Image: Katsuyuki Seto

音響技術の発展により、Dolby AtmosやApple空間オーディオのような立体音響で音楽や映像を楽しむ機会も増えてきた昨今。各地ではイマーシブアート展が盛況を博し、映画館では4DX上映が当たり前になり、また自宅でも音響設備を整え、DIYでホームスタジオやシアタールームを構築する愛好家も増えてきました。音楽や映像を軸にしたエンターテインメントは今、「観る・聴く」から「没入する・体験する」へとシフトし始めています。

そんな体験へとシフトするエンタメを支える立体音響を、さらなる高みへ導こうと活動する3Dサウンドクリエイターがいます。それが、日本の立体音響の第一人者、瀬戸勝之氏です。

3Dサウンドデザインの第一人者が語る、ロジカルに泣かせる手法と道のり:瀬戸勝之「STAR ISLAND」AfterTalk

お台場海浜公園で約120台のスピーカーを駆使した未来型花火エンターテインメント『STAR ISLAND』の音響を手がけ、東京タワーの複合施設「RED° TOKYO TOWER」では236台のスピーカーによる次世代3Dサウンド空間を設計。さらに、2016年には、2020年東京オリンピック・パラリンピック会場の一つである有明パナソニックセンター東京にて特別展示会『The World of Sports オリンピック』の音響監督/サウンドプロデュースを担当するなど、その実績は枚挙にいとまがありません。

その華々しい活躍の裏では、東京に64台ものスピーカーをインストールしたDIYスタジオを構え、20年近く立体音響の可能性を追求してきた瀬戸氏。そんな彼が2024年10月、神戸を舞台に新たな挑戦に打って出ました。それがテクノロジーとサイエンスとアートの複合イベント『KOBE CALLING』です。

今回は瀬戸氏へインタビューを実施。立体音響を軸に最新テクノロジーとサイエンスを融合させた新たな挑戦の場で、瀬戸氏が目指したものとは何だったのか。『KOBE CALLING』に込めた思いや、音響で世界を変える壮大なビジョンまで語っていただきました。

音響のOSを変えるという挑戦

──瀬戸さんは3Dサウンドのクリエイターとして、さまざまな場所で立体音響の演出に携わってきたかと思います。まずは音響に興味を持ったきっかけを教えていただけますか?

瀬戸:元々はダンサーとして活動していて、洋楽も早くから好きで聴いていたんですね。そんななか、クラブに行く機会も増え、家では聴けない音圧の高いサウンドにのめり込んでいくようになりました。

Photo : Tetsuro Sato

その後海外留学を経て、20歳で帰国してから地元の神戸でいろんなDJやプロデューサーの方々と交流するようになり。そうするうちに、神戸でクラブを作るプロジェクトを仲間たちと一緒に立ち上げることになったんです。それがきっかけで自らPA卓に触れるようになり、音響に興味を持ち始めました。

──どんなベニューだったんでしょうか?

瀬戸:神戸で最大規模のクラブ(club JUNC)です。集客性のある著名なアーティストを誘致できる環境を作りたい。そんな思いから実現したクラブでした。ただそれだけの規模のベニューを作るとなると、会場全体に響くような大きな音を鳴らせないといけません。小さなベニューとは違った機材の使い方になりますから、スピーカーの選定や設計の仕方も重要になってきます。やっぱりクラブだと音圧の高い音を聴く体験が大事ですし、そういう身体に響く音を鳴らせるよう、どんどん音響を追究するようになったんです。

その後クラブ運営を離れ、上京してからも音響に携わっていたんですが、当時東京ではすでにクラブがカルチャーのハブとして成熟しきっているのを現場で実感していたんですね。だからこそ何かゲームチェンジャーとなるような新しい音響のOSをクラブに取り入れたいと思うようになった。そこで、神戸にいた頃から興味を持っていた立体音響に力を入れることにしたんです。クラブでのハウスやヒップホップの聴こえ方をまるっきり変えられるかもしれない。そんな体験をみんなに楽しんでほしくて。

──当時の立体音響の認知度はどの程度だったんでしょうか?

瀬戸:ほとんど馴染みはなかったと思います。立体音響に力を入れているクリエイターをネットで探してみても、世界で2人ほどしか名前が挙がらなかったのを今でも覚えています。

──そんななか、2005年に立体音響を体感できるイベントとして、代々木野外ステージで『AREA 5.1』を開催されます。どういった経緯で実現したんでしょうか?

瀬戸:当時は立体音響の技術もまだまだ発展途上でしたから、いきなりイベントを開催するのは相当ハードルが高かったですし、スポンサーを集めようにも、ただその魅力を口で説明するしかなかった。ご理解いただけないのも無理はない状況でした。そこで、立体音響用のプライベートスタジオを建てることにしたんです。

Photo : Tetsuro Sato

そこにイベンターや広告代理店と、音楽業界に携わるビジネスマンをとにかく招待して、立体音響を体験してもらう機会を何度も設けました。繰り返し体験いただくうちに、段々と興味を持っていただけるようになり、5.1chのサラウンドで音楽を楽しむというコンセプトのもと、初めて大規模なイベントとして『AREA 5.1』を開催できたんです。立体音響のフォーマットを大きな会場にも取り入れられる。そう自信を持てた瞬間でもありました。

DIYで作り上げた立体音響の実験場

──今回そんな立体音響を広げていくきっかけとなったプライベートスタジオにお招きいただきましたが、オーディオ好きにはたまらない、素晴らしい環境ですね。各設備についてご紹介いただけますか?

瀬戸:このスタジオには、計64台のスピーカーを設置しています。スピーカーは、ADAM AUDIOのS2Vを採用しており、フロント、サイド、バックに加え、床下にも設置し、身体に振動を直接伝えられるような配置にしています。LRのステレオ2台で可聴範囲の音を出しつつ、それ以外のスピーカーからは超音波だけを鳴らしています。

Photo : Tetsuro Sato

ユニークなのは、やはり床下に設置している LFE (※Low Frequency Effect:低域効果。低音専用の独立した音声トラックのこと)スピーカーだと思います。このスタジオを建てるまでは、こうした配置をしているスタジオは見たことがありませんでした。というのも、各スピーカーから鳴る音をミックスするのがすごく難しいんですね。

Photo : Tetsuro Sato

スピーカー1台1台から出る可聴範囲の音と超音波をフェーダーで振り分け、それぞれの音の波形も緻密に調整しないといけない。加えて、各出音ごとにコンプレッサーやリバーブをかけることもあります。そうしないと、身体で振動を感じるほどの立体音響はつくれません。つまり、一朝一夕で実現できるものではないんです。

Photo : Tetsuro Sato
Photo : Tetsuro Sato

また吸音の仕方にもこだわっていて、吸音材ではなく特注のグラスウールを使用しています。完全に音を遮断するのではなく、減衰させて吸音する仕組みになっています。

──こうした特別な環境下で、立体音響を日夜つくっているんですね。

瀬戸:はい。ここでは立体音響のストリーミング音源の制作や、新しい技術の実験などを進めています。ただ、技術開発を続けるだけでは、マーケットに立体音響の価値を伝えられません。実際に体験してもらえる場が必要だと考え、新たに『KOBE CALLING』を立ち上げたんです。

神戸から発信する、未来の音楽体験

──『KOBE CALLING』はどんなイベントなんでしょうか?

瀬戸:テクノロジーとサイエンス、そしてアートを融合させた複合イベントとして開催したイベントです。僕の専門分野である立体音響を皆さんに体感いただくことがベースにありながら、最先端のテクノロジーとサイエンスをアートに昇華することで、社会実装の先にある未来を体験として届けることを目指しています。

──具体的にはどのような体験の場を設けていたんでしょうか?

瀬戸:デイイベントとナイトイベントに分け、それぞれ違った体験を楽しめるような構成にしていたんですね。神戸旧居留地の高砂ビルで開催したデイイベント「Kobe Calling_Day_」では、立体音響を軸に、AIや超音波、量子測定器といったテクノロジーとサイエンスの展示、そしてワークショップやトークセッションを行ないました。今回はプライベートスタジオで日々立体音響の可能性を一緒に探究している企業の方々にも参加いただきました。

──どんな企業が参加されたんでしょうか?

瀬戸:まずはSONYですね。360 Reality AudioというSONY独自の立体音響技術の開発者である知念徹さんに来ていただき、オブジェクトオーディオと呼ばれる立体音響を実現する手法について解説していただきました。また体験ブースも設け、SONYのヘッドホンで360 Reality Audioを体感できるようにしたんです。解説と体験をセットで提供できたので、来場者にもその技術の本質がより伝わったんじゃないかと思います。

それからSOUNDRAWという、著作権完全フリーのAI音楽生成技術に長けたスタートアップにも参加いただきました。彼らとは僕のプライベートスタジオで、AIに立体音響のミキシングを学習させる実験を進めているんです。今回『KOBE CALLING』では、来場者に実際にAIで音楽を作る体験ができるワークショップを開催してもらいました。若い世代から音楽好きの方まで、自動で音楽を作るという体験を楽しんでいただけたはずです。

加えて、僕と一緒にこのイベントを企画運営している音楽プロデューサーの山口哲一と、作曲家の浅田佑介さんを交え、“AIと著作権”をテーマにトークセッションも実施しました。AIが音楽制作に入ってくることで著作権の概念がどう変わるのか、プロの作曲家はAIとどう向き合っていくべきなのか。そういったテーマで話したんですが、ちょうどアメリカでも法律が整備され始めているタイミングだったこともあり、かなり反響がありましたね。

──最先端のテクノロジーとサイエンスをアートに昇華していく、というお話もありましたが、今回はどんな試みが行なわれたんでしょうか?

瀬戸:理化学研究所が運営する大型放射光施設SPring-8(Super Photon ring-8 GeV)と協力したアートパフォーマンスを行ないました。日本画家のJURIEさんが和紙に描いた作品をSPring-8で開発された軟X線顕微鏡で読み取って映像化し、それをプロジェクターで投影しながら、作曲家の浅田佑介さんの音楽と掛け合わせるという試みです。他にも、ロシアの量子測定器であるメタトロンの体験ブースなど、来場者に未来の可能性を感じてもらえる展示を用意しました。

──ナイトイベントはどんな内容だったんでしょうか?

瀬戸:海辺にあるハーバースタジオで開催したナイトイベント「Kobe Calling_Night_」は、立体音響を使ったライブパフォーマンスがメイン。6chの立体音響で僕はライブを、MONDO GROSSOの大澤伸一さんはDJセットを披露し、レーザーアーティストのAiBAさんと組んで、音とレーザーが完全にリンクするパフォーマンスも行ないました。デイイベントがテクノロジーやサイエンスを「学ぶ」場だとすれば、ナイトイベントは立体音響を「感じる」場。そんな学びと体験をひとつなぎにする設計にしました。そうすることで、新しいテクノロジーやサイエンスに対する理解度もより深まったんじゃないかと思います。

神戸はスパコン「富岳」を産んだ街

──こうした最先端のテクノロジーやサイエンスの価値を伝えていくには、東京のような都市部で開催する方が、共感してくれる人が多いようにも思えます。今回なぜイベント開催地に神戸を選んだのでしょうか?

瀬戸:神戸って実は、テクノロジーが集積している街なんですよ。医療都市でもあるし、理化学研究所のSPring-8やスーパーコンピューター「富岳」もある。加えて、神戸は2030年まで港エリアの再開発が続いており、またスマートシティへの取り組みも加速させているため、実証実験を行ないやすい環境でもあります。

ただ、そうした国主導の研究が、一般の人たち、特に若い世代にはほとんど知られていません。それをアートに昇華して、「神戸ってこういうテクノロジーがあるんだ」と体感してもらいたかったんです。

たとえば『KOBE CALLING』のイベント会場間を自動運転車で移動させたり、音楽をより楽しめるように体調を整えるサプリメントを会場内で配ったり。そういったことを実験できる場として機能させることで、街づくりにも貢献できるんじゃないかと考えています。

──その未来を実現するには、今後の『KOBE CALLING』のさらなる展開が鍵になりそうですね。

瀬戸:まさにその通りです。そのために来年、再来年の開催に向けてすでに動き始めています。

まず海外への展開として、神戸の姉妹都市でもあるスペイン・バルセロナで開催される『Sónar』というフェスティバルで、来年3Dサウンドのブースを出展することが決まっています。『Sónar』は今「Sónar+D」というスタートアップを集めたセクションに力を入れていて、そこには音楽に特化したテクノロジー企業が集まっているんです。『KOBE CALLING』でも同様に、そうしたスタートアップが一堂に会する場を作りたいと思っています。

国内では、2027年に神戸アリーナで8000人から1万人規模のイベントを計画しています。ただ有名アーティストを招聘し集客するのではなく、企画そのものの面白さで人が集まるようにしたい。足を運んだ人が「また来年も行きたい」と思ってもらえるような、そんなイベントにできたらと考えています。

──その開催のなかで得られる来場者からのフィードバックをもとに、立体音響もさらに進化していきそうですね。

瀬戸:はい、それが目標の1つでもあります。

Photo : Tetsuro Sato

1=1じゃない世界を、神戸から

──どんな進化が期待できるでしょうか?

瀬戸:ストリーミングでの立体音響のライブ配信を実現したいですね。病院にいる方や、仕事で忙しい方、物理的に会場に来られない方でも、立体音響で臨場感のあるライブを体験できるようにしたい。また音楽だけじゃなく、スポーツ鑑賞の場でもそういうイマーシブな体験ができるようにしていきたいと思っています。カメラアングルと音響がリンクし、キャッチャー目線、ピッチャー目線、監督目線と切り替えられるような、そんなイメージです。

また今後2年ぐらいかけて、AIで3Dサウンドを作れるツールを実用的なプロダクトとして展開したいと思っています。自分でAIを使って曲を作り、それを立体音響でDJプレイできるような、そんな新しいクリエイターが生まれてほしい。そのためのツールを開発できればと考えています。

──ここまでお話を伺うと、立体音響の技術的な可能性はもちろん、それを使って何を実現したいかという強い思いが感じられます。瀬戸さんが20年近く追求し続けてきた立体音響の魅力とは、一体何なのでしょうか?

瀬戸:少し哲学的な話になるんですが、僕が目指しているのは、“1=1じゃない世界”を体験してもらうことなんです。僕たちは当たり前のように“1=1”だと思っていますよね。テクノロジーが発達すると、どうしても1=1の世界、つまり論理的で完璧なものを作ろうとしてしまいます。でも、“1/3+2/3=1”のように分数で考えれば1であると同時に、小数で表すと“0.333…+0.666…”となって、完全な1にはなりません。つまり“揺らぎ”が生じるんです。そういう揺らぎを表現できるのが、エンタメの本質だと考えています。

SF映画や漫画で僕たちがワクワクするのって、そういう「揺らぎのある未来=完璧じゃない未来」や、「こんな世界もあっていいんじゃないか」という想像力を働かせられるような体験だと思うんですね。

立体音響はそんな想像力を刺激できるツールの1つだと思っています。『KOBE CALLING』では立体音響を中心に据えつつ、将来的に立体音響を“日本発のフォーマット”とも言える存在にしていきたい、そう思っています。

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