中間選挙を控えたトランプ大統領にとって国内のガソリン高は避けたいところだが…(写真:AP/アフロ)


ホルムズ海峡が事実上閉鎖されて2カ月余りが過ぎた。戦闘終結に向けた交渉は米トランプ大統領が「(イランの回答は)全く受け入れられない」と先行きが見えず、海峡周辺の緊迫感も解けない。市場では事態の長期化を見込む「NACHO=Not A Chance Hormuz Opens(ホルムズ海峡が再開する見込みはない)」という言葉まで流行り始めた。価格高騰は原油からサービスや食品分野に波及する「物価高の連鎖」が進む。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

日清オイリオが食用油を値上げした「2つの理由」

 日清オイリオグループは4月20日、家庭用と業務用の食用油価格を6月1日納品分から引き上げると発表した。家庭用は「日清キャノーラ油」などが11〜15%値上がりする。業務用や加工食品メーカー向けは17〜21%上昇する。

 同社は値上げについて2つの理由を挙げた。

 第1は米国でバイオ燃料に使う大豆油などの混合義務量が引き上げられたことによる植物油相場の上昇。第2の理由は原油価格高騰によるエネルギー費や物流費、梱包資材費などの大幅上昇だ。

 2つ目の理由は分かりやすい。梱包資材費だけ取ってみても、ほかの食品同様ほとんどが石油化学製品の容器に、石化製品のラベルが貼られ、印刷にも塗料を使う。

 一方、第1の理由には少し説明が必要になる。この背景を考えていくと、今後のさらなる値上げも覚悟しておかねばならないかもしれない。

 まず、同社の報道機関向け資料を見てみよう。そこには「3月末に米国環境保護庁(EPA)より、2026〜27年のバイオ燃料混合義務量を25年比で約6割増とする方針が示されたことは、植物油需要の高まりを招き、油脂コストの上昇が一段と加速する見込みです」と説明してある。

 トランプ政権が米国の再生可能燃料基準(RFS)を見直し、ガソリンやディーゼル(軽油)に混合するバイオ燃料の量を増やそうとしていることは昨年11月の再生航空燃料(SAF)に関する記事でも触れた。

【関連記事】
なぜ再生航空燃料「SAF」の利用は進まないのか?「3倍以上」という価格に腰が引ける航空業界

(出所:米エネルギー情報局)


「(油田を)掘って、掘って、掘りまくれ」と捲し立てたトランプ大統領が、なぜバイオ燃料の利用を促進するのか?とも思うだろうが、狙いは共和党支持者が多い穀倉地帯の農家支援にある。要は選挙対策だ。

米国産トウモロコシの3分の1以上が「燃料」

 米国で生産されるトウモロコシのうち、すでに3分の1以上はガソリンに混合するバイオエタノール生産に向かう。つまり、食料ではなく燃料として使われるトウモロコシがそれだけあるということだ。

燃料としてのトウモロコシが増えると食料としての需給がタイトになる(イメージ写真:Toa55/Shutterstock.com)


 EPAは今年からバイオエタノールを15%混合(従来は10%が主流)した「E15ガソリン」の夏季販売を解禁した。E15は高温時に使うと光化学スモッグを発生するリスクがあるとして夏季の使用を基本的に禁止してきた。

 ただ、ウクライナ危機時のガソリン高騰に対処するためバイデン前政権下で22年から例外的にE15の販売を認めてきた。エタノールの比率を上げて、その分ガソリンの需要を抑え、価格上昇の圧力を弱めるのが狙いだ。その政策を継承してきたトランプ政権が正式に解禁したわけだ。

 米国のガソリン価格は全米自動車協会(AAA)の統計で直近5月10日時点の平均(レギュラー)が1ガロン(約3.785リットル)4.522ドルと1年前に比べ44%も高い。ウクライナ危機時には一時5ドルを超えたこともあるが、現在の水準は米国民の心理にずしりとのしかかる。さらに、軽油価格は5.647ドルと1年前に比べ60%も上昇し、物流コストを押し上げる。

 米ブルームバーグ通信が4月に実施したエコノミスト調査(17日から22日、90人を対象)によると、個人消費支出(PCE)総合価格指数は4〜6月期に前年同期比3.6%上昇すると見込まれている。3月調査での予想は3.3%上昇だったので、インフレが加速している。

 食品とエネルギーを除いた「PCEコア価格指数」についても従来の想定を上回る伸びが見込まれ、総合・コア共に年末まで3%以上で推移する見通しだ。エコノミストの多くはイラン戦争が早期に終結したとしても、エネルギー生産施設の損傷や精製能力への影響でエネルギー価格は高止まりが続くと警告している。

 先述したように、ガソリンや軽油に混合するバイオエタノール、バイオディーゼルを増やせば燃料高騰とインフレ再燃をある程度軽減できるかもしれない。だが、その皺寄せは農産物(食料)に行く。限られた農地を燃料と食料が奪い合う構図だ。さらに米国の農家もやはり中東発の化学肥料値上がりや資材、燃料高にも直面している。

 日清オイリオが挙げる第1の理由にはこうした背景がある。

漁業に使うA重油はホルムズ海峡閉鎖前より5割も高い

 食用油の値上がりは食料品の高騰の一部でしかないだろう。すでに日本の農家にも肥料やビニールなどの農業資材、ハウス栽培の燃料高がのしかかり始めた。

 肥料について言えば、全国農業協同組合連合会(JA全農)は秋肥(6〜10月)と春肥(11〜5月)の年2回、価格を改定する。直近の春肥も高度化成肥料(基準品)で前期(6〜10月)比4%強値上がりし、次の秋肥も値上がりは避けられない情勢だ。農水省の統計を見ると肥料原料では中東依存度の高い尿素の輸入価格が3月時点で大きく上昇し、ウクライナ危機以来の高値にある。

 日本経済新聞は5月7日、重油のスポット(業者間転売)価格が急騰し、農業用ハウスや工場ボイラーを直撃しているとの記事を伝えた。

 ホルムズ海峡が事実上閉鎖されて以降、国内の石油精製設備は稼働率を落とした。供給が絞られる中でガソリンや石化原料であるナフサの精製を優先したことで、重油の逼迫感が強まっている。中でも農漁業に使うA重油の価格はホルムズ海峡が閉鎖される前の2月末に比べて5割も上昇。燃料商社は入手できる量が分からず、販売先に価格を提示できないケースも出ているという。

 川上にある石油精製やエチレン設備の稼働率低迷が続けば、供給削減の影響が川下の石油製品や石化製品に広がる。たとえ在庫を取り崩して供給量を確保しても川下側からは川上の供給量が絞られたことが丸分かりだ。原油から精製するナフサ、ガソリン、軽油などの中間留分、重油類といった石油製品は連産品であり、ナフサが取れる割合を上げれば別の石油製品が絞られてしまう。

ガソリンなどへの補助金は6月末にも予算枯渇

 もちろん政府も対策は講じている。3月19日に石油製品の価格を抑える緊急的激変緩和措置を実施。4月30日以降はガソリンと軽油、灯油、重油が1リットルあたり39.7円、航空燃料が15.8円の補助を支給している。3月16日に190円を超えた全国平均のガソリン価格(レギュラー)が170円前後まで下がったのは補助金が効いているからだ。

 しかし、日本の財政事情を考えれば補助金を使った価格抑制は持続可能なものではない。野村総合研究所の木内登英エグゼクティブエコノミストの試算では、補助単価が現行の39.7円に据え置かれる「標準シナリオ」でも補助のための予算は6月末に枯渇する。そもそも、補助金で価格の上昇を抑え込めば、高値が消費を抑制する市場メカニズムの効果が薄れる。

 政府は米国などから原油の代替調達を急ぐ。だが、国際エネルギー機関(IEA)によれば、輸出が困難になった湾岸諸国の原油生産量は日量で1400万バレル減少した。米国による海峡の逆封鎖でイランの生産が止まればさらに供給量は減る。

 世界生産量の1割以上が減った状況で日本などが代替調達を増やせば、経済力が弱い国のエネルギー調達は行き詰まる。ウクライナ危機時、ロシアから天然ガスの供給を削減された欧州各国が米国などから液化天然ガス(LNG)の調達を急増させた結果、バングラデシュなどの新興国が調達難に直面した。

 ホルムズ海峡の通航正常化と原油生産の回復には時間がかかる。だからこそ一日も早く交渉で事態を打開しなければ物価高の連鎖と経済停滞が深刻さを増していく。

 日清オイリオの資料には「今回の価格改定は現時点でのコスト環境に基づき発表したものあり、今後も原料および物流・副資材等のコスト動向を注視し、状況によっては更なる価格改定の必要性も検討を進めてまいります」との記述がある。

 世界気象機関(WMO)は4月、東太平洋の赤道付近で海面の水温が高まるエルニーニョ現象が早ければ5〜7月にも起きるとの予測を発表した。主要産地が異常気象に見舞われる可能性も否定できない。「不安を煽るな」という意見も出るだろうが、現状から視野に入れられるリスクは踏まえておく必要がある。

筆者:志田 富雄