『国宝』『8番出口』『恋愛裁判』 東宝が仕掛けた“日本スゴイ”に終止しない実写映画たち
2025年5月に開催された第78回カンヌ国際映画祭にて、東宝配給作品が3本も公式上映された。李相日監督の『国宝』(公開中)、深田晃司監督の『恋愛裁判』(今冬公開)、そして川村元気監督の『8番出口』(8月29日公開)である。いずれも別々の部門に選出され、一見タイプもまったく異なる3作品だが、ある種の共通性と、会社としてのステートメントを感じさせる企画でもあった。
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その共通性とは、芸術性と娯楽性、あるいは作家性と商業性は両立するという主張を毅然と打ち出した企画であること。そんな骨のある作品群を、あの東宝が、カンヌ映画祭という国際的大舞台でお披露目したことの意義は大きい。つまり、世界市場を見据えた企業の生存戦略として、商業目的にも芸術志向にも偏らない作品づくりをしていくことを、日本映画界を代表する大手老舗スタジオが宣言してみせた……とも受け取れるのである。
●李相日『国宝』の風格
現在、日本国内で大ヒット街道を驀進している『国宝』については、説明するまでもないだろう。監督の李相日、原作の吉田修一といえば『悪人』(2010年)、『怒り』(2016年)という「会社の財産」になるほどの成功作を世に送り出したゴールデンコンビであり、いつか両者がみたびタッグを組むことは誰もが待ち望んでいたはずだ。
しかし、今回『国宝』の製作幹事をつとめているのは、アニプレックス傘下のMYRIAGON STUDIO。制作プロダクションは『キングダム』シリーズや『沈黙の艦隊』(2023年)などの大作を手がけるCREDEUS。もちろん製作には東宝の市川南プロデューサーも名を連ねているので配給業務だけの関わりではないと思うが、東宝やほかのスタジオが一社のみで引き受けるわけにはいかない大規模プロジェクトだったことはうかがえる。
もともと李監督は『悪人』のあと、歌舞伎役者を題材にした壮大なドラマを独自に構想したが、あまりのスケールの大きさに頓挫してしまったという。その後、吉田修一は「仲のいい映画監督と歌舞伎の話になった」ことをきっかけに歌舞伎の世界に興味を持ち、黒子姿で舞台裏取材を重ねるなどの下準備を経て、小説『国宝』の新聞連載をスタート。作品は評判となり、各所で映像化権取得の動きがあるなか、李監督が最終的に映画化プロジェクトを射止めた。
原作小説という強固な骨格を得られたとはいえ、物語のスケールの大きさ、歌舞伎界の裏も表も映し出す企画の大胆さには変わりはない。歌舞伎と縁深い松竹ではなく、東宝が配給をつとめるという捻り技も、それまで李=吉田コンビが培ってきた同社との関係性の深さだけにとどまらず、業界に「近づきすぎない」ことで得られる表現領域の広さと自由度を取ったのではないかと想像してしまう(そんな無邪気な話ではないのかもしれないが)。結果として製作上の苦労は(バジェットも含め)倍増したかもしれないが、そのぶん、リッチでゴージャスな画作りは「映画を観る喜び」を思い出させてくれる。
以前レビューにも書いたが(吉沢亮はまぎれもなく“怪物” 『国宝』は“役者の快感”を体感できる唯一無二の一作に)、最も印象深いのは、その分かりやすさだ。エキゾチックな伝統芸能文化を題材にしつつ、誰にでも理解できるドラマとしての普遍性を持たせている。『アマデウス』(1984年)にも匹敵する明解さは、きっと海外の観客にも通用するレベルだろう。
企画・プロデュースをつとめたMYRIAGON STUDIOの村田千恵子は、WEBサイト「Cocotame」のインタビューで、同社の実写作品が当初から海外マーケットを視野に入れていることを語っている。きちんと技術と予算を投入してクオリティの高いものを作れば、世界に通用するものが生み出せる……そんな理念を村田プロデューサーは近年のインド映画などから学び、さっそく『国宝』で実践したという。
今年のカンヌで『国宝』が上映されたのは「監督週間」部門。映画祭とは独立した並行セレクションという位置づけだが、1969年から数多くの映画作家たちを発掘してきた歴史ある部門だ。世界中の映画監督にとって狭き門であり、才能さえ認められればキャリアも年齢も関係なく受け入れる登竜門でもある(事実、今年は同じく日本から、26歳の新鋭・団塚唯我監督の初長編『見はらし世代』がエントリー)。李監督の参加はむしろ「満を持して」といった感じだが、メジャー配給の商業作品でありながら堂々たる「作家映画」にも仕上げてみせた力量と風格は、しっかりとカンヌの観客に伝わったのではないだろうか。
●深田晃司『恋愛裁判』の希望
コンペティション部門と、同じくカンヌの有名部門「ある視点」から惜しくも漏れつつ、どちらに入っていてもおかしくない作品が集まるといわれているのが、2021年に設立されたカンヌ・プレミア部門。ここで上映されたのが深田晃司監督の『恋愛裁判』である。2016年の日仏合作映画『淵に立つ』で、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門の審査員賞を獲得した深田監督が、今度は日本のアイドル業界にフォーカスした問題作だ。
アイドルの恋愛禁止ルールという芸能界のいびつな慣習に、裁判劇というかたちで挑んだ内容は、もしかしたら3本のなかで最もセンセーショナルな企画かもしれない。作品は未見だが、齊藤京子主演・東宝配給のメジャー作品であっても、深田監督らしい作家性は存分に発揮されていることだろう。カンヌが選んだ理由もおそらくそこにある。
『国宝』もそうだが、決して「日本スゴイ」に終止せず、むしろその暗部を掘り下げる企画にもしっかりと予算を投じ、世界に通用するクオリティを目指す姿勢には希望を感じる。 BBCの報道で全世界の知るところとなったジャニー喜多川問題に続き、「日本独特の文化」のダークサイドは多くの人が興味を持っている題材だろう。その現実を明らかにする作品を世界に発信することも、社会正義を訴える映画人の矜持であり、企業が国際的信用を勝ち得るために必要なアクションの一環といえよう。自国の社会問題に容赦なく切り込む韓国映画界が良い例だ。その海外での反響が、日本国内にフィードバックされることにも期待したい。
●川村元気『8番出口』の快挙
そして、川村元気監督の話題作『8番出口』が上映されたのが、ミッドナイト・スクリーニング部門。近年は『新感染 ファイナル・エクスプレス』(2016年)や『トワイライトウォリアーズ 決戦!九龍城砦』(2024年)など、アジア各国の活きのいい娯楽映画が気を吐く大舞台という印象が強いが、そこに日本映画が新たに加わったのは快挙と言える。しかも、プロデューサーとして数々のヒット作を手がける川村元気が、監督としても一皮むけた作品でそれを成し遂げたことも喜ばしい。
2023年のリリース以来、社会現象化するまでのヒットとなったインディーゲームの映画化という企画自体は、いかにもヒットメイカーらしいハイコンセプトなものと言える。だが、雑な言い方をすれば「間違い探し不条理ホラー」のような原作ゲームのシンプルな魅力を、いかに映画として成立させるかという試行錯誤において、川村監督はかつてないほどの「作家性」を発揮してみせた。共同脚本を手がけた平瀬謙太朗のダークな人間観察眼とトリッキーな語り口、そして自らも熱心なゲーマーである主演の二宮和也との共同作業も、作品のクオリティアップに大きく貢献している。
先日行われた完成披露試写後のトークショーで、川村監督は自作『百花』(2022年)の海外マーケットでの興行不振を告白し、その悔しさをバネにしたと語った。曰く「アニメは軽々と国境を越えるのに、実写は難しい。海外の映画祭で出会う若い監督たちは、自らのアイデンティティを背負って全力でユニークなものをぶつけてくる。だから尖りきったものを作らないと観客には観てもらえない」。映画『8番出口』は、この言葉通りの覚悟を感じる仕上がりになっている。作品の性質上、詳しい内容については明かせないが、プロデューサーとしての「売れる企画」に対する嗅覚と、「ヒューマンドラマ作家」への希求が、非常にいいバランスでまとまった快作と言える。
●実写作品も海を越えられるか?
アニメーションに関しては、東宝はすでに海外展開・海外進出を視野に入れた活動を積極的におこなっている。2024年、アメリカのアニメーション配給会社GKIDSを買収し、『ダンダダン』(2023年~)などを手がける制作会社サイエンスSARUを完全子会社化したのも、先々の展開を見越してのことだろう。
実写作品についても同様に、今後は海外展開を前提とした企画開発をより注意深く進めていくのではないだろうか。もちろん国内マーケットを主戦場とする安定的企画も担保しつつ、いつか「双方の融合」が図られていくかもしれない。その一方で、たとえばA24が実践しているような尖鋭性なども海外展開における強みとして加わることで、より作品企画の充実と成熟が期待できるのではないか……そんな夢想も非現実的とは言いきれないほど、いまの東宝は鋭く尖っている。
(文=岡本敦史)
