もう煽らないでくれ!〈月収55万円〉56歳男性の絶叫。コツコツ貯めた1,000万円が「1年で半減」の地獄…順風満帆だった夫婦の悲劇
将来への備えとして、資産運用はもはや必須。しかし、その一方で「投資なんて始めなければよかった」と後悔する声も少なくありません。成功事例が華々しく語られる裏で、なぜ資産を大きく減らしてしまうような悲劇が起きてしまうのでしょうか。
未来に投資。順風満帆のはずが…
「真面目にコツコツ働いていれば、いつかは楽になる。そう信じていました。まさか、こんなことになるなんて……」
3年ほど前のことを語る、都内の中堅企業勤務の斉藤誠さん(56歳・仮名)と、妻の美咲さん(54歳・仮名)。当時の月収は55万円ほど。2人の子どもはどちらも独立し、住宅ローンの完済も間近。これからは夫婦2人の老後に向けて、またコツコツと貯金を頑張っていこう――そう考えていたといいます。
当時の貯蓄はおよそ1,500万円程度だったという斉藤さん夫婦。金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(令和5年)』によると、2人以上世帯における50代の金融資産保有額の平均は1,147万円(中央値は300万円)。斉藤さん夫婦、真面目にコツコツと貯金をしてきた結果、平均以上の資産を築いていたのです。
転機となったのは、「老後資金が不足する」というネットニュース。
「今のままでは老後は生きていけない、資産運用は必須……当時はコロナの話か、老後不安の話ばかり。50代になっていましたが、これは何とかしないといけないと思い、投資を始めようと思ったんです」
そんな夫婦が選んだのは、SNSや動画サイトで「億り人」たちがこぞって推奨していた「次世代技術ファンド」。AIや宇宙開発といった夢のあるテーマに投資する、ハイリスク・ハイリターンの投資信託でした。
「何も知らずに投資するわけにはいかないので、しっかりと下調べはしました。そのうえで、これからはこういう分野が伸びるんだと確信しました。中途半端に分散させるより、一番伸びると信じたものに集中させたほうが効率的だと思ったんです」
夫婦の決意は固く、行動は迅速でした。1,500万円の貯蓄のうち、何かあったときのためにと500万円はそのままに、1,000万円でファンドを購入。当初、その目論見は的中したかのように見えました。資産は順調に増え、一時は1,200万円を超えるまでに。夫婦は「これなら老後は安泰だ」と胸をなでおろしました。
しかし、その安堵は長くは続きませんでした。2022年に入ると、市場の雰囲気は一変します。世界的なインフレを抑え込むため、アメリカの中央銀行が急激な利上げ(金融引き締め)に踏み切ったのです。
金利の上昇は、将来の成長を期待されてきたハイテク株には強い逆風となりました。あれほど好調だった株価は軒並み急落。夫婦の資産も、まるで坂道を転がり落ちるように減っていったのです。彼らが投資した「次世代技術ファンド」の下落は特にひどく、1年で価値が半分以下になるものも珍しくありませんでした。
「毎日、スマホで資産額を確認するのが怖かった。日に日に数十万円ずつ減っていくんです。もう、生きた心地がしませんでした」
1,000万円あった資産は、あっという間に800万円、700万円と目減りしていきます。「ハイテク株の時代は終わった」――そんな悲観論がメディアを賑わすなか、資産はついに600万円を割り込みました。
恐怖が判断を狂わせる…「狼狽売り」の罠
「これ以上、損をするわけにはいかない。もう売ろう」
誠さんの決断に、美咲さんも頷くことしかできなかったといいます。市場心理が最も冷え込んでいた2022年の末、夫婦は恐怖に耐えきれず、保有していた投資信託をすべて売却。結果、手元に残ったのは約500万円。わずか1年あまりで、大切な老後資金は大きく減ってしまったのです。
最も避けるべきだったのが、誠さんの最後の一言に象徴される、価格が急落したタイミングで恐怖心から売却してしまう「狼狽売り」です。市場は常に上がったり下がったりを繰り返すものであり、長期的に見れば経済成長とともに右肩上がりに成長してきた歴史があります。
誠さん夫婦が恐怖に耐えきれず売却した2022年末は、市場心理が最も冷え込んでいた時期でした。事実、彼らが手放したハイテク株関連のファンドは、2023年以降に大きく回復しています。もし、あのまま持ち続けていれば、資産はかなりの部分を回復し、さらに資産を増やしていた可能性さえあります。彼らは最も価格が安い「底値」で手放してしまったことになるのです。
こうした感情的な取引を避けるために有効な手法のひとつが、毎月決まった日に決まった金額を買い付け続ける「積立投資(ドルコスト平均法)」。この方法なら、価格が高い時には少なく、安い時には多く買うことができるため、平均購入単価を自然と引き下げる効果があります。市場の動きに一喜一憂せず、決まったルールで淡々と買い続ける。もし斉藤さん夫婦が1,000万円を一括で投資するのではなく、時間をかけて積み立てていたら、下落局面はむしろ安く買えるチャンスとなり、精神的な負担もずっと軽かったかもしれません。
「今さら投資の失敗についていろいろ言われても、失ったお金は戻ってこない――もう、投資はこりごりと思っていた矢先、今度は新NISAがスタートして、また資産運用、資産運用ですよ。『もう煽らないでくれ』と……地道に貯金していくのが、性に合っているんですよ、私には」
[参考資料]
金融広報中央委員会『家計の金融行動に関する世論調査(令和5年)』
