医学の進歩でがんは〈不治の病〉とは言わなくなった。では、がんは「治る」のかというと、実はそれも難しくて
2人に1人はがんになると言われる現在。もし、自分や身近な人ががんになったらどうしたらいいのでしょうか。病理学の専門家であり、笑って読める医学書『こわいもの知らずの病理学講義』の著者である仲野徹先生が、がんとの向き合い方をわかりやすく説いた『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』より、一部を抜粋して紹介します。
【書影】『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』(仲野徹:著)
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がんは「治る」のか
いつ頃までだろう、がんは不治の病というのが「おきまり」だったのは。しかし、いまではそのように考える人はかなりの少数派だろう。かといって、治る病気になったという訳でもなくて、「治せることもある病気」というのが正しいといったところだ。
がん細胞が完全になくならなくとも長期にわたって病気をコントロールしながら生活できるケースも増えてきているので、「(ある種の)がんは慢性疾患である」と考えることも可能である。
これらはもちろん、がんの研究が進んで新しい治療法が開発されてきたおかげだ。では、「がんが治る」というのは、どういった状態をさすのか? これが意外と難しい。
わかりやすい例として、たとえば風邪でも肺炎でもいいから感染症を考えてみよう。何らかのウイルスや細菌が体の中で増殖し、さまざまな症状を引き起こすのが感染症だ。抗ウイルス剤や抗生物質を使って、ウイルスや細菌を殺して体内からなくせば、それで完治である。
もっとわかりやすいのはケガで、小さな擦り傷や切り傷なら、ほうっておいても完全に治る。ところが、がんの場合はそう簡単な話ではない。
がん治療の目的は、がん細胞をなくすことである。なので、がんを治すために手術をしましょう、とか、放射線治療をしましょう、という言い方がされる。
がん細胞を完全になくすことができれば、晴れて「治った」と言うことができる。しかし、どのような治療法であっても、完全にがん細胞がなくなったと証明することは極めて困難である。
がんはもともと1個の細胞が増殖したものであることを思い出してほしい。なので、可能性としては、たった1個のがん細胞から再発することがありえるのだ。
MRIやCTといった画像診断で見えなくなったとしても、それでは調べきれない「微小残存病変」(画像検査では見えないほど小さいがん病巣)が残っている可能性を否定できない。それが元になり、何年か後になって再発する危険性がある。なので、完全に「治った」とはなかなか言いにくい。
そのかわりに「寛解」という言葉が使われることがある。広辞苑を見ると「病気そのものは完全に治癒していないが、症状が一時的あるいは永続的に軽減または消失すること。特に白血病などの場合に用いる」と書かれている。
「完全に治癒」していないのに、「症状が永続的に消失」することもあるというのは、ちょっとおかしいんとちゃうんか! と言いたくならない訳でもないが、そこは我慢しておこう。これは、がんという病気の性質上、いたしかたないのである。

『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』(仲野徹:著/KADOKAWA)

(写真:stock.adobe.com)
がんの治療成績
厳密な意味で「完全に治った」と言い切るのは難しいが、医学の進歩により、がんは「治せる」ようになってきている。
いくつもの指標があるのだが、生存率もそのひとつだ。がんの部位やステージによって大きな違いがあるけれど、当然のことながら、早いステージほど生存率の高いことがわかっている。
5年後の相対生存率(がんでない同じ年齢・性別の人と比較した生存率)の年次変化を見ると、前立腺がんのように著しく向上しているものもあれば、胃がんや結腸がん、子宮頸がんのようにほぼ横ばいのものもある。
このように臓器により違いがあるけれど、どのがんでもおおむね右肩あがりだし、すべてのがんの統計としても右肩あがりである。
国立がん研究センターが「院内がん登録2012年10年生存率集計」を2025年に発表した。「院内」とあるが、国立がん研究センターの病院だけでなく、全国のがん診療連携拠点病院等から収集した情報を集計したものである。
2012年にがんの診断治療をおこなった361施設、54万3081症例の統計なので、母数が大きくて偏りも比較的少ない非常に信頼性の高いものだ。
がん治療が進歩したからこそだが、がんの種類やステージによっては5年以上のフォローアップも必要になってきている。なので、10年生存率という指標も報告されている。
全部位、全ステージの10年生存率はどれくらいだと思われるだろう? 純生存率=「他の死因がないと仮定して(がん以外で死亡しないと仮定して)推定した生存率」は54.0%だ。意外と高いと思われないだろうか。
ざっくりとだけれど、がんと診断されても、半数以上の人は、10年はがんが原因では死なない、ということなのである。「治った」と言い切れないとはいえ、かなりいい数字ではないか。
ステージIで早期発見され適切な治療がおこなわれた場合、乳がん、子宮頸がん、前立腺がんでは9割、胃・大腸がんでは8割、膵臓がんでも3人に1人は10年以上生存できることがわかっている。やはり早期発見は大事である。
また、このような時代なので、「がんとの共生」が重要なテーマになっていることもわかっていただけるだろう。

胃がんの病期別生存率とサバイバー5年生存率(図を拡大)(画像提供:『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』KADOKAWA)
この図は国立がん研究センターが発表した胃がんのネット・サバイバル、すなわち純生存率の曲線で、診断時のステージによってずいぶんと違うことが一目瞭然だ(上図)。
ステージIVと聞くと、余命幾ばくもないと思ってしまいがちだが、必ずしもそうではないことがわかる。また「サバイバー5年生存率」なるものも計算されている。これは、がんと診断された人が、1年とか5年とかの一定期間を生き延びてから後の5年生存率のことだ。
面白いことに、と言うと少し不謹慎かもしれないが、I期のがんでは影響がないけれど、ステージが進行した患者さんの場合、生き延びた年数が長い人ほど、それからの5年生存率が高くなることがわかる。
乳がんではこういった傾向は認められないが、他のがん、大腸がんや膵臓がんなどにもあてはまる。もちろん統計的なデータにすぎないと言えばそれまでだけれど、ちょっと明るくなる話である。
ステージIVで10年生きる人もいれば、ステージIでも5年生きられない人がいる。これも運と言う以外にはなさそうだ。
当たり前のことだが、早期診断を心がけて、見つかったら適切な治療を受けること。そして、あとは運と考えて、楽観しすぎることも悲観しすぎることもなく生活する。難しいかもしれないが、それがベストだろう。
※本稿は、『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』(仲野徹:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
