死刑囚の最期、なぜわからない?「国が情報を出さないなら自分がやる」国家の空白を埋める個人サイトの運営者
死刑は、国家が人の命を奪う究極の権力行使だといわれる。にもかかわらず、日本ではその実態がほとんど明らかにされていない。むしろ隠されているのが実態だ。
存続か廃止か。判断の材料が乏しいままでは、国民的な議論が深まるはずもない。
そうした「空白」に挑んでいる人がいる。死刑囚に関する膨大なデータを集積したサイト「刑部(ぎょうぶ)」を運営する笑月(しょうげつ)さんだ。
一体、何者なのか。なぜ、ここまで調べ続けるのか。取材を依頼すると、匿名を条件に、快くインタビューに応じてくれた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●「無実の人が国に殺された」衝撃が原点
──死刑に関心を持ったきっかけは?
もともと歴史が好きで、中学生の頃からサスペンス小説をよく読んでいました。そのうち、「実際の事件はどうなっているのか」と気になるようになったんです。
高校生の頃、佐木隆三さんの『殺人百科』を読んで、1951年の連続強盗殺人事件で死刑になった男について知りました。共犯者が取り調べの段階で「あいつは見ていただけだ」と供述していたという内容でした。
そのとき、「人を殺していないのに死刑になった人がいるのか。国に殺されたのか」と衝撃を受けました。それが、死刑について調べ始めたきっかけです。
●国会図書館や地方紙をたどる“手作業”
──データベースはどうやって作っていますか。
1997年当時、死刑囚の一覧表を掲載しているサイトはありましたが、一審判決が空欄になっているなど、ところどころ情報に空白がありました。しかも、2000年になる前くらいから更新も止まっていました。
そこで、1998年に自分のサイトを立ち上げ、その空白を埋めようと思いました。
国会図書館に通い、昔の新聞や最高裁判決集を調べてはメモやコピーを取る。図書館のコピー代は当時1枚35円で、今より高かった。これまでに何十万円も使っていると思います。
国会図書館にない刑事裁判資料を求めて、東北大学まで足を運んだこともありました。
矯正統計の年報や月報から、どの月・どの拘置所で死刑が執行されたかという情報を手がかりに、目星をつけて、その地域の地方紙を一つひとつ当たることもあります。
本当に、根気と忍耐の世界です。
●突き当たる壁「日本には死刑の情報がない」
──仕事ではないのに、なぜそこまでできるのでしょうか。
単純に、わからないことを知りたいからです。死刑囚について調べていくと、必ず「情報がない」という壁にぶつかります。
だったら、自分で調べてやると。国が死刑に関する情報を出さないなら、自分たちで明らかにするしかないと思っています。
●1960年代以降、消えた死刑囚の姿
──調べて気づいたことは?
死刑囚をめぐる報道の変化です。1960年ごろまでは、新聞にも比較的詳しい情報が載っていました。1940年代には、広島刑務所の死刑囚へのインタビュー記事や、刑場の写真も掲載されています。
しかし、1963年の通達で、外部の人が死刑囚と手紙のやり取りをすることが制限されて以降、処刑や死刑囚の実態はほとんど表に出なくなりました。1960年代から80年代にかけては、いわば“暗黒時代”です。
文献には、終戦直後に減刑と引き換えに人体実験がおこなわれた可能性を示す記述や、統計上行方不明になっている受刑者の記録なども残されています。処刑日がGHQの資料と食い違っているケースもありました。
また、2010年までは暦年でまとめられていたデータが、2011年以降は年度ベースに変わるなど、不自然な点もあります。
●「冤罪を防ぐには死刑はダメ」現在の結論
──死刑制度をどう考えますか。
過去の多くの事件を見ていると、これほどの事件を起こしてしまったら死刑しかないんじゃないかと感じることもあります。
ただ、人間は神様じゃないので、間違える。冤罪の可能性はゼロにはできません。
一度執行してしまえば、二度と救えない以上、冤罪を防ぐという観点からは、死刑は認められないという考えです。現時点では、仮釈放のない終身刑の導入が現実的ではないかと思っています。
ただし、この考えを他人に押し付けるつもりはありません。被害者遺族に同じことを言えるかと問われれば、簡単ではありません。
あくまで、現時点での自分の結論に過ぎません。正しいとも思っていませんし、最終的な答えでもありません。
●「すべて公開して議論すべき」
──日本で死刑の議論が深まらない理由は?
多くの人にとって、死刑や犯罪は日常から遠い問題で、他人事です。興味がない人からすればどうでもいい話でしょう。
それに加えて、国は死刑について「よらしむべし、知らしむべからず」(*)という姿勢が強いと感じています。
実際には、死刑囚が最期にどういう状態で死ぬのかはさまざまなはずです。「死にたくない」と抵抗する人もいれば、深く反省して最期を迎える人もいるでしょう。
死刑囚の生活や思考も含めて、そうした実態をすべて公開したうえで、議論すべきだと思います。さらに、どんな事件を起こしたのかという情報もセットで示す必要があります。
でなければ、死刑囚が「かわいそう」という感情だけが先行してしまう。
少なくとも、被害者や遺族には情報を開示すべきです。それすらおこなわれていない現状には、国の傲慢さを感じます。
(*「よらしむべし、知らしむべからず」・・・「人民は政府の方針に従わせればよいが、その理由や道理を理解させる必要はない」という意味)
●「空白を埋める」戦後死刑囚の全記録へ
──今後の目標は?
戦後の死刑囚をすべて調べ上げることです。
誰が、いつ、どこで、どのような最期を迎えたのか──。その多くが今も空白だらけなんです。執行日すらわからないケースの方が多いくらいです。
少しずつでも、その空白を埋めていきたいと思っています。
