なぜ年産5000台の1モデル体制でF1とWECに参戦可能か?|在東京フランス商工会議所でアルピーヌのプレゼンに潜入
とはいえ同席するのはフランス人が大多数とはいえ、自動車業界に忖度のない厳しい質問が相次いだ。「モトGPでマシンをコンプリートで造っている訳でもなければ、どんな役割なのか?」とか、「バッテリーEVに移行するのに、軽さを特徴に掲げるのは矛盾していないか?」とか「スポーツカーだった従来モデルと比べて、A390のデザインがアルピーヌらしく見えないが、DNAはどこにあるのか?」といったものだ。
次いでBEVと重さの問題に関してファマン氏は「ダイナミックさと結びつけることだ」と応じた。ピエール・ガスリーともA390を走らせたが、まったく重さを感じさせないことに彼も驚いていたとのことで、動的に表現される軽さとは、それこそ乗ってドライブしてみないと分からないもの。むしろバッテリーとプラットフォームによる重心の低さ、アルピーヌのノウハウがあるからこそ、可能になったという。
さらにA390のデザインがアルピーヌに見えづらいという意見には、4灯のヘッドライトと空力的なボディ、そして現行もしくは歴代のA110に着想を得たリアガラスの傾斜に、らしさがあると解説する。無論、5人が乗れるアルピーヌは初だが、「スーツを着たスポーツカー」というコンセプトの通り、それこそアルピーヌにしかできない路線であることを強調する。
おそらく本国での発表会やイベントなら、マーケティングやデザイナーなど他の担当者が回答するであろう質問を、飛行機から降りて早々のレーシング・ディレクターたちが、何らかのカタチにして回答する様子が、印象的だった。
確かにアルピーヌはルノー・スポールと一体化していた時代も含め、モータースポーツ活動を継続してきた。今も無論、ルノー・グループの下支えはある。だが、それはつねに「ダヴィッド・コントル・ゴリアット」、要は巨人に向かう少年王のように、力では敵うはずもない相手に対し、知恵と勇気を総動員して闘うという態度であり続けてきた。だからこそ権力や体制、事大主義の嫌いなフランス的スポーツカーとして、本国では認知度も人気も高い。日本語にもっとも近いニュアンスでいえば、「判官びいき」だ。
