昭和の食卓から消えた“鯨肉”に再ブームの兆し…消費量はピーク時の1%以下でも首都圏スーパーで再評価されるワケ

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昭和の食卓で親しまれた鯨肉が、首都圏のスーパーや飲食店で再び存在感を見せ始めている。消費量はピーク時の1%以下に落ち込んだが、物価高の中で国産・価格安定という強みが見直され、ベーコンや握り寿司など新たな形で売り場に戻りつつある。

【画像】レンタルDVDショップが取り扱う「鯨肉」

消費量はピーク時の1%以下に激減

昭和の半ば、庶民の日常食だった鯨肉が、およそ半世紀ぶりに大衆化の兆しを見せている。これまでめっきり食卓から遠ざかっていたクジラベーコンや刺し身などが、物価上昇の中、比較的安定した価格によりスーパーなどで提供され、話題となっている。

戦前、南氷洋への進出を機に日本の捕鯨は全盛期を迎え、食糧難となった戦後にかけ、栄養豊富で安価だった鯨肉は日常食として大量に消費されていた。ところが、1980年代に乱獲によるクジラ資源の悪化が懸念されたほか、「クジラを殺すのは野蛮だ」といった反捕鯨運動の高まりにより、1982年に国際捕鯨委員会(IWC)は商業捕鯨モラトリアム(一時停止)を採択。日本は調査捕鯨への転換を余儀なくされ、生産・消費量は大幅に減少した。

昭和の終わり、鯨肉は多くのスーパーから姿を消し、鶏・豚・牛肉の消費が伸び続けている。今では東京はじめ首都圏でクジラは「捕ってもいいの」「食べてもいいの」「どこで売っているの」と言われるほど、めっきりなじみ薄の存在に変わった。

一部の専門店などでしか味わえなくなったことで、クジラ消費量は現在、年間約2000トン(農林水産省データ)。1960年代の前半には20万トン以上を消費していたため、ピーク時の1%以下にまで減少。クジラの味を懐かしむ声も少なくなっていった。

こうした中、日本政府は捕鯨技術や鯨食文化を継承しようと、2019年にIWCを脱退。領海と排他的経済水域(EEZ)で同年7月から商業捕鯨を再開し、ミンククジラやニタリクジラ、イワシクジラの捕獲を開始。2024年からは大型鯨類、ナガスクジラの捕獲枠を新設し、年間合わせて三百数十頭の捕鯨を続けている。

IWCを脱退したものの、日本が現在行なっている商業捕鯨はIWCで採択された改訂管理方式(RMP)を採用し、「それぞれの捕獲枠は100年間、毎年その頭数を捕っても資源は減らないレベルに設定している」(水産庁)という。

商業捕鯨再開から間もなく7年。国内最大の鯨類生産を担う捕鯨会社、共同船舶(東京)の所英樹社長は、クジラに抗疲労物質のバレニンや、オメガ3脂肪酸が豊富であることをPRする一方、「鯨肉は物価の優等生である」点を強調し、需要拡大を目指している。

近年、鶏卵の価格でさえ上昇し、水産物ではマグロやカツオの冷凍物も、円安や原油高騰などの煽りで相場が跳ね上がっている。その中で、鯨肉の販売単価は2021年以降、1キロ当たり1100~1200円ほどで安定しており、「今後もしばらく急激に上昇することはないであろう」と、同社の井出万寿男広報担当アドバイザーは言う。

ベーコンや握りなど続々と登場

価格に加え、鯨肉はほとんどが冷凍保存されているため、身質の面でも安定していることで、ここへきてようやく首都圏のスーパーなどで、クジラ復活の動きが始まった。まず今年に入って、ある大手スーパーがおよそ20年ぶりにクジラベーコンの販売を再開した。定番商品という位置付けではないが、「売れ行きなどをみながら今後の扱いを検討していきたい」(広報担当者)と話している。

さらに、東京や埼玉などで店舗展開する「東武ストア」は、以前からニタリクジラの刺し身などを販売してきたが、今年から約30店舗でナガスクジラを使った握り寿司の販売をスタートさせた。埼玉県朝霞市の店では、クジラの刺し身用やベーコンなどのコーナーとは別に、魚介の握り寿司が並ぶコーナーに3種(畝須・本皮・赤身)8貫入りの「くじら寿司」セットを販売している。

セットの価格は880円(税抜き)で、サーモン、マグロ、イクラ、イカ、玉子など8貫入りの「うみ」1080円(同)よりも安い。売り場担当者は、「年配者から若者まで幅広い年齢層に好評で、魚介の寿司と合わせて買っていく客もいる」といい、リピーターも多いという。

一方、東京や埼玉を中心に鮮魚専門店を運営する「魚力」では、今年4月下旬に千葉の店舗でクジラベーコン、缶詰などの販売を開始。5月以降は赤肉も含めて、提供する店を増やしていくものとみられている。

飲食店にもクジラ大衆化の兆しが見え始めた。東京・港区西新橋の「鯨の胃袋」をはじめ、クジラ専門店3店舗を運営する「ひとうみ」は、今年3月にクジラ料理店では全国初という立ち飲みスタイルの飲食店「立呑み いさな」(港区西新橋)をオープンさせた。

同社の大越勇輝社長は「クジラ料理というと高いイメージがあると思うが、ふらっと立ち寄って気軽にクジラの味を楽しみながらお酒も飲める店を作りたかった」という。イワシクジラの赤身刺し、ナガスクジラのもつ煮込みがともに税込480円とワンコインで楽しめるほか、数々の部位がお手頃な値段で提供され、人気となっている。

国産で品質・価格の安定感が強み

DVDレンタルや書籍販売を展開するTSUTAYA(ツタヤ)でも、今年3月からクジラ商品が展開されている。

クジラの生態や世界の捕鯨の歴史などを紹介した『鯨と人類』がニュートンの別冊として発売されたことにあわせ、捕鯨にゆかりのある高知県の店舗を皮切りに、今後、全国数十店舗で、「くじらジャーキー」(30g入り税込378円)や、大和煮などの缶詰も販売していくという。

クジラジャーキーについては今年、紀ノ国屋でも東京都内5店舗で販売が開始され、広がりを見せている。

鯨肉販売がにわかに広がってきた背景について、かつて大手スーパーで長年、鮮魚売り場のチーフなどを務めてきた水産アドバイザーは、「サンマやイカをはじめ、国産の魚介類が不漁でしかも高く、継続した品揃えが難しくなってきている中で、国産であり価格や質が安定しているクジラが注目されるようになっているのではないか」と説明する。

国産のほか、スーパーや回転寿司で多く扱われる輸入の冷凍魚については、海外での魚需要の高まりや、円安の影響による日本の「買い負け」がいっそう顕著になっている。そうした事情から、国産の海産物で安定した価格で確保できる鯨肉への関心が高まっているようだ。

共同船舶の井出広報担当アドバイザーは、「昭和の食糧難の時代にクジラはたくさん食べられていたが、今でも鯨肉自体は豊富な栄養価に加えて、マグロと牛肉のいいとこ取りをしたようなおいしさがある。十分な資源管理の下で生産されており、今後もクジラの味をより手軽に楽しんでもらえるよう働き掛けていきたい」と意気込んでいる。

取材・文・撮影/川本大吾