観光客急増の飛騨高山から嘆きの声が聞こえる理由

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大勢の観光客で混雑する飛騨高山の高山祭(筆者撮影、以下同)


(姫田 小夏:ジャーナリスト)

 岐阜県高山市は今や世界で注目を集める日本の人気観光地の1つだ。飛騨高山への外国人観光客の関心は年々高まりを見せ、旅行クチコミサイト「トリップアドバイザー」のランキング(「クチコミで選ぶ、人気上昇中の観光都市2018」・アジア編)では、沖縄県石垣市に次いで2位となっている。2018年に高山市を訪れた外国人観光客は55万2000人(同市観光統計)と、5年前の2013年(22万5000人)から約2.4倍に増えた。

 観光客がたくさん来れば、もちろん地元経済は潤う。外国人観光客の増加は、地元にとって大歓迎だろう。高山名物の朝市では、高齢のお母さんたちが外国人相手に英語で農産物を売る、そんなたくましい姿も見られた。

食材の質と英語で勝負する飛騨のお母さんたち


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宿泊施設が値引き合戦に

 しかし、観光都市として急激に成長する一方で、悩ましい問題も生じている。

 飛騨高山では最近の外国人観光客の増加に伴い、宿泊施設が急激に増えている。筆者は今年(2019年)5月に飛騨高山を訪れた際、街のあちこちで、新しくオープンしたゲストハウスを目撃した。観光案内所は「増えすぎて把握しきれていない」というぐらいの数である。高山市で長年にわたって民宿を経営する清水隆さん(仮名)からは、「こんなに増やしてどうするんでしょうか」と困惑する声も聞かれた。

 高山市には一体どれだけの宿泊施設があるのか。高山市が発表している「平成30年 観光統計」によると、2019年1月1日時点で330の宿泊施設(民泊を除く)がある。統計で見る限り、高山市の宿泊施設数はここ十数年、ほぼ右肩下がりで減り続けてきたが、2016年を境に上昇に転じた。特に著しく増えているのが、民宿やペンション、ゲストハウスを含めた簡易宿所だ。2016年(1月1日時点の調査)に203にまで減った簡易宿所は、2019年には270となり24.8%も増加していた。

 こうした変化について、清水さんは次のように語る。

「2016年までは、後継者不足などで昔から経営をしてきた民宿やペンションが次々に廃業しました。2016年以降は、新興のゲストハウスを中心に宿泊施設が大幅に増加しています。統計の数字には表れない民泊も無数にあります」

 増え続ける外国人観光客が宿泊施設の需要を生み、ビジネスチャンスと見た事業者がなだれ込んでいる。民泊の数も3桁は下らないとみられ、競争は日増しに激しくなっているのが実状だ。

 こうした状況は、宿泊費にストレートに反映される。旅行予約サイトで飛騨高山の宿泊施設を検索すると、真っ先に出てくるのは、1泊素泊まり5000円や3000円といった特別サービス価格を打ち出す大手ホテルだ。飛騨高山の宿泊施設は熾烈な値引き合戦に突入しているのである。

 これでは個人経営の民宿やゲストハウスはひとたまりもない。小規模経営の宿の中には「資本のあるところには、もうかなわない」と白旗を上げるところもある。その結果、売りに出ている宿泊施設もかなりあるという。

 古くからあった宿泊施設は同業組合を作り、問い合わせのあった客を、時には互いに融通し合ってなんとか経営を維持してきた面がある。そうした施設はネットを使った集客に長けているわけでもなければ、英語で営業ができるわけでもない。建物や設備の老朽化といった問題も重くのしかかる。「地元の老舗の施設にとっては、インバウンドに乗っかること自体がとても難しいのです」と清水さんは言う。

開業しても従業員がいない

 飛騨高山の宿泊施設は、価格競争に加えて「働き手が集まらない」という問題も抱えている。

 数年前に開業した市内のホテルでパートをしていたという女性さんはこう語る。「開業したまではよかったけど問題はその先です。働き手が集まらないので、部屋は半分しか稼働できませんでした」。

 高山市内では今年から来年にかけて宿泊施設が続々と開業する。だが、そこに立ちはだかるのが「人手不足」という壁だ。若い人は「土日に休めない」「夜遅くまで働かなければならない」などの理由で宿泊施設では働きたがらないようだ。

 高山市の観光課によると「高山市の宿泊収容人員のキャパシティはこれからさらに大きくなる」という。一方、市内で配られるフリーペーパーを開くと「求人募集」の広告ばかりが目に付く。前述の女性は「同じ求人広告が何カ月にもわたって出ています」と教えてくれた。飛騨高山の宿泊施設が深刻な人手不足に陥っている状況が浮かび上がる。

地元のフリーペーパーに載っているスタッフ募集の広告(画像の一部を加工しています)


文化継承の担い手は先細り

 飛騨高山で存続が危ぶまれているのは、老舗の宿泊施設だけではない。同市の「高山祭」は世界的に有名だが、名物となる「山車」の運営母体となる町内会会員が減少傾向にあり、山車の維持管理が困難になりつつあるという。

山車の維持管理ができなくなれば、観光資源を失うことにもなりかねない


 宿泊施設サービスをはじめ飲食業や小売業などにかなりの新規事業者が参入していながら、文化継承の担い手は先細りするという問題が起きているのだ。

 訪問客数や施設数の増加が街に経済効果をもたらすことは間違いない。だが、“数の増加”だけを喜ぶわけにはいかない。新旧含めた事業者たちが長期的な街づくりに参画できるような工夫やネットワーク作りが喫緊の課題となるだろう。

筆者:姫田 小夏