新橋が変わる!キャバレー、巨大水槽、人力車…「グランハマー」の全貌:ガイアの夜明け

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12月6日(金)に放送された「ガイアの夜明け」(毎週金曜夜10時)のテーマは、「揺れる新橋!再開発物語」。
東京・新橋。手頃な飲食店や居酒屋、バーや金券ショップなどが立ち並び、かつて“サラリーマンの聖地”と呼ばれた街が、施設の老朽化やコロナ禍による人の流れの変化で、新しく生まれ変わろうとしている。長年愛されてきた街の良さを壊さず、新たな魅力を加える…
そんな難問に挑む人たちを追った。

【動画】新橋が変わる!キャバレー、巨大水槽、人力車…「グランハマー」の全貌

遅れる再開発…「ニュー新橋ビル」と地元の商店、それぞれの思い




東京・港区にある新橋駅。新橋駅の乗者人数は、JRだけで1日約22万人(2023年度)。地下鉄や「ゆりかもめ」も乗り入れる全国有数のターミナル駅で、周辺には大手チェーンの居酒屋やさまざまな飲食店が並び、その数は国内有数の1700店余り。「サラリーマンの聖地」とも呼ばれている。
西口には、待ち合わせに最適な「SL広場」、もう一つのシンボル「ニュー新橋ビル」があり、白い格子状の独特な壁が印象的だ。


戦後、この辺りには闇市が広がっていた。その後は小さな商店が軒を連ねる横丁に発展。1971年に「ニュー新橋ビル」が作られ、横丁の商店の多くが入居した。
1階には15軒の金券ショップがあり、ジューススタンドや占いの館、印鑑の販売店も。
地下では、昼間からお酒が飲める店が営業中。11階建てのビルの中には、昭和の匂いが残る300以上の店舗がある。


「ニュー新橋ビル」はにぎわいを見せる一方、老朽化が進み、入居者が加盟するニュー新橋ビル自治会の長尾哲治会長は、頭の痛い問題を抱えていた。
実は新橋は、約10年前、駅の東側と西側でそれぞれ再開発する計画が持ち上がり、西口の再開発は2026年前後の完成を目指していた。しかし計画は大幅に遅れ、今や目途も立っていない。
その間に、西に位置する虎ノ門エリアや南に位置する浜松町、芝浦エリアの開発が進み、新しい場所へと人の流れが変化している。さらにコロナの影響で、客足も遠のいてしまったという。

長尾さんが営む「エルメ・ド・ボーテ 新橋店」(1階)は、化粧品に加え、エステも提供する働く女性に人気のお店。2年前に亡くなった先代の父・武次さんは、店を営みながら商店会長や自治会長として「ニュー新橋ビル」を取りまとめていた。
「ニュー新橋ビル」の区分所有者は、現在312人。番組は単なるテナントではなく、ビル所有の権利を持つオーナーを取材した。


カウンター席のみの洋食店「むさしや」の店主・鈴木瑞雄さんにビルの建て替えについて聞くと、「築50年以上たっていると、設備は全部ダメ。例えば大きな地震が来て、もし(中に)入れなくなったら…。建て替えた方がいいと思う」という意見が返ってきた。
完成から50年以上経過したビルは、やはり老朽化が目に付く。目に見えているところはまだいいが、壁の中にパイプが通っているところもあり、修理が難しく、水漏れが多発。建て替えは待ったなしの状態だ。


この日、長尾さんは、ビルの管理やメンテナンスを担当している人たちと会合。ニュー新橋ビル管理組合の田中潤理事長は、「ビルを預かる身としては、とにかく早く(建て替えを)やってもらいたい。今からやっても壊すまでに5年はかかる。建て替えて出来上がるのは、それからまた5年後になる。環境がどんどん変わっていくので、いくら理想の姿を追っても、なかなかうまくいかない」と話す。長尾さんは自治会長として、管理側と入居者側それぞれの意見をまとめなければならないのだ。

なかなか進まない再開発…計画案の練り直しに時間がかかっていた。「コロナで、2年間会議もままならなかった。街全体の意向と行政とのしっかりとした擦り合わせ。再開発エリア外の人たちとの意見調整…そういったものも含めて少し遅れている」(長尾さん)。
さらに、近年高騰している建設費など、急変した経済情勢が建て替えの遅れに追い打ちをかけていた。
こうしたケースは新橋に限らない。「中野サンプラザ」(東京・中野区)の再開発も、建設費の高騰により当初の計画が中止になり、目途が立っていない。


また、新橋の街づくりについて、新橋駅前を束ねる愛宕一之部連合町会の丸哲夫会長は、「どこもかしこも建物がきれいになって、一時はお客さんが来るが、他が再開発されるとまた火が消えたようになる。全部同じにしたら、何の魅力もなくなる。新橋がどういう街をつくってお客さんを呼び込むか、そこまで考えないと。ただ街と道路をきれいにして…それじゃあ街は死んでしまう」と話す。

新橋駅西口に誕生 異端児が手がける再開発ビル




一方、新橋駅西口の再開発エリアから1本道を挟んだビルで、新しい動きが起きていた。
この場所には、ディスカウントストアや家電量販店が入っていた時期も。
撤退から2年余り空き家だったが、今年2月、このビルの再開発計画が進んでいた。


ビル一棟を借り切り、生まれ変わらせようとしているのが「浜倉的商店製作所」の浜倉好宣社長だ。「今までとは違う層の人たちにも新橋に来てもらえれば、新橋全体が潤っていくと思う。新たに新橋の横丁などに行く人を増やすため、新施設をつくった方がいいと思った」。

浜倉さんは2008年、東京・恵比寿の駅前に横丁風の飲食店「恵比寿横丁」をオープンし、2020年、渋谷の宮下公園再開発でも横丁で人の流れをつくった。2023年春には、新宿・歌舞伎町の高層ビルにも横丁風のフードコートをオープン、インバウンドを多く取り込む新名所になっている。
そして今回、浜倉さんは、新橋駅前の地下1階、地上8階のビルを丸ごとレジャー施設にするという。


浜倉さんは、国内外で多くのプロジェクトを手がける、デザイナーの森田恭通さんに依頼。店舗のデザインを行うことに。
1階は、甲冑が飾られた「シンバシyokocho武将」、3階は昭和風キャバレー「座・グラン東京」、7階には一息つけるサウナ「O2プラージュ」が入る。横丁開発で培ってきたノウハウでビル1棟を使い、「縦丁」をつくるというのだ。浜倉さんはサラリーマンに加え、インバウンドの人たちもターゲットにしていた。

「ニュー新橋ビル」との距離は、約80メートル。浜倉さんがあいさつに行くと、自治会長の長尾さんは「話を聞いただけで、僕も行きたくなった。今後は積極的に協業できる場面も出てくると思う。双方で模索しながら、一緒に新橋の街づくりをしていきたい。ぜひニュー新橋ビルの中にもキーテナントとして入ってもらって…」と歓迎した。

着工から数カ月、工事は一気に進んでいた。水道電気など基礎部分が終わり、内装工事が本格化。浜倉さんは足しげく通っては、現場で次々と指示を出す熱の入れようだ。


1階は、賃貸だというのに床に大きな穴を開けていた。地下には、円形の土台のようなものがあり、特注の巨大なアクリル板が運ばれる。浜倉さんはこの場所に、とんでもないアイデアを盛り込もうとしていた。

世界的に見ても珍しい海女文化をビジネスに生かす



9月中旬、浜倉さんは、全域が国立公園に指定される自然豊かな街、三重・鳥羽市を訪れた。出迎えたのは、鳥羽市観光協会の人々。今回の訪問は、新橋の開発と深く関わっていた。

まずは鳥羽の海の歴史を展示する「鳥羽市立 海の博物館」へ。博物館では、この地で古くから続く「海女漁」について説明している。鳥羽には、素潜りでアワビや伊勢海老などを捕る現役の海女さんが394人もいる。浜倉さんは、この歴史をビジネスに生かそうと考えていた。


続いて向かったのは、海沿いにある現役の海女さんと出会える店「海女小屋 はちまんかまど・あさり浜」。捕れたての魚介類を豪快に炭火で焼き、その場で食べさせてくれる飲食店だ。焼きたての貝を試食し、「めちゃくちゃうまい。甘い」と衝撃を受ける浜倉さん。
浜倉さんはここの海産物を直送してもらい、新橋のビルで使えないかと考えていた。
さらにこの時、“ある斬新なアイデア”を温めていた。


1カ月後、鳥羽市観光協会の原田佳代子会長が、「浜倉的商店製作所」の本社(東京・銀座)を訪れる。浜倉さんが見せたレジャービルの完成予想図には、地下1階フロアにある水槽で海女さんが泳ぐ姿が描かれていた。
「イベントの時に海女さんに潜ってもらい、その姿を見ながら食べられる。(海女漁の)文化は日本独特で大事なものだと思っている」と説明する浜倉さん。なんと食材を送ってもらうだけではなく、海女さんに潜ってもらおうと考えていたのだ。

世界的に見ても珍しい海女漁はかつて日本全国で盛んに行われていたが、海女の数は年々減っている。だが原田会長からは、「自分たちの命を張って漁をしに行くので、それがショーになってしまわないか。そういうところが少し考えさせられる」と厳しい言葉が返ってきた。


そこで浜倉さんは、原田会長を始め、観光協会の人たちを大きな水槽の前に案内した。特注の巨大なアクリル板で、この水槽をつくっていたのだ。実は浜倉さんの会社は文化庁と協定を結び、日本の文化と伝統を発信する役割も担っている。海女文化を新橋から……もちろんビジネスとしてもインパクトがある。
施設内で数々の設備を見学した原田会長だが、果たして、浜倉さんの斬新なアイデアは受け入れられるのか。


さらに番組では、浜倉さんが手掛け、11月26日にプレオープンした新たなフードエンターテインメントレジャービル「グランハマー」の全容を紹介する。

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