トランプ大統領

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 賛否両論を呼んだ高市首相の“ドナルドだけ”発言。そこには現実的で巧みな日本の外交戦略があったと杉山晋輔氏(元駐米大使)は評する。背後にあるのは「国際法」の問題だと。

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【実際の写真】“ガッツポーズで絶叫”だけじゃない! ホワイトハウスが公開した「高市首相」の姿

 今回の首脳会談は、トランプ大統領が日本を含めた各国に、イランが封鎖するホルムズ海峡への艦船派遣を要請する中で開かれました。日本はトランプ大統領にどう向き合うべきか、難しい対応が求められましたが、全体としては成功したと評価できる会談だったといえるでしょう。

 憲法9条を奉じる日本には法律的にできることとできないことがある旨、トランプ大統領にしっかり説明できた点はもちろん、日本にとっての懸案事項である台湾問題にまで話が及んだ点は見逃せません。

トランプ大統領

 会談後にホワイトハウスが発表したファクトシート(合意内容を記した文書)では〈台湾海峡の平和と安定〉が世界の繁栄に資すると確認され、〈武力や威圧を含む一方的な現状変更の試み〉に反対すると明記されました。これらは実に大きな成果だと評せます。中東情勢の問題に終始しない、広がりのある会談だったことがここでもうかがい知れます。

 会談の冒頭で高市首相が「世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っています」とスピーチしたことは確かに物議を醸しました。しかし、私は非常に巧みな外交テクニックだと感心しています。

 ご存じの通りNATО加盟国の一部は、今回のアメリカの軍事行動を国際法違反だと非難し、アメリカへの協力を拒否する態度を鮮明にしています。

よく練られた表現

 他方、高市首相はじめ日本政府は、アメリカの軍事行動は国際法に照らして合法かどうかは判断できないという立場です。もちろん「合法だから全面的に協力します」と言ってもいない。

 高市首相は、そうした面はさておいて、同盟国として気持ちの上でトランプ大統領に寄り添うという姿勢を示したわけです。前述の発言に続けては、諸外国に働きかけて応援すると付け加えました。これもよく練られた表現です。現時点で、合法か否かという点でトランプ大統領とけんかしても仕方がない。まさに現実的な判断があったと映ります。

 事務当局が入念に準備し、首相本人が非常に巧みな伝え方をしたといえますね。

 無論、アメリカイスラエルの軍事作戦は乱暴ではあります。それらは「自衛権」の範疇(はんちゅう)と見なし得るのか、国連安保理決議も経ていない状況で軍事行動に及ぶことは国連憲章で許容されないのではないか、そういった議論はあるでしょう。

そもそも国際法違反なのか

 ただ、国際法を長年にわたり勉強してきた身としては、やはりもっと大前提の問題、つまり今回の行動が果たして国際法違反なのかどうか、という議論から始めてもいいと考えます。

 イランがIAEAの査察を拒んで核ミサイルの開発を続けていたことに対し、2006年、安保理で経済制裁の決議が下されたことは周知の通りです。

 こうした「ルールを守らない国」に何らかの武力行使に出ることが、国際法上アウトなのか。武力を用いることが一切禁じられるのか。この点の議論はあっていいと私は思います。

 日本政府が「(武力行使は)許容される」と答弁したことはない一方で、かといって全面的に「国際法違反だ」と断じることも容易ではありません。現に1960年代から学会でも議論が続いてきました。法律論として簡単に断定することは、かくも難しい問題なのです。

 では、トランプ大統領はいつまで戦争を続ける気なのでしょう。

 私は、トランプ大統領は早期の終結が念頭にあるとみています。開戦当初こそ「2〜3週間で終わる」としていましたが、イランの反撃もあり、だんだんそうもいかなくなってきました。しかし、このままホルムズ海峡の封鎖が長引けば、原油価格は上がり、アメリカもその影響から逃れられず、アメリカ経済にとってマイナスとなることは言うまでもありません。

より規模の大きな軍事行動に出る可能性も

 今年は7月4日にアメリカ建国250周年記念日という節目が、11月には中間選挙が控えています。トランプ大統領は確かに強力なリーダーとはいえても、専制国家の指導者、独裁者ではありません。あくまで民主的な選挙で選ばれたリーダーで、選挙を無視することはできません。

 ならば、どこかで戦争を収束させなければならないと考えるはずです。ただし終結のため、より規模の大きな軍事行動に出る可能性も否定できません。

 気になるのは、トランプ大統領が会談でたびたび口にしていた「step up」という言葉です。会談の首尾を踏まえれば、今後、アメリカが日本の法的な制約や事情などお構いなしに「とにかく協力してくれ」といった無茶な要望を突き付けてくることこそなくとも、これ以上の要求がないとも言い切れない。そこが懸念材料であり、日本の対応がいずれ問われる時が訪れるのではないかと考えます。

杉山晋輔 元駐米大使

「週刊新潮」2026年4月2日号 掲載