「年金なんて端金だ」と豪語した70歳男性。月収65万円だった役員時代のプライドを捨てられず、家族に内緒で“深夜バイト”…日本年金機構からの〈全額支給停止〉通知を隠す“どん詰まり”【FPが解説】
現役時代、高所得層として豊かな生活を送っていた人ほど、リタイア後に家計のバランスを崩しやすい傾向があります。その最大の原因は、あるものの消失です。本記事では、佐藤健一さん(仮名)の事例とともに、高収入層特有の老後の落とし穴について、FP相談ねっと・認定FPの小川洋平氏が解説します。※本記事は実話をベースに構成していますが、プライバシー保護のため、個人名や団体名、具体的な状況の一部を変更しています。
「年金は端金」と笑っていたが…
佐藤健一さん(仮名/70歳)は、地方都市で製造業を営む中小企業の元役員でした。30代で数人の仲間とともに立ち上げた会社は、リタイアするころには従業員50名規模まで成長。地方では名の知れた企業となり、佐藤さん自身も経営の第一線で長く活躍してきました。
60代後半になると、実務からは退いたものの、役員としての肩書は残り、月65万円の報酬を受け取っていました。同年代の友人たちが「年金だけじゃ厳しい」「老後が不安だ」と嘆くなかでも、佐藤さんは余裕の表情を崩しません。
「年金なんて端金だよ。足りないなら稼げばいいじゃないか」
そんな発言を、何度も口にしていたといいます。年金受給開始年齢を迎えた際、高額な役員報酬を得ていた佐藤さんのもとには、日本年金機構から「在職老齢年金による全額支給停止」の通知が届いていました。しかし、佐藤さんはそれを引き出しの奥にしまい込んでしまいます。
生活水準はそのまま、収入だけが消えた日
70歳を迎えた年、佐藤さんは役員を完全に退任しました。月65万円あった報酬はゼロになり、会社からの定期収入は途絶えます。
しかし、染みついた生活水準を変えることはできませんでした。経営者仲間とのゴルフは月2〜3回。その後の懇親会、経営者団体の集まり……。現役時代と同じペースで交際費を使い続けました。これまでは、会社の経費で処理されていた支出が、すべて自己負担になっているにもかかわらず、その感覚の切り替えが追い付かなかったのです。
証券会社から勧められて購入していた毎月分配型の投資信託や株式配当などにより、月30万円ほどの収入はありました。しかし、派手な支出を賄うには到底足りません。5,000万円以上あったはずの資産残高は、みるみるうちに減っていきました。
「金がないなんて、家族にも仲間にも知られたくない……」
追い詰められた佐藤さんが選んだのは、深夜の運転代行の仕事でした。夜は経営者仲間と飲み歩いている“ふり”をして家を出て、実際にはハンドルを握り、支出の足しにします。ゴルフのあとに2軒、3軒と飲み歩いた翌日も、代行運転へ向かう生活に、70歳の体力は限界が近づいていました。それでも、プライドを守るため、家族にすら現状を打ち明けることができなかったのです。
高収入だった人ほど陥りやすい「老後の落とし穴」
佐藤さんのようなケースは、決して珍しくありません。中小企業経営者層を主な顧客としている筆者も、将来の家計をシミュレーションすると、現役時代に高収入だった方の約半数が、老後に資産が底を尽くす結果になります。
その最大の要因は、場合によっては公私混同とも呼べるような経費がなくなることです。 現役時代、生活水準が高いうえに、飲食代やゴルフ代の多くを交際費として会社の経費で落としていた人は少なくありません。リタイア後、それらがすべて家計にのしかかってくると、あっという間に資金不足に陥ります。なかには、会社のお金を使い込んでしまう事例さえあるほどです。
老後破綻を防ぐためには、リタイア後の生活費について「いくらまでなら使ってもよいのか」という上限(予算)を明確に決めることが不可欠です。
また、資産構成の見直しも重要です。リタイア後は「守りの資産」と「攻めの資産」を切りわけ、生活費の原資となる部分は価格変動の少ない資産で確保する必要があります。収入があったころと同じ運用を続けていると、必要以上に高い管理費用を支払うことになったり、「守りの投資」で保有する必要がある分もハイリスクな資産に投資して資産を減らしてしまったりといったケースは少なくありません。資産運用の見直しは必須でしょう。
そしてもう一つ、佐藤さんにはやるべきことがありました。支給停止されている年金について、年金事務所へ相談に行くことです。
佐藤さんの厚生年金が支給停止された理由は、在職老齢年金という制度によるものです。これは、「老齢厚生年金+給与・役員報酬」が一定額を超えた場合に、その超過分に応じて年金が支給停止される仕組みです。計算式(65歳以上の場合・簡略化)は以下のとおりです。
(老齢厚生年金月額 + 総報酬月額相当額 − 51万円)÷2=支給停止額
※2026年4月以降は65万円に引下げとなる
現役時代の佐藤さんは高額な役員報酬を受け取っていたため、受給できたはずの厚生年金部分と合算すると全額が支給停止されていました。しかし、リタイアして収入が下がったのであれば、申請することで本来受け取るはずだった年金を受けることもできたのです。
「端金」と口にしていた年金ですが、月に15万円程度の厚生年金部分があるのとないのとでは大違いでしょう。手続きを怠り、自ら受給権を放棄している状態はあまりにももったいないといえます。
想像以上に老後の支出は多い
総務省の家計調査によると、高齢期(65歳以上世帯)の交際費、趣味・娯楽費などを含めた日常の支出は、想像以上に高水準です。特に医療費は、年齢とともに増加する傾向があります。「老後2,000万円問題」が話題になりましたが、佐藤さんのように現役時代の収入が高かった人の場合、2,000万円あっても足りないケースは珍しくありません。
自分がどんな老後を送りたいのか、そのために毎月いくら必要なのかを具体的に把握し、そのうえで、現役のうちから必要資金を準備する必要があります。加えて、資産配分と支出の上限を決めて管理していくことで、多くの老後破綻は防ぐことが可能です。
見栄やプライドを守るために生活を壊すのではなく、現実を直視し、自分に合った老後設計を描くこと。それこそが、本当の意味で人生の成功者といえるのではないでしょうか。
小川 洋平
FP相談ねっと
ファイナンシャルプランナー
