世間の声も知りながら…日産野球部は都市対抗予選への準備を進める【写真:羽鳥慶太】

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赤字6708億円の日産自動車、野球部復活への批判は選手にも届く

 昨年度の最終赤字が6708億円に達するなど、深刻な経営危機に陥っている日産自動車は今年、2009年を最後に休部していた野球部を16年ぶりに復活させた。人員削減や工場閉鎖の計画が報じられるたびに、部の活動には批判的な声も上がる。その中でチームは7月2日から、社会人野球の最高峰・都市対抗予選に復活後初めて挑む。自分たちが置かれた状況をどう考え、何を目指して戦うのか。石毛大地主将と伊藤祐樹監督に、企業スポーツの現在地を聞いた。

「僕たちもどうしてもSNSを見てしまいます。だから会社の外の人にさんざん言われているのも知っていますし、気にしないと言えばウソになります」

 石毛主将の口からは、正直な思いがあふれ出た。このタイミングでの野球部復活に、厳しい声があるのも当然だと考えている。新卒ばかりのチームで、ただ1人の社会人2年生。昨年はディーラーの「茨城日産」に勤務し、中古車の販売業務にあたっていた。「半年で8台売りましたね」という中で、会社への風向きが変わっていくのをいやでも感じた。

 今年は復活した本社のチームに1期生として加わり、主将を務める。一方、会社では新入社員として覚えることも多い。午前中に練習した後、横浜市の本社に出社するのが基本だ。その中で感じたことがある。

「会社の人たちは、ものすごく応援してくれているんです。まだ何も達成していない僕たちに、本当に色々与えてくださるので」。自分たちに何ができるのか、考えることもある。「今、会社にはなかなか明るい話題がありません。その中で野球は非日常に連れて行くというか、知らない人とも一体感を作れると思うんです。僕たちが何かを与えられるとすれば、そこでの恩返しだと思います」。一人一人は新入社員。ただ野球部として集まれば、ただの新入社員とは違った価値を与えられると信じている。

 神奈川県立相模原高の3年だった2019年の夏、県大会で絶対強者の横浜高を倒したチームの一員だった。野球が、スポーツが生む力を嫌でも感じた。

「見えない力って、本当にあるんです。あの時も応援の力がなければ、ああはなっていなかった。なんか見えない力でつながって……。今年も、そういう場面があればと思います」

野球部が伝えたいこと…指揮官の視点「教科書とかプレゼンとは違う」

 日産の経営危機は、今回が初めてではない。1990年代の末にも深刻化し、仏ルノーの出資を受け入れた。さらにカルロス・ゴーン氏の元で大幅なコストカットを断行し、再生した過去がある。欧州の文化にない企業の野球部は当時、存続の危機にあると見られたが、都市対抗野球のスタンドにも現れたゴーン氏が存続を表明。ところが10年後、リーマンショックによる不況の波で、突然休部を宣告された。あっけなかった。

 当時は現役選手だった伊藤監督は、2年前に始動した野球部復活プロジェクトに関わる中で、新たな部の価値を模索してきた。特に昨秋からは、会社の経営環境が急激に悪化。初めて挑む都市対抗野球の予選から、存在理由を示さなければならない状況にある。バブル崩壊と共に企業スポーツが次々に消え、冬の時代と言われてもう30年。現代に日産という大企業がチームを抱える目的は、どこにあるのだろうか。

「日産という会社を背負って、チャレンジしていくところを見てもらいたい。教科書やプレゼンとは違うんです。頭の中への残り方です。社員の皆さんに、いかに訴えかけるかを考えて戦いたい」

 伊藤監督も本社の人事本部で勤務し、会社の空気を日々感じている。「今、社員は本当に大変です。みんなが利益を改善できるようチャレンジしています」。野球部の存在は、見方によってはコストかもしれない。しかし長期的には、組織を改善に導く力があると考えている。

 日産を待つのは痛みを伴う改革だ。社員全員に“挑戦”が求められる。「日産の復活を、野球から伝えていく。もちろん勝って東京ドームに進むつもりですが、その過程は大きなチャレンジになります。勝ったからといって完成されませんし、逆に負けたからダメじゃない。だから『会社にいる人が見たらどう思う?』とは常に問いかけています。一生懸命やることに対して、全ての人に堂々と見せられるチームにしたいと」。

 野球部員は横須賀市の追浜工場や、横浜市内の本社、工場に配属されている。さらに5月には栃木県内で合宿を敢行。ここでも栃木工場の寮に泊まり込み、従業員の中に入っていった。指揮官の「社会人野球のチームは、従業員が育ててくれるんですよ。野球だけ教えていてもダメなんです」という考えによるものだ。

 チームの運営にも、経営不振の影響はもちろんある。不安を解消するため、会社の状況を選手たちに説明する機会を設けた。また会社としての採用計画が未定のため、選手獲得への影響もある。追浜工場の敷地内に建設予定の練習グラウンドは、着工手前で止まっている。それでも「怖いもの知らずに行けるのは、1年目しかないんです」と伊藤監督。日産という会社に今後求められる“挑戦”を、野球部がまず身をもって示すつもりだ。

(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)