【風、薫る】低すぎて心配される視聴率はこれから上がる…「わかりにくい」「暗い」で敬遠された朝ドラの誤算
最初は物語の筋がつかみにくかった
3月末にはじまったNHK連続テレビ小説『風、薫る』だが、視聴率が振るわないと話題になっている。第1週「翼と刀」(3月30日〜4月3日放送)が週平均で14.3%(関東地区/ビデオリサーチ調べ)、第2週「灯の道」(4月6日〜10日放送)は13.6%(同)だった。
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朝ドラ史上で期間平均視聴率が最低だったのは、2024年下期の『おむすび』の13.1%だった。いまのところそれよりはいいが、『おむすび』は第1週や第2週の時点では、視聴率が『風、薫る』よりよかったので(第1週は16.1%)、記録が塗り替えられてしまうのではないかと心配されている。

だが、結論を先にいうなら、筆者は後述する理由で、『風、薫る』はここから底力を発揮して視聴率を維持し、うまくいけば上昇していくと思っている。
たしかに最初の2週に関しては、視聴率が低迷したのも致し方ないと思う。最大の理由は、物語の筋がつかみにくかったことだろう。
『風、薫る』にはヒロインが2人いて、ともに明治時代に実在した看護師をモデルにしている。大関和(1858〜1932)がモデルの一ノ瀬りん(見上愛)は、栃木県の那須地方にあった小藩の筆頭家老の娘で、明治維新を機に落ちぶれ、一家で農業に勤しんでいる。一方、鈴木雅(1857〜1940)がモデルの大家直美(上坂樹里)は、生後すぐに親に捨てられ、牧師に育てられたという設定だ。モデルは2人とも武士階級の出身、つまり士族だが、とくに大家直美は設定が大きく変えられている。
ネガティブな展開が詰まっていた2週間
ヒロインが2人いて、その生い立ちがまったく違えば、2人の人生が交差するまでは、まるで異なる物語を、1回15分という短い時間のなかで交互に見せられることになる。わかりにくくて当然だ。とくに一ノ瀬りんは境遇が著しく変わり、ついていくのが大変だった。
元家老の父親(北村一輝)はコレラに罹患し、放送開始からわずか4日で死んでしまった。その後、運送業を営む家の後妻に、という縁談が寄せられ、りんは受け入れるが、夫になった亀吉(三浦貴大)がとんでもない男で、りんは3歳になった娘の環と2人で逃げ出す。とりあえず実家に逃げ、母親(水野美紀)から東京に行くようにいわれ、東京へ行ったはいいが、どこからも相手にされない。ようやく日本橋で舶来品をあつかう清水卯三郎(坂東彌十郎)のもとで働けることになった。
これだけの転変がほぼ2週以内にあり、それはドラマの半分を占めているにすぎず、もうひとつ別の物語があるのだ。そのうえ、一日がはじまる朝に視聴するにはつらい内容も多く含まれていた。
コレラに感染した父の信右衛門は、納屋にこもると刀を閂(かんぬき)にして戸を閉ざし、りんに「入ってくるな! 入ったら斬る!」と告げた。そして、看病したいというりんを拒み、死んでしまった。結婚相手の亀吉は飛脚の出身なので、ことあるごとに学があるりんに難癖をつけ、環が生まれれば「はあ、女け……」と吐き捨てる。酒癖が悪く、酔って帰っては「はええとこ、もっといいとこに嫁いでりゃよかったと思ってんだべ?」と妻に絡み、りんが言葉を返せずにいると、「うそでもちげえっていえねえんか!」と怒鳴る。朝に視聴するにはつらい。
一方、直美の周囲は、りんほどドラマティックな変化はなかったが、マッチ工場で働けば、本を盗んだ疑いをかけられてクビになる。生い立ちのせいであたらしい仕事も見つからない。だが、直美には必死に学んだ英語がある。だから、宣教師のメアリー(アニャ・フロリス)に、いつかアメリカに連れていってほしいと懇願するが、彼女は伝道のためにインドに行くことになり、アメリカへの夢はかなわない。
とにかく、りんも直美も、なにをやってもうまく行かず、そんなネガティブな描写が2週間の放送にぎっしり詰まっていたのである。
みなぎるようになった2人の「正のパワー」
ところが、第3週「春一番のきざし」(4月13日〜17日放送)から、2人を取り巻く状況はガラリと変わった。卯三郎の店で毎日働くようになったりんは、一時世話になった牧師の吉江善作(原田泰造)に、「娘のため、生きるため、なんでもしようと思って」と近況を伝えた。実際、前向きに働き、卯三郎に借りた辞書を使って英語の勉強もはじめた。表情もいつも笑顔で、朝視聴して元気になれる。
前向きな点では直美も負けていない。吉江から聞かされた「生きるため、なんでも」というりんの決意が響いたようで、メアリーにもらった洋服を着て出かけ、一芝居打った。「鹿鳴館の華」と呼ばれた捨松(多部未華子)に、通訳の父が病に倒れたとウソをいって、メイドとして鹿鳴館で働かせてもらうことになるのだ。そしてアメリカ帰りの陸軍中尉、小日向栄介(藤原季節)に交際を申し込まれる。
もちろん、今後の展開にも山があれば谷もあるだろう。しかし、『風、薫る』の場合、最初の2週が「谷」ばかりで、しかも、どういう経緯でヒロインの状況が「谷」に陥っているのかわかりにくい状況にあった。だから、最初のうち視聴率が低迷したのも当然だと思うが、NHKにとっては誤算だったのかもしれない。
だが、この「谷」は2人のヒロインが、「生きるため、なんでも」という決意で前向きに進み、大きなものをつかんでいくための助走だったようだ。いまは2人が同じ東京で、生きてなにかを獲得するための「正のパワー」をみなぎらせており、朝に視聴して心地よい。
視聴率はどこまで上がるか
最近の連続テレビ小説で視聴率がよかったのは、2025年上期の『あんぱん』だが、一貫して前向きなパワーが貫かれていた。ヒロインの朝田のぶ(今田美桜)の夫、柳井崇(北村匠海)のモデルであるやなせたかしの人生自体が成功譚なので、紆余曲折はあっても前向きな物語になるほかない。そのことがよく知られていたので、視聴者は安心して観ていられたと思う。
一方、『風、薫る』はモデルになった2人がさほど有名とはいいがたく、展開がよく見えない。だから安心できないところに、最初の2週は暗いできごとや後ろ向きの話が盛りだくさんだったので、視聴者が引いてしまったのではないだろうか。だが、第3週以降の評判を聞いて視聴者は戻ると筆者はみている。
前作『ばけばけ』も、『風、薫る』と同じ明治時代が舞台だったが、筆者はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)と妻のセツというすばらしいモデルが活かされていないのに不満をいだいていた。さり気ない日常やそこにおける笑いが優先され、ハーンをモデルにしたレフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)の日本観の変遷や、日本におけるキャリア、それを築く過程で深めていった家族愛などが、断片的にしか描かれないのが残念だった。
その結果、セツをモデルにしたトキ(高石あかり)がヘブンを支え、彼の業績に貢献した物語も、希薄になってしまった。「さり気ない日常」が心地よかった、という視聴者がいるのは知っている。それを否定するつもりはないが、小泉八雲という題材の活かし方としては、疑問符が残り、もっと骨太に描ける題材だったのに、と思ってしまう。加えていえば、高石あかりがいつも、白い歯をむき出しにするのが気になった。明治の女性、とくに士族の女性にとって、人前で歯を見せるのははしたないことだった。あまり歯を見せないように、という指導がどうしてできなかったのか、と。
その点、見上愛も上坂樹里もうまくやっている。だが、もちろん、歯の見せ方よりも、力強い生きざまのほうが、ドラマのパワーになり、視聴者に元気をあたえる。2人の演技も相まって、明日に希望が持てる展開になってきたので、視聴率がどこまで上がるか楽しみだ。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
