ミサイル被害、家の中は氷…ウクライナの母娘が再び来日 戦火に翻弄される家族、侵攻4年目の現実
ロシアによるウクライナへの侵攻から4年。かつて大分県内で避難生活を送り、一度は家族の待つ母国へ帰国した親子が、再び大分へと戻ってきました。マイナス20度の極寒と鳴りやまない空襲警報。命の危険が迫る中、母親が下したのは「子どもたちを守るため、再び日本へ渡る」という苦渋の決断でした。
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母娘3人の新たな歩み
ウクライナ出身のイリナ・ボンダレンコさん(37)は、長引く戦火から逃れるため、長女のカリーナさん(14)、次女のベロニカさん(10)とともに、今年1月から大分市で新たな生活をスタートさせました。
長女カリーナさん:
「ひらがな、カタカナ、漢字。めっちゃ難しい」
母イリナさん:
「大分市はすごくきれいな街。公園も多いし、近くに川や海がある。海は大好き」
一度は選んだ母国への帰国
ロシアによるウクライナへの侵攻が始まった直後の2022年4月、イリナさん一家は親族とともに来日し、大分県日田市で避難生活を送りました。
イリナさんはネイルの仕事を始め、子どもたちは地元の学校に通いました。日本の暮らしにも慣れてきたものの、ウクライナに残った家族の身を案じ、およそ1年後の2023年6月に帰国しました。
母イリナさん:
「去年5月にウクライナの伝統的な祭りで、母や夫、たくさんの家族と一緒に参加しました。すごく楽しい時間を過ごしました」
母国で家族や友人と過ごす時間は大切なものだったと振り返るイリナさん。しかし、ロシア軍の攻撃はやまず、住んでいた街にもミサイルの被害を受けました。危険が迫っていると感じ、イリナさんは子どもたちを守るため、再び母国を離れる苦渋の決断をしたのです。
「家の中は氷のよう」ライフラインの断絶
母イリナさん:
「電気の問題が一番でした。水やガスも止まることがあり、生活が大変だった。空襲警報が鳴ると地下に避難し、子どもたちも学校で安心して勉強ができない状況。私たちの街にもミサイルが来て、たくさんの人が亡くなりました」
いまも戦況をスマートフォンのアプリで確認しているイリナさん。冬のウクライナでは、気温がマイナス20度に達することもあります。
母イリナさん:
「いまは冬ですごく寒い。ガスや電気がない時、家の中は氷みたい。もう住むことができない」
願うのは「当たり前の日常」
イリナさん家族は日田での避難生活を支援してくれたNPO法人を頼って再び来日。いまは大分市で仕事を探しながら、子どもたちが一日も早く学校に通い、当たり前の日常を取り戻せるよう願っています。
長女カリーナさん:
「友達をいっぱい作りたい。日本語を勉強して、もっと話せるようになりたいです」
母イリナさん:
「もちろんウクライナの家族に会いたい。けれど今は日本に住みたい。戦争が早く終わってほしい。家も街も壊れてすごく大変。みんな幸せな人生を送れるようになってほしいです」
終わりの見えない戦火の中で、故郷を追われた人々の再出発は、今も続いています。

