺縁系から生まれます。

辺縁系は動物の脳とも呼ばれますが、感情や本能(生存本能、食欲とか性欲)を生み出す脳で、これは動物にも共通します。生きるためには欠かせない脳です。

たとえば恐怖という感情はどんな動物にもあります。恐怖感が生まれるから動物は危険を察知すると身を守る行動を取ることができます。しかも素早くです。

人間も同じで、身の危険を感じたときにとっさに逃げ出します。ここであれこれ考えてしまう(判断したり分析したりする)より、とにかく逃げたほうが命を守れます。

辺縁系を覆っている新皮質は哺乳類のような高等動物に発達した脳です。もちろん人間の脳はあらゆる動物の中でいちばん巨大な新皮質を備えています。新皮質は人間の思考や知的な活動に関わるすべての機能を備えています。話す、読む、書く、計算する、思考する……その他一切の知的な活動です。

新皮質の中でもとくに発達しているのが前頭葉ですが、ここはとりわけ人間らしい脳になってきます。たとえば意欲や意志、想像力や創造性といった分野ですが、簡単にいえば巨大な大脳新皮質をコントロールしている脳ということになります。

オーケストラにたとえれば、新皮質のさまざまな部位に備わった機能が各楽器です。それを統一し、コントロールする指揮者が前頭葉ということになります。

■感情の切り替えがきかなくなるのは老化現象

そして前頭葉は、感情コントロールの役割も受け持っています。下部の脳、辺縁系から突きあげてくるさまざまな感情を、理性でコントロールする役割です。

怒りの感情はそれをただ爆発させるだけなら弊害を生み出しますが、怒りそのものは動物にも人間にも必要です。ときに怒りが私たちにパワーを与えてくれることもあるし、現状改革のエネルギーを生み出すこともあるからです。

老化の話に戻しましょう。

といっても、ここまでの説明で暴走老人の正体も原因もほぼおわかりいただけたと思います。

暴走老人に限らず、老化現象のひとつに「頑固になる」とか「怒りっぽくなる」というのがあります。その原因も前頭葉の萎縮による感情コントロール力の低下と、前頭葉機能の低下で感情の切り替えがきかないということのふたつになってきます。

■毎日を楽しみ尽くしていれば前頭葉は活性化する

でも、本書を読んでくださるみなさんには恐れるほどのこともありません。

前頭葉の老化防止について学び、意欲の高め方についても学べます。老後の人生、目的は毎日を楽しみ尽くすこと、それだけです。

和田秀樹『老人入門 いまさら聞けない必須知識20講』(ワニブックス)

自分の楽しみな時間が一日の中に散らばっていれば、感情発散は十分に行われています。不満や不機嫌を溜め込むことはありません。

人と会って話す、おしゃべりして楽しい時間を過ごすというのは、相手の話に共感したり自分の気持ちや考えを素直に伝えることが必要です。

なるほど、そういう見方もあるか」とか「言われてみればその通りだな」といった経験は、柔軟な思考法を自然に育てていきます。初めての経験やドキドキ、ハラハラする世界を楽しむというのも、食わず嫌いを遠ざけ、「この歳になっても知らない世界ってまだまだあるんだな」という気持ちにさせてくれるでしょう。

すべて、頭を柔らかくしてくれる体験です。前頭葉を刺激して活性化してくれます。

高齢になるとどうしても「結果はもうわかっている」とか「こうでなければいけない」「こうなるはずだ」といったいままでの人生経験から導かれる答えや予測を正しいと思い込む傾向が強くなります。いわゆる「かくあるべし思考」ですが、この思考法に捕まってしまうと苦しい老い方を強いられます。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授
1960年大阪市生まれ。1985年東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科、老人科、神経内科にて研修、国立水戸病院神経内科および救命救急センターレジデント、東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米カール・メニンガー精神医学校国際フェロー、高齢者専門の総合病院・浴風会病院の精神科医師を経て、現在、国際医療福祉大学赤坂心理学科教授、川崎幸病院顧問、一橋大学・東京医科歯科大学非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック院長。
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(精神科医・国際医療福祉大学赤坂心理学科教授 和田 秀樹)