(※写真はイメージです/PIXTA)

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62歳の息子の元に82歳の父から届いた上機嫌な電話。「もう仕送りはいらないよ」という一言に、息子は言いようのない違和感を覚えました。元高校教師で几帳面、人を見る目には自信があったはずの父に、なにがあったのでしょうか。FPの青山創星氏と一緒に、老人に忍び寄るリスクの実態を見ていきましょう。

「もう仕送りはいらないよ」―父の上機嫌な電話が、なぜか不気味だった

日曜の夕方、佐久間健一さん(62歳、会社員営業職)のスマートフォンが鳴りました。月に一度の、父からの恒例の電話です。

「健一か。元気でやっとるか?」

父・寛治さん(82歳)の声はいつもより明るいものでした。元高校教師。5年前に妻を亡くし、地方の実家で独り暮らし。年金は月13万円、健一さんは毎月3万円を仕送りしてきました。

「それでな、来月から仕送りはもういらんよ。ちょっとした投資でな、うまくいっとるんだ」

健一さんは眉をひそめました。父は几帳面で、妻の存命中から家計簿を40年以上つけ続けている人。投資などとは最も縁遠い人間でした。

「詳しくは会ったときに話すよ。心配せんでいい」

電話を切ったあと、妻に話すと「ちょっと変じゃない?」と眉を寄せました。連日報道される投資詐欺のニュースが頭をよぎります。翌週末、健一さんは急遽帰省を決めました。

「父さん、それ詐欺だよ!」―息子が思わず叫んだ瞬間

実家の居間に入った瞬間、健一さんは足を止めました。

テーブルに広げられたたくさんのパンフレット。「月利3%保証」「元本安全型ファンド」。横には父のノート。几帳面な字で「初回50万円→77万円(含み益27万円)」「来月追加100万円予定」と利回り計算がびっしり書き込まれていました。

「ああ、見てくれたか。ワシもちゃんと勉強してから始めたんだ」

寛治さんは得意げに語りました。3ヵ月前、「投資の先生」を名乗る若い男から電話があり、週に一度、実家まで足を運んで丁寧に説明してくれたといいます。

「父さん、それ詐欺だよ!」

気づけば健一さんは叫んでいました。寛治さんはきょとんと首を傾げます。

「なにを言っとるんだ。ワシは元教師だぞ。人を見る目はある」

その場でパンフレットの会社名を検索すると、金融庁の無登録業者リストにその会社名が並んでいました。健一さんはすぐに消費者ホットライン188に電話。応対した相談員は会社名と「月利3%保証」「自宅訪問型」という手口を聞いて、「典型的な投資詐欺の特徴がそろっています。すぐに警察にもご相談を」と即答しました。続けて警察にも連絡を入れ、同種被害がすでに複数寄せられていることが確認されたのです。

寛治さんはノートを閉じ、しばらく黙り込みました。やがて、ぽつりとつぶやきました。

「……そうか。ワシは、騙されとったのか」

その声には、怒りも反論もなく、ただ深い当惑だけがありました。

年賀状が3枚だけ…息子が気づいた「本当の原因」

その夜、健一さんは実家に泊まりました。テーブルの隅にある年賀状のを何気なく開けてみると、教え子からの年賀状はわずか3枚。父が現役の頃、正月には束になった年賀状を「今年は300枚以上だ」と嬉しそうに読み上げていたものです。

ふと、父の言葉がよみがえりました。

「『投資の先生』は週に一度、家まで来てくれた。お茶を飲みながら話をした」

健一さん自身は、月に一度しか電話していませんでした。詐欺師は毎週訪れ、「先生のお考えは正しい」とうなづきながら父の話に耳を傾けてくれていたそうです。

定年後22年、「先生」と呼ばれることもなくなった父にとって、その時間がどれほど心地よかったか――。投資の勉強を始め、自信過剰になったことだけが原因ではない。父はただ、孤独だったのです。

「ワシだって、まだ何かの役に立ちたかったんだ」―父の本音

翌朝、寛治さんは食卓で湯呑みを両手で包んだまま、ぽつりぽつりと話し始めました。

「あの男はな、ワシの話をちゃんと聞いてくれた。教師時代の話も、母さんのことも。……『先生』と呼んでくれたのは、久しぶりだった」

投資がうまくいけば、お前に仕送りを返せると思った。母さんの墓参りにも、もっといい花を供えられる」

目を潤ませて、父はこう続けました。

「ワシだって、まだなにかの役に立ちたかったんだ。……すまん。情けない話だ」

健一さんは言葉を失いました。父は単に騙されたのではなく、「役に立ちたい」という願いを利用されたのです。来年再雇用契約が満了する自分の姿が頭をよぎりました。父の姿は、20年後の自分かもしれない。

「父さん、来週も電話するよ。毎週、電話する」

父は少し驚いた顔をして、それから静かに頷きました。

専門家が語る"孤独を埋める仕組み"の大切さ

帰宅後、健一さんは金融詐欺に詳しいFPの永瀬財也氏(仮名)に相談しました。

「お父様のケースは典型的です」と永瀬氏。「警察庁の2018年『オレオレ詐欺被害者等調査』によると、被害者の96.9%は手口を予め知っていたにもかかわらず被害に遭い、95.2%が『(どちらかというと)自分は被害に遭わない』と思っていたと回答しています。これは心理学でいう『楽観バイアス』。『自分だけは大丈夫』という根拠のない確信です」

「さらに衝撃的なのは米国NASD(全米証券業協会)の2006年調査です。投資詐欺被害者は8問の金融リテラシーテストで57.75%を正解、非被害者は41.00%。被害者の方が金融知識は高かったのです。報告書は『金融リテラシー教育は必要だが、それだけでは詐欺防止に不十分』と結論づけています」

「報告書が指摘するもう一つの鍵が『エキスパートの罠』。詐欺師は被害者の専門知識を褒めちぎる。すると被害者は『専門家として見られたい』心理から、突っ込んだ質問ができなくなる。お父様の『元教師』という肩書きこそが、狙われた理由だったのです」

健一さんは、几帳面に書き込まれた父のノートを思い出しました。あれは父なりの「専門家としての検証」。それを詐欺師は「さすが先生」と褒めちぎっていたに違いありません。

「では、どうすれば」健一さんが聞くと、FPは以下のように意外な答えをくれました。

「『孤独を埋める仕組み』と『お金を守る仕組み』の両方が必要です。前者は週一度の短い電話、地域包括支援センター、シニア向け講座。後者は消費者ホットライン188、銀行の代理人登録、不審な勧誘は家族相談するルール作り。米国FINRA(金融業規制機構)等も『社会的孤立は高齢者の金融搾取の主要因』と共同声明を出しています。孤独を埋めなければ、どんな防御策も突破されるのです」

この事例からの学び

今回の事例から学べることは、以下のとおりです。

・被害者の96.9%は手口を知っていた--「知識」だけでは詐欺は防げません
・「自分は大丈夫」という「楽観バイアス」こそ最大の死角です
・金融知識が高い人ほど狙われる「エキスパートの罠」にも注意が必要です
・年賀状の枚数、電話の頻度--「親の孤独のサイン」を見逃さないでください
消費者ホットライン188銀行の代理人登録などを早めに使いましょう

詩人メイ・サートンの、こんな言葉があります。

"Loneliness is the poverty of self; solitude is the richness of self." (断たれた孤独は自分を見失わせ、選んだ独りの時間は自分を満たす。青山創星訳)

寛治さんが陥っていたのは、前者の誰にも認められない「孤独感」でした。詐欺師はそこに付け込んできたのです。家族にできるのは、「孤独」を「豊かな独りの時間」に変えるために、こまめに関わりを持ち続けることなのかもしれません。

健一さんはいま、毎週日曜の夜に父へ電話しています。5分でいい、声を聞くだけでいい。それがどんな詐欺対策よりも効くことを、身をもって知ったからです。

ファイナンシャルプランナー
青山創星