【社會部部長】「戦争の勝率」、たった6割… 「最強の軍事大国」アメリカがじつは弱い”地政学的”理由

「世界最強の軍事大国」と呼ばれるアメリカ。第二次世界大戦後、29回の戦争に参加し、その勝率は6割。主要な戦争に絞れば惨憺たる戦果もある。なぜ、史上最大の軍事力を持つ国が、その影響力の行使において地理的な制約を受けるのか。その答えは、アメリカを守る「海」にあった……。
地政学動画で平均150万回再生を記録する社會部部長が、不変の地政学の法則を解説した『あの国の本当の思惑を見抜く地政学』(サンマーク出版)より一部抜粋、再構成してお届けします。
「最強の国」アメリカは実は弱い?
世界の勢力均衡を考える上で重要なのは、「アメリカの弱さ」を知ることです。海がアメリカを他の大国から守っているならば、その逆もまた成立します。つまり、海は他の大国をアメリカから守っています。海があることで、アメリカは他国を簡単に攻められません。
現代の世界で、多くの国がアメリカを怖がっていない理由は、海がアメリカの勢力を抑えているからです。太平洋と大西洋という広い海があることで、アメリカはイギリスやフランス、ドイツ、日本などの国々を征服するのが難しくなっています。
特に中国やロシアは、陸軍が強すぎる上、戦略縦深(国の中枢と戦闘地域の間の距離)も深いので、侵略に対する無類の強さを誇ります。冷戦時代やその後も、アメリカはこの2国と激しく対立しましたが、直接本土に攻め込もうとは、一度たりとも検討さえしませんでした。
アメリカは、あまりにも強い「無敵の国」と思われがちですが、そうではありません。いくら最強の軍隊を持っていても、2つの大洋を越えて他国に攻め込むのは難しいものです。
第二次世界大戦後、アメリカは29回の戦争に参加しましたが、そのうち勝利したのは17回、引き分けは3回、敗北は9回でした。勝利したのは全体の6割だけで、決して「無敵」ではありません。
しかも、主要な戦争に絞ると、朝鮮戦争は引き分け、ベトナム戦争は敗北、湾岸戦争は勝利、アフガニスタン紛争は敗北(タリバンを殲滅できず)、イラク戦争は引き分け(撤退まで国内で戦闘が続いたため)でした。
唯一勝利した湾岸戦争も、アメリカ単独ではなく、「38か国からなる多国籍軍対イラク一国」という圧倒的な優勢の下で達成されました。
最強のアメリカといえども、大国に直接戦争を仕掛けたことは戦後一度もありませんし、中小国に対してさえ、膨大な戦力を投じてやっと6割勝てた程度です。
「反米連合」が存在しない理由
2022年のウクライナ侵攻に際して、アメリカはウクライナに武器を供与しましたが、初めの約2年半は、その武器でロシアの領土を攻撃しないよう念を押しました。
将来起こり得る台湾侵攻に関してもさまざまな想定がありますが、ほとんどの想定が「アメリカは中国本土への攻撃を避ける」としています。実際、1950年の朝鮮戦争でアメリカは中国軍と戦いましたが、中国本土を攻撃することは避けました。
今日の世界で反米連合が存在しない理由は、アメリカがそれほど圧倒的に強いわけではないからです。
勢力均衡論の原則では、潜在覇権国(将来的にすべての国を支配する勢力を持つ覇権国になるかもしれないほど強い国)を封じ込めるために、他の国々が連携して対抗するとされています。この原則自体は依然として正しいですが、より正確に理解するためには、海と陸で勢力の伝わり方が異なることを考慮する必要があります。
アメリカは南北アメリカ大陸において、すでに「地域覇権国」としての地位を確立しています。この地域では、アメリカに対抗できる国は存在せず、基本的に他の国々は外交的にアメリカに従属しています。
キューバやベネズエラのように反米の立場を取る国もありますが、これらの国々はアメリカ本土に対して深刻な脅威を与える力を持っていません。
アメリカ大陸の中で、他の大国と同盟を結んでいる国は1つもありません。冷戦時代に、キューバがソ連の核ミサイル基地を建設しようとしたことがありますが、アメリカは核使用をちらつかせてまで猛烈に反対、基地建設を取りやめさせました。
しかし、アメリカの勢力も、海を越えた途端に弱まります。アメリカの東西には大西洋と太平洋という2つの大洋があるために、他の大陸では、南北アメリカ大陸で確立しているような支配力を発揮できません。これが理由で、アメリカは世界覇権国とは見なされておらず、潜在覇権国とも認識されていません。
現代世界にはロシア、中国、イラン、北朝鮮などの反米国家が複数存在しますが、これらの国々がNATOや日米安保に当たる対抗連合を組んでアメリカを封じ込めようとしないのは、そもそもそうしなければならないほど、アメリカから存立を脅かされていないためです。
本当の潜在覇権国は常に大陸にある
むしろ注目するべきなのは、「アメリカよりもロシアや中国を恐れている国が多い」ということです。ヨーロッパでは、イギリスやフランス、ドイツを含むほぼすべての国がロシアを潜在敵国とみなしてNATOを組んで対抗しています。
東アジアでも、日本、韓国、台湾、フィリピン、オーストラリアなど多くの国や地域が共通して中国を脅威と見ており、アメリカと共に緩い「対中連合」を形成しています。
この現状はある重要な法則を明らかにしています。それは、大陸国家は海洋国家よりも潜在覇権国と認識されやすく、対抗連合も形成されやすいという法則です。
勢力均衡論の文脈において潜在覇権国として取り上げられる国は、多くの場合「最強の国」ではなく「最強の大陸国家」です。現代の潜在覇権国は世界最強のアメリカではなく、大陸最強の中国です。
冷戦時代ではアメリカではなく、大陸で最強のソ連、2度の大戦ではドイツ、さらにその前にはスペイン、フランスとすべて大陸国家であるのに対して、強大な勢力を誇った海洋国家であるイギリスとアメリカには対抗連合が形成されませんでした。
大陸国家が脅威と捉えられやすい傾向は、陸上の方が海上よりも勢力が伝わりやすい性質を反映しています。
国家が領土の保全を至上目的とする以上、国家にとって最大の脅威は近接する国の陸軍です。陸軍は陸を直接伝って国境を越え、領土を占領し、占領地域内の政治を支配する能力を持つからです。
上陸という極めて難しい段階を踏まなければならない海軍と違い、陸軍は他国に攻め入るのがより容易なのです。
このことから、たとえある海洋国家が経済的・軍事的に最大の勢力を保っていたとしても、勢力均衡は2番手の大陸国家に対して働きます。ヨーロッパはアメリカよりもGDPがその10分の1未満、軍事費が8分の1未満のロシアの方を恐れています。
国家にとっての「真の脅威」とは
日本も遠く離れたアメリカではなく、近くの中国を警戒しています。18世紀から20世紀にかけて超大国だったイギリスを恐れる国はあまり多くありませんでしたが、20世紀に入ってから大国化しつつあったドイツを恐れる国はたくさんあり、2回の大戦にまで発展しました。
ある研究によると、過去500年間で対抗連合が形成されたすべての機会のうち、最強の海軍国に対して成立したのは全体の16%に過ぎなかった一方で、最強の陸軍国に対しては43%成立しました。これは歴史の中で、勢力均衡が確かに大陸国家の方に働く傾向にあったことを示しています。
国家にとって真の脅威とは、海の向こうの最強の国ではなく、陸で接する強い国なのです。仮にあなたが川辺に立っていたとして、屈強な暴漢が対岸に、細身の暴漢が隣にいたとすれば、どちらをより怖がるでしょうか?
純粋な力が強くても、その力を効果的に行使できるかどうかは置かれた環境によって変わるのです。