【F1】アストンマーティン・ホンダ「異常振動問題」対策の舞台裏とは? チーフエンジニア折原伸太郎に熱田護が迫る
ホンダF1・折原伸太郎 インタビュー後編(全2回)
今年から新たにアストンマーティンと組んで、第5期のワークス活動を再開させたホンダだが、オフシーズンのテスト走行からマシンに異常振動が発生し、開幕後も完走さえままならない状況が続いた。それでも第3戦の日本GPでフェルナンド・アロンソが初完走すると、徐々に戦える状況になってきた。
ホンダF1の現在地は? 今後の復活プランは? F1カメラマンの熱田護がホンダの現場責任者を務める折原伸太郎トラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアに第5戦カナダGPで直撃インタビューを行なった。

カナダGP後にADUOが適用されると言われるホンダ。アストンマーティンも夏には車体の大規模なアップデートを予定している photo by Mamoru Atsuta
熱田護(以下、熱田) 第3戦の日本GP終了後、レースで使用したアストンマーティンの車体をホンダのパワーユニット(PU)の開発拠点であるHRC Sakura(栃木県)に持ち込み、PUを搭載して試験設備でテストを行なったそうですね。その際に実際、折原さん自身がアストンマーティンのコクピットに乗ったという話を聞きました。どんな感じだったのですか?
折原伸太郎(以下、折原) 当然データを見たり、ドライバーのコメントも聞いたりして、振動が激しいことはわかっていましたが、技術者はそもそもF1マシンがどれくらい振動をしているのかがよくわかりません。だから、あまりに振動がすごくて、びっくりしました。正直、F1ドライバーはこんな状況のコクピットに座り、よくマシンを操縦しているなと思いました。
熱田 一般の人にわかりやすく説明すると、どれくらい振動して、どのように感じるのですか?
折原 うまいこと表現するなと思ったのが、金属バットをにぎって地面を思いきり叩いた時にビリビリビリビリっていう、しびれるような感覚がありますよね。それがずっと続いているようなイメージです。
ただ、F1マシンは通常の状態でも相当、振動が大きいと思うんですよね。新しいホンダのPUによって、どれくらい振動を悪化させているのかは、正確なところはわかりません。それでも今回、私を含めて何人かのホンダの技術者がコクピットに乗り込み、実際に自分たちの身体で振動を感じることによって、これは早急になんとかしなければならないと思いました。
熱田 日本GPのあと、次のマイアミGPまでに5週間のインターバルがありました。その間になんとか異常振動を解決しようと思ったんですね。
折原 そうですね。実際にマイアミに持っていったタマ(アップデート)は、日程的にはギリギリだったんです。でも、あの振動を実際に体験することによって、絶対にマイアミに間に合わせようと強く思いました。
熱田 実際にマイアミではかなり振動を抑えることに成功していますが、それはホンダ側だけの対策で解決したところがあるんですか?
折原 いろんなタマがあります。アストンマーティンと協力して入れたタマと、ホンダ独自のタマの両方ですね。具体的な中身は企業秘密で教えられないですけど、エンジンのなかで振動を出さないようにするための対策を入れていますね。
熱田 素人の考えですが、ゴムのブッシュのようなものを車体とエンジンの間に噛ませれば、振動は伝わりにくくなるんじゃないかと思います。そういうことをやったのですか?
折原 申し訳ないですが、具体的なことは言えません。でもエンジンはモノコックにボルトで締結されていて、バッテリーはそのモノコックにゴムブッシュと一緒に締結されています。じゃあバッテリーを揺らさないようにするには、熱田さんが今おっしゃったようにゴムのブッシュをいろいろチューニングするという手は考えられます。
ひと口にエンジンが振動しているといっても、エンジンのどこかのバランスが悪くて単独で振動しているのか、あるいはモノコックとの締結のところが弱くてエンジンが振動しているのか、それぞれの原因によって、当然対策も変わってきます。いろんなパターンがあるなかで、効果があるタマを見つけて、さまざまな対策を行なってきました。
熱田 その対策をしたことで、PU本来の出力やトルクを犠牲にしたということはなかったんですか?
折原 パフォーマンスを下げるようなことはいっさいないです。
熱田 カナダGPが終わったあと、今年から導入されたADUO(追加開発アップグレードの機会)がホンダに適用され、開発のための追加の予算やテスト時間が与えられると言われています。ホンダとしてはそこでアップデートを成功させて、少しでもライバルチームに追いつきたいという理解でいいんですよね?
折原 いつライバルチームに追いつき、戦えるようになるかは、今は明言できません。ホンダのPUにはやらなければいけないことはたくさんあります。それをADUOが適用された際に入れていって、その結果として今シーズン中にライバル全員をキャッチアップできるかといえば、それは難しいと思います。
車体側のアップデート込みで今シーズン中になんとか戦える状態に持っていって、2027年の頭にはもっと上で戦えるように持っていく、というイメージは描いています。

カナダGPでは一時トップ10圏内で走行したアロンソだったが、シートのトラブルもあり最終的にはリタイアに終わった photo by Mamoru Atsuta
熱田 話は変わりますが、すでに次のPUのレギュレーションに関して議論が始まっています。国際自動車連盟(FIA)のモハメド・ビン・スライエム会長は遅くとも2031年には持続可能燃料を用いた自然吸気のV8エンジンに回帰したいと語っています。
僕も個人的にはバッテリーのないほうが好きなんです。軽くて安くていい音がするV8のほうが、お客さんの多くがワクワクしてくれると思っていますが、折原さん個人としてはどう考えていますか?
折原 ひとりのF1ファンとしては大賛成です。バッテリーはあってもなくてもいいのですが、大音量を発するV8エンジンは好きです。ただ一方で、すごく個人的な意見ですけど、最近のF1はサーキットで観戦する環境としては快適だと私の家族は話しています。
音がうるさくないので、横にいる友人や家族と会話しながらレースを見ることができますし、場内放送がちゃんと聞こえる、と。そういう環境がいいという人も増えていると感じます。とくに最近F1に興味を持ち始めたライトなファンの方には、大音量のV8エンジンを好まない人たちもいるのかなとも思っています。
熱田 なるほど。でもあの身体が震えるような音をぜひ聞いてほしいと思いますが、エンジニアとしては自然吸気のV8エンジンはやりがいはありますか?
折原 エンジニア目線で言うと、チャレンジングさという点ではこれまでよりも劣りますね。技術的には難しかったですが、やりがいがあったのは昨年までのレギュレーションです。1.6リッターのV6ターボエンジンと、MGU-H(熱エネルギー回生システム)とMGU-K(運動エネルギー回生システム)のふたつのエネルギー回生システム、このすべてを協調させてパフォーマンスを引き出すことは、エンジニアにとってはやりがいがありました。
熱田 今年はふたつのエネルギー回生システムのうち、MGU-Hが廃止されてしまったので、ちょっと醍醐味が減ってしまったという印象ですか?
折原 エンジニア目線だと、そのとおりですね。やっぱりMGU-Hとエンジンの組み合わせはすごくチャレンジングだったんですよね。エンジンの出力だけ上げると、Hの回生量が落ちてしまうんです。そこをうまくバランスさせる技術を開発するのは、エンジニアとしてはチャレンジングで、面白かったです。
終わり
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<プロフィール>
折原伸太郎 おりはら・しんたろう/1977年、東京都生まれ。ホンダF1第2期活動(1983〜1992年)でのマクラーレン・ホンダの活躍を目の当たりにしてF1の世界に憧れ、大阪市立大学工学部機械工学科で学び、2003年にホンダ入社。市販車用エンジンの開発に携わったあと、ホンダ第4期F1プロジェクトに参画。イギリスの前線基地の立ち上げ、国内でのPU開発を担当。2023年からPUのチーフエンジニアを経て、2025年からトラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアを務める。
