スマホの夜間モードは意味がない…大学教授が「ベッドにスマホを持ち込むな」と語るこれだけの理由
※本稿は、西多昌規『休む技術2』(だいわ文庫)の一部を再編集したものです。
■夜のスマホ使用には健康リスクがある
「睡眠の質を上げる」ことを謳ったサプリや飲み物が人気ですが、就寝と起床のリズムを整えたり、サプリなどの力を借りるだけでなく、光の使い方を見直すことで、体内時計が整い、よい睡眠で身体と脳をゆっくり休めることができます。
朝の光は、体内リズムを朝型に前倒ししてくれるだけでなく、夜にメラトニンの分泌を高めます。メラトニンは、眠りのホルモンとも呼ばれる物質で、通常、夜中が分泌のピークになります。午前中に強い光を浴びておくと、約12〜15時間後の夜中にかけて、メラトニンが活発に分泌されます。朝の光は、夜の睡眠スイッチをオンにする役割も果たしているのです。
とはいえ、光はいつ浴びてもいいわけではなく、夕方以降、特に夜に明るい光を浴びるのは、睡眠にとってマイナスです。夕方以降に明るい光を浴びると、メラトニンの分泌が低くなってしまいます。不思議なことに夜の光には、朝の光とは真逆の効果があるのです。
夜の光といえば、現代人にとっては、スマホやパソコンからのブルーライトの問題があります。スマホが睡眠に与える影響も次々と明らかになってきています。2020年にアメリカの科学誌『Sleep』に発表された韓国の研究グループの論文では、夜のスマホ使用が、次のような項目と相関があったとしています。
・強い不安を経験
・対人関係での問題発生率の増加
・人生の満足度の低下
・罪悪感と自己批判の増加
この結果からは、夜にスマホを使用すると、ロクなことがないのがわかります。では、夜のスマホをやめると、睡眠の質はよくなるのでしょうか。
■スマホを制限するだけで睡眠時間が長くなる
中国の研究ですが、4週間スマホを制限するグループ(19名)と制限しないグループ(19名)で睡眠の比較を行ったところ、制限しないグループと比べて、スマホ制限グループは睡眠時間が長くなり、寝つくまでの時間が短くなったという結果でした。
しかしわたしは、たとえば寝るときにスマホを別の部屋に置く、あるいは電源をオフにすると、不安になってかえって眠れなくなる人が一定数出てくるのではないかと疑っています。アラームにスマホを使っている人なら「起きられなかったらどうしよう」「緊急の電話が来たらどうしよう」と、不安になる人もいるでしょう。
そもそも枕元にスマホがないだけで落ち着かないというスマホ依存傾向、「スマホが安定剤」という人は、少なくないはずです。スマホの使用が睡眠にあまり影響を及ぼさないのではないか、という説もあります。
たとえば、現代の20〜30代前半の若者は、おそらく寝る前もスマホを見ているはずです。ところがビデオリサーチと電通による調査で、若い世代の睡眠時間がこの10年間に1割程度増え、約8時間になったことがわかりました。夜出歩くことが少なくなり、就寝時間が早まったこともありますが、横になってスマホを見ながら眠ってしまう「寝落ち」の可能性が考察されています。
■スマホの「夜間モード」はほとんど意味がない
スマートフォンには、夜間モードという機能があります。夜になると自動的に暗めの暖色系の色調に切り替わります。睡眠や体内リズムに悪いと言われる、LEDから発せられるブルーライトを弱める目的です。わたしも夜間モードはオンにしていて、そこそこ効果はあるのかなと思っていました。しかし最近の研究では、睡眠にプラスとなる効果は低いようです。
2021年に発表されたアメリカ、ブリガムヤング大学の論文によれば、夜間モードをオンにしたユーザーと、夜間モードをまったく使わなかったユーザーの間に、睡眠の違いはなかったことがわかりました。
この研究では、iPhoneを用いています。18歳から24歳の成人を対象に、夜間モードをオンにしたユーザー、夜間モードをオフにしたユーザー、寝る前にスマートフォンをまったく使わないユーザーの3つのグループに分けました。参加者には、ベッドで8時間以上過ごしてもらい、ウェアラブル機器を装着して睡眠習慣を記録したところ、この3つのグループの間で、睡眠の質や睡眠時間に違いは見られませんでした。
次に参加者を平均睡眠時間が7時間の人、6時間未満の人の2グループに分けました。その結果、スマホを使用しない7時間睡眠グループの参加者は、スマホ使用者に比べて質の高い睡眠を得ていました。また、6時間未満睡眠のグループでは、睡眠の違いは見られなかったとのことです。この結果から、夜間モードを使っても差がないこと、スマホはやはりオフにしたほうが睡眠の質が上がることが実証されました。
寝る前のスマホ使用は、夜間モードをオンにしようが、やはり脳や睡眠にはよくないようです。
■ベッドにはネガティブなコンテンツを持ち込まない
自分ではスマホの影響はないと感じていても、脳波を測れば深い睡眠が減るなど、睡眠の質が悪くなっている可能性は否定できません。夜スマホの弊害は、ブルーライトの影響もないわけではないですが、むしろその人の精神状態や、選ぶコンテンツなど、認知的・心理的な刺激によるところが大きいのではないでしょうか。
強いストレスを受けている、あるいは不安やイライラが強いという人は、どうしても自分に関連したネガティブな内容のネット情報をたぐりがちです。ブルーライトのような機械的な要因よりも、自身のメンタル状態やコンテンツ内容という感情的な要因が、脳を覚醒させ、眠りを妨げている側面もあるでしょう。
あっという間に「寝落ち」している人は、多少睡眠は浅くなっているかもしれませんが、メンタル的には大丈夫だろうという推察ができます。しかし睡眠の質を高め、脳を休ませるという点でいえば、やはり寝る前はスマホをオフにする、ほかの部屋で充電しておくといった、「わかっちゃいるけどなかなかできない習慣」が望ましいという結論になります。
夜のスマホはやめたくない、でも睡眠の質を下げたくないなら、せめてベッドではネガティブなコンテンツには触れずに眠りましょう。
■熟睡していたのに「一睡もできなかった」と語る女性
コロナ禍によって社会活動が制限されていたなかで、日本人の睡眠時間も多様化してきました。
リモートワークによって通勤通学時間がなくなり、睡眠時間が増えたという人もいます。一方で、なかなか寝つけず、睡眠時間が減った、あるいは睡眠の質がひどく悪くなったという人がいることも、臨床や調査で浮き彫りとなっています。こういった人たちは、「不眠症」というより、「不安症」の要素がより強いのではないかという印象をわたし自身はもっています。
考えてみれば、いろいろな変化が押し寄せる時代にさまざまなことを不安に感じずにいられないのはもっともな話です。「会社や店の業績が悪化した」「物価は上がっているのに給料は上がらない」「大規模なリストラがあるかもしれない」など、今だけでなく、これからの経済的な不安や社会変化に伴う不安もあるでしょう。このような不安が、入眠困難や睡眠の質の低下に影響しているとしても何の不思議もありません。
これを裏付けるように、ここ数年の不眠症のトピックは、「睡眠状態誤認」というものです。わたしが臨床で経験した「睡眠状態誤認」で記憶に残っているのは、ある50代の女性の入院患者です。
入院してからずっと不眠を訴えていたのですが、看護日誌を見ても、毎晩「良眠」と記録されています。わたしが当直のときに確認してみましたが、夜中もいびきをかいて熟睡状態でした。しかし、次の日、本人に訊くと、「一睡もできなかった」と言うのです。「少し眠れた」などのポジ要素はなく、「一睡も」です。
■睡眠の質を低下させる「過覚醒」
詳しい原因はわかっていないのですが、こうした「睡眠状態誤認」の要因だと現代の睡眠医学で考えられているのは、夜になると脳が過剰に敏感になる「過覚醒(hyperarousal)」です。
おそらくベッドに入ってから覚醒しているわずかな時間の恐怖・不安感が、増幅されて脳にインプットされ、「過覚醒」になる。そして過覚醒の脳が、ますます不安に過敏になるという悪循環が起こっているのです。
そのため、たとえば、実際は3分間ぐらいしか目覚めていなくても、6時間ぐらい眠れなかったという苦しい記憶に変換されてしまうのかもしれません。この「過覚醒」については、脳科学的にも遺伝子的にも、まだまだわかっていないことがたくさんあります。一説には、HPA軸という、ストレスに反応するホルモンの仕組みが不適切に活性化している可能性が指摘されています。
「過覚醒」の脳をすぐにクールダウンする方法は、なかなかありません。日中の不安を和らげる習慣を地道に行っていくことが、いちばんの対処法でしょう。
■毎日少しずつリラクセーションをしたほうがいい
睡眠は、年齢やその人の置かれた状況によって個人差が大きいものです。たとえば既に長くは眠れなくなっている高齢者が、「8時間寝なければ病気になる」という思い込みをもてば、より不安を強くしてしまうでしょう。しかし実際には、高齢者の睡眠時間にも大きな個人差があり、何時間睡眠がよいと一概には言いがたくなってきています。
また、睡眠だけが健康を左右するわけではありません。総じて、日中に元気かつ活発に活動できていれば、大きな問題はないことがわかってきています。睡眠に関しては、「短眠でも元気に過ごせる」といった科学的に有害性が実証されている極端な考え方はいけませんが、自分に適した習慣を選択する柔軟性も大切です。
過覚醒対策で夜にできることとしては、リラクセーションがあるでしょう。ヨガやストレッチなどがリラクセーションにあたりますが、不眠によく用いられるのが「漸進的(ぜんしんてき)筋弛緩法(きんしかんほう)」です。
これはエドモンド・ジェイコブソン博士が1920年代に考案した方法で、基本的には、身体の筋肉を8割程度の力で5秒間ほど緊張させ、次にそれを一気に脱力させて10秒ほど弛緩させることを繰り返します。
このプロセスによって、筋肉が弛緩するだけでなく、脳神経系の緊張もほぐれてくるというリラクセーション法です。毎日行うことが大切ですが、不安が強い人は、即効性がないことで逆に不安になってしまうようです。効果がすぐには表れないことを理解したうえで続けましょう。もちろん、ヨガでもストレッチでも構いません。
繰り返しになりますが、重要なのは、すぐに効かなくても不安に思わず、続けることです。少なくとも2、3カ月は行うつもりでやってみることをおすすめします。
「漸進的筋弛緩法」は、眠れていないという不安が続いたら試してほしいリラクセーション法です。
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西多 昌規(にしだ・まさき)
早稲田大学スポーツ科学学術院 教授、精神科医
1996年東京医科歯科大学医学部卒業。自治医科大学講師、ハーバード大学、スタンフォード大学の客員研究員などを経て、早稲田大学スポーツ科学学術院・教授、早稲田大学睡眠研究所・所長。日本精神神経学会・精神科専門医、日本睡眠学会・専門医。専門は睡眠、身体運動とメンタルヘルス。『休む技術』『休む技術2』(だいわ文庫)など著書多数。
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(早稲田大学スポーツ科学学術院 教授、精神科医 西多 昌規)