2014年メジャーリーグ10大ニュース@後編

 海を渡った日本人ルーキーが衝撃的なデビューを飾る一方、長年に渡ってメジャーを牽引してきたスーパースターが引退した2014年シーズン。メジャーリーグという舞台で、今年も数多くのドラマが演じられてきました。ファンの記憶にずっと刻まれるであろう2014年の思い出を振り返ります。

【第5位】 ヤンキース田中将大、華々しいメジャーデビュー

 2014年1月、メジャーリーグの名門ニューヨーク・ヤンキースが、楽天・田中将大投手と7年総額1億5500万ドル(約161億円)という投手史上5番目の高額で契約。そのニュースは日本のみならず、全米中を大いに驚かせました。

 田中投手への期待とプレッシャーは、さぞ大きかったことでしょう。彼はそれらを背負いながら、初めてメジャーのマウンドに立つことになりました。しかしフタを開けてみると、メジャーの並み居るスラッガーたちに臆することなく快投を続け、気づけば開幕6連勝という華々しいデビューを飾ったのです。6月17日時点では、メジャートップの11勝(1敗)、ア・リーグ1位の防御率1.99、勝率.917、WHIP(※)0.95、そして同2位の113奪三振と、文句のつけようのない成績を残していました。

※WHIP=被安打数と与四球数(与死球数は含まない)を投球回数で割った数字で、1イニングあたり何人の走者を出したかを表す。WHIP1.00以下なら球界を代表する投手と言われている。

 しかし7月8日、右ひじ靭帯の部分断裂によって、田中投手は2ヶ月間の休養を余儀なくされます。メジャー1年目からエース級の活躍でチームを支えていただけに、突然の戦線離脱は歯がゆい想いだったことでしょう。本人も、「悔しいシーズンだった」と振り返っています。

 とはいうものの、田中投手がメジャー1年目で残したインパクトが薄まることはありません。『ベースボール・アメリカ』誌が行なった監督投票による「2014年ア・リーグ最高の投手ランキング」では、田中投手は第2位にランクインしています。ちなみに第1位はシアトル・マリナーズのフェリックス・ヘルナンデス、第3位はオークランド・アスレチックスのジョン・レスターでした。

 この評価からも分かるとおり、田中投手はわずか1年で、誰もが認める存在になったのです。「日本のエース」が「世界のエース」であることを証明しました。シーズン途中のケガさえなければ、ヤンキースもポストシーズン進出を逃すことはなかったのではないでしょうか。前半戦だけの成績なら、個人的にはサイ・ヤング賞とMVPを与えたいぐらいの活躍だったと思います。

【第4位】 ヤンキース&レッドソックスがそろってプレイオフを逃す

「メジャー最大の激戦区」と言われるア・リーグ東地区で、常に地区優勝を争ってきたニューヨーク・ヤンキースとボストン・レッドソックスが、2014年はそろってプレイオフ進出を逃しました。ヤンキースは1993年以来初めて2年連続でポストシーズンに進めず、レッドソックスは昨年の世界一から一転して地区最下位......。球界を代表するふたつの名門チームがこのような結果に終わったことに、正直、驚きを隠せません。

 また、何よりもショックだったのが、1931年に全米野球記者協会がMVP表彰をするようになって、2014年は初めて両チームからひとりも投票されなかったことです。それぐらい今年は、両チームともシーズンを通して活躍した選手が現れなったということでしょう。

 特にヤンキースは、「プレイオフに出て当たり前」と言われるぐらいの歴史ある常勝チームです。ワールドシリーズに最も近いチームだからこそ、黒田博樹投手も、イチロー選手も、ヤンキースに移籍してきました。しかし、ともにその夢は叶っていません。今後のことはまだ分かりませんが、ふたりともヤンキースと再契約する可能性は低いと言われています。ピンストライプのユニフォーム姿でワールドシリーズの大舞台に立って欲しかったので、近年のヤンキースの低迷は残念で仕方ありません。

 果たして来シーズンは、名門復活となるのでしょうか。メジャーリーグに欠かせない存在なだけに、ヤンキースとレッドソックスの奮起に期待しています。

【第3位】 カンザスシティ・ロイヤルズ、ポストシーズンで快進撃

 ヤンキースやレッドソックスといった名門が低迷した一方、久しぶりに大躍進を見せたのが、ア・リーグ中地区のカンザスシティ・ロイヤルズでした。1985年以来29年ぶりのプレイオフ進出を果たし、そしてリーグ優勝も成し遂げたのです。

 特に驚いたのは、やはりポストシーズンでの快進撃でしょう。アスレチックスとのワイルドカードゲームでは8回裏まで3対7と、4点のリードを許していました。しかし、残り6個のアウトでシーズンが終了する状況で、ロイヤルズは脅威の粘りを見せたのです。まず、9回に青木宣親選手が犠牲フライを放って同点にすると、延長12回には逆転サヨナラヒットで劇的な勝利を収めました。

 その後も、ディビションシリーズでロサンゼルス・エンゼルスを3連勝で下すと、リーグチャンピオンシップシリーズはボルチモア・オリオールズ相手に4連勝。プレイオフを無傷の8連勝で勝ち進み、ワールドシリーズ進出を果たしたのです。ワールドシリーズでは敗退したものの、ポストシーズン新記録となる8連勝の勝ちっぷりは、実に見ごたえがありました。

 今季、30球団で最もホームラン数が少なく、「20本塁打・75打点以上」を挙げた選手がひとりもいない中での快進撃――。このような軽量打線でポストシーズンに駒を進めたチームは、過去を振り返ると、1938年のシカゴ・カブスと、1965年のロサンゼルス・ドジャースの2チームしかいません。まさに、今のメジャーで新たな傾向となりつつある「スモールベースボール」を体現した、ロイヤルズの勝利と言えるでしょう。そういう意味でも、ワイルドカードゲームでのアスレチックス戦で青木選手が放った同点犠牲フライは、今年を象徴するシーンではないでしょうか。

【第2位】 サンフランシスコ・ジャイアンツ、5年間で3度目の世界一

 そのロイヤルズの快進撃を止め、2014年のワールドシリーズを制したのが、ナ・リーグ西地区のサンフランシスコ・ジャイアンツでした。特筆すべきは、過去5年間で3度も世界一に輝いた点でしょう。2012年からワイルドカードの枠がひとつ増えたことで、プレイオフに出場するチャンスは増えました。全30球団のうち10球団、つまり3分の1のチームがポストシーズンに進めるのです。ただ、世界一への道のりも長くなったため、頂点を極めるのはさらに難しくなったとも言えます。

 今年のジャイアンツは、まさにそれを経験しました。まず、ワイルドカードゲームでピッツバーグ・パイレーツを下し、ディビジョンシリーズではワシントン・ナショナルズを3勝1敗で退け、リーグチャンピオンシップシリーズでセントルイス・カージナルスを4勝1敗で破り、そしてワールドシリーズを4勝3敗で制したのです。ジャイアンツはワールドチャンピオンになるまでに、なんとポストシーズンで計17試合も戦いました。

 1958年、ニューヨークからサンフランシスコに本拠地を移転してきた当初のジャイアンツは、人気・実力ともに低迷していました。勝ち星は増えず、スタンドはいつも閑古鳥が鳴いており、一時期はカナダに身売りするという話も挙がったほどです。それが時を経て、2010年に球団史上56年ぶりの頂点を掴み取ると、そこから強豪チームへと生まれ変わり、ここ5年間で3度の世界一。個人的には、レッドソックスが「バンビーノの呪い」を解いたぐらいの衝撃です。

【第1位】 偉大なるキャプテン、デレク・ジーターが現役を引退

 ヤンキースひと筋20年――。デレク・ジーターが現役最後のシーズンを終えました。1995年にメジャーデビューし、ワールドチャンピオンに輝くこと5回。最終年を世界一で飾れなかったのは残念ですが、9月25日、本拠地ヤンキースタジアムでのホーム最終戦で、ジーターは見せてくれました。5対5で迎えた9回裏、1アウト二塁の場面でバッターボックスに立つと、ジーターらしい流し打ちでライト前に放ち、劇的なサヨナラヒットで締めくくったのです。この感動的な幕切れには、「さすがは偉大なるキャプテン」とうならざるを得ませんでした。

 また、9月27日〜28日にボストンで行なわれたシーズン最後の2試合でも、感動的な場面がありました。その日の打順は、『1番・イチロー、2番・ジーター』。オールスターゲームでも過去5回組んだことのある「ア・リーグの名1・2番コンビ」が、最後に再び顔をそろえたのです。ジーターのラストゲームにふたりを並べたのは、ジョー・ジラルディ監督の粋な計らいでしょう。

 ピンストライプのユニフォームを着てふたりがコンビを組む、最後の1番・2番――。個人的には今年一番、印象に残った出来事です。イチロー選手は、いつもは捨てるラインナップカードを今回は記念に取っておいた、と語っていました。

 イチロー選手とジーター、ふたりはヤンキースを離れることになろうとも、いずれはニューヨーク州のクーパーズタウンにある野球殿堂で再会します。将来殿堂入りする1・2番コンビでのラストゲームは、お互いにとっても感慨深いものだったのではないでしょうか。素晴らしいフィナーレだったと思います。

福島良一●解説 analysis by Fukushima Yoshikazu