「退職給付金」の落とし穴…「退職で300万円もらえます」SNS広告に心が揺れた月収30万円・32歳女性、その裏に隠された〈まさかの事実〉【社労士が警告】
「退職するだけで300万円もらえる」――近年、そんな魅力的なフレーズが並ぶ「退職給付金」のSNS広告が急増しています。心身の不調から退職を考えていたトモカさん(仮名・32歳)も、その甘い言葉に揺れた一人でした。しかし、専門家に相談したことで「まさかの事実」を知ることになります。本記事では、社会保険労務士の岡佳伸氏が事例をもとに、高額な手数料を要求する「退職給付金ビジネス」の落とし穴と、正しい公的制度の活用法について解説します。
「退職するだけで300万円」心が動いたSNS広告のフレーズ
「退職するだけで、300万円以上もらえる可能性があります」
そんな広告がスマートフォンの画面に表示されるたび、トモカさん(仮名・32歳)の心は揺れていました。
都内で事務職として働き、月給は30万円。現在の会社には3年半勤めているトモカさん。仕事自体に大きな不満はないものの、人間関係や業務負荷によるストレスは徐々に蓄積し、気がつけば心療内科への通院が生活の一部となっていました。
もともと新卒で入社した会社でも馴染めず、20代前半から精神科に通っていた経緯があります。現在は精神安定剤の服用で落ち着いてはいるものの、「このまま働き続けられるのか」という不安は常につきまとっていました。
そんなときに目にしたのが、「退職給付金」という聞き慣れない言葉。
広告には、「300万円もらえます」「成功率ほぼ100%」「誰でも対象になる可能性」「無料相談あり」といった魅力的な文言が並んでいました。一見すると、まるで新しい公的制度が存在するかのように感じられましたが、詳細を確認すると実際の相談は有料で、前金として20万円程度の費用が必要だったのです。
「もし本当に300万円もらえるなら、20万円は安いかもしれない……」
そう思う一方で、「そんなにうまい話があるのだろうか」という違和感や、「そもそもそんな制度があるのか」という疑問も拭えませんでした。
そこでトモカさんは、広告業者ではなく、有料相談を行っている国家資格者である社会保険労務士(雇用保険や社会保険の専門家)に相談することに。
この判断が、結果的に大きな分岐点となったのです。
「退職給付金は存在しません」社労士が告げた〈まさかの事実〉
社会保険労務士から最初に告げられたのは、シンプルな事実でした。
「退職給付金という公的制度は存在しません」
「えっ……」
トモカさんは思わず驚きの声を発しました。あれほど頻繁に目にしていた言葉が、制度として存在しないとは思ってもいなかったからです。
その実態は、「健康保険の傷病手当金」「雇用保険の基本手当(いわゆる失業手当)」「条件に応じた就職困難者としての長期給付」「雇用保険の再就職手当」といった複数の既存の制度を組み合わせたものでした。
つまり、「退職給付金」とは制度ではなく、「制度の組み合わせを商品化した呼称」に過ぎなかったのです。
高額な前金を要求…SNSで拡大する「退職給付金ビジネス」
近年、このような仕組みを利用した“退職給付金ビジネス”が急増しています。「SNS広告で広く集客」「無資格者による有料コンサル」「前金20万円前後の高額費用」といった点が特徴です。
そしてこの問題については、国民生活センターも実際に注意喚起を行っています。「確実にもらえる」「誰でも対象」といった説明を鵜呑みにして、高額契約をしてしまい、トラブルに発展するケースが報告されています。
本来、これらの制度はハローワークや協会けんぽなどの健康保険の保険者に直接相談すれば無料で手続きできるものであり、高額な費用を支払う必要はありません。
退職給付金スキームのカラクリと決定的な落とし穴
もし、トモカさんが広告業者の説明を受けた場合、どうなっていたのでしょうか。典型的な流れをご紹介します。
退職前に精神科や心療内科を受診し、うつ病などの診断を下される。そのうえで在職中に傷病手当金の受給要件を満たし、退職後も継続給付を受ける。
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その間、基本手当(失業給付)については「受給期間延長」を行い、すぐには受け取らない。
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そして一定期間後、回復したとして求職活動を開始し、「就職困難者」として基本手当を受給する。
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さらに早期に再就職すれば、再就職手当が支給される。
一見すると合理的で、制度として成立し得る流れです。しかし、ここには決定的に重要な前提があります。それは、「すべて実態に基づいて判断される」という点です。
実態と異なる申請を行った場合、不正受給と判断される可能性があるため、注意が必要です。
「うつ病と診断されればOK」といった単純な話ではない
雇用保険制度における「就職困難者」には、障害者のほか、統合失調症、うつ病や双極性障害(躁うつ病)などの精神疾患を有する者も含まれる場合があります。ただし、これは単に診断名があるだけで認定されるものではないのです。
就労制限の程度や医師の意見、日常生活への影響、求職活動の可否などを総合的に判断し、ハローワークが個別に認定します。また、基本手当そのものも、「働く意思と能力があり、就職できない状態」であることが前提です。さらに、疾病を理由とした離職が特定理由離職者として認められる場合も、客観的資料に基づく判断が必要となります。
つまり、「診断を受ければ自動的に長期給付になる」といった単純な話ではないのです。
「300万円」はもらえないが…自分に合った制度を適正に活用した結果
結局、トモカさんは長期間職歴が空白になる健康保険の傷病手当金の受給は見送り、雇用保険の基本手当(失業給付)のみを受ける方針を選択しました。
主治医に相談したところ、「現在はうつ病の状態にある」「退職時点ではフルタイム就労は困難」「環境が変われば週20時間以上の就労は可能」という内容の意見書を作成してもらうことができました。
そして退職後、トモカさんは離職票を持って住所地を管轄するハローワークへ向かいました。窓口では、離職理由や通院歴、医師の意見、就労可能性などについて、丁寧なヒアリングが行われました。
その結果、トモカさんは「特定理由離職者」として認定され、給付制限なしで基本手当を受給できることに。また、国民健康保険料の軽減措置の対象にもなりました。
その後、比較的早期に再就職が決まり、再就職手当の支給も受けることができたそうです。
基本手当日額6,207円、残日数約240日とすると、約6,207円×240日×70%≒約104万円と100万円超の支給となります。確かにまとまった金額ではあるものの、広告で見た「300万円」とは大きく異なる現実でした。
「最初は“もらえるなら得”と思っていました。でも実際は、自分の状態に合わせて必要な制度を使うものなんだとわかりました」
このトモカさんの言葉こそ、本質を突いています。これらの給付はあくまで、生活の安定や再就職支援を目的とした制度であり、利益を得るための仕組みではないのです。
社労士が警告「安易な広告に流されないで」
「退職給付金」という言葉が広がる背景には、制度の複雑さと情報の非対称性があります。
しかし、制度は存在するものの「商品」ではない点や、判断するのはハローワークなどの公的機関である点、高額な手数料を払う必要はないといった点は明確です。
安易な広告に流される前に、まずは社会保険労務士などの専門家やハローワークへ相談すること。それが、結果的に最も安全で確実な選択といえます。
岡 佳伸
社会保険労務士法人 岡佳伸事務所
特定社会保険労務士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士
[参考資料]
独立行政法人国民生活センター「失業保険の給付額等を増やすことができるとうたう申請サポートに注意−不正受給を促すかのようなケースも!−(2025年12月3日:公表)」
