医師の美容外科クリニック転職・移籍が相次いでいる。医師の筒井冨美さんは「最近は、名門の大学付属病院に在籍していた超ベテラン教授や大物医師のニュースが目立つ。若い医師による“直美”も依然として多いが、偏差値が高く合格難易度の高い国公立大のエリート医学部から美容系へ流れるケースも増えている」という――。
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/PonyWang

■医師ヒエラルヒー最下層だった美容外科医

かつて「美容外科」といえば、医療界では「学歴経歴イマイチ落ちこぼれ医師が、高収入に目がくらんで就職」というイメージが強く、「金はあるけど下賤な連中」と見下す人もいた。

医師ヒエラルヒーはテレビドラマ『白い巨塔』のように、頂点に大学病院医師、中でも外科系教授がそのトップに君臨していた。次いで公立病院、その下に民間病院、そして開業医と続き、美容クリニックは正直言って底辺層に近かった。ゆえに高収入を提示されても若手医師の就職希望者は少なく、中でも高偏差値で真面目な国立医大卒業者の就職は稀だった。

しかし時は流れ、インターネットやSNSの普及、注入やレーザー照射のようなソフト美容の先進施術の進化、女医の増加、そして2020年からのコロナ禍を経て、若手医師の美容医療への意識は大きく変化した。

「直美(ちょくび)」は医療界のみならず一般ニュースでも知られるようになった。「医師免許取得後に初期研修(2年間、法律で必須)修了のみで、直接美容外科クリニックに就職」する医師を指し、「年間200〜300人程度(医大総定員は約9400人)」と推察されている。

「初年度年俸2000万円、当直なし、都心ビルのキレイな職場」といった高待遇が若手医師を惹きつけ、令和時代になって直美医師は急増している。

■医師ヒエラルヒー頂点の外科教授職さえも

とはいえ、経験の薄さは否めず、医師として充分なトレーニングを受けていると言えない部分もある。実際、健康被害が多発しており、国民生活センターに寄せられる美容医療トラブル件数は2020年以降急増している。各種メディアでも「美容施術を受ける前に、医師の経歴確認を。直美のような経験の浅い医師は避けましょう」とする解説記事は多い。

そうしたビハインドの風もあるが、医師の美容転職の勢いは止まらない。驚くべきは、最近は、量のみならず質の変化も感じられることだ。例えば、名門と呼ばれる国立医大卒業者の転職も稀ではなくなり、医師ヒエラルヒー頂点とされた外科教授職のベテランも参入し始めていることは、医療界で大きな話題になっている。

■国立大の医師が続々と美容転職

玉木雄一郎氏をやり込めた東大医学部卒

2023年、国民民主党代表の玉木雄一郎氏が「東大医学部からも美容整形に人材が流れる現状には問題を持っています」とXで発言すると、これに対して「それは保険診療を行う医師の待遇が悪すぎるから(多数)」「国会議員が憲法の『職業選択の自由』を否定するのか」などの反論を集めて炎上した。

中でも話題になったのが、「東大医学部出身で美容外科医のゆき先生」による「何度も同じような言葉で自分の道を否定された」「現場の労働条件が過酷すぎて子育てとの両立は到底無理」という反論だった。

都市伝説のように思われていた「東大医学部卒の美容外科医」が可視化された瞬間でもあり、思わぬ反撃に玉木氏も一気にトーンダウンした。2024年、ゆき先生は渋谷区に美容クリニックを開業し、その後に出産を経験し、YouTube「ゆき先生ちゃんねる」などで積極的なSNS発信も続けている。

▼「心臓外科医になる」医学生→美容クリニック院長

2018年、「アメリカで心臓外科の研究をしたい」と称する女子医学生が留学資金を募るクラウドファウンディングが開催された。「岐阜大学医学部生という真面目そうな学歴」「愛らしい容姿」の効果なのか約58万円が集まり、一年間の留学が達成された。

2021年、医師国家試験に合格し2年間の初期研修を終了、2023年からは(外科ではなく)麻酔科で研修を始めた。そして、2025年に某大手美容クリニックグループの分院長としてWebに登場し、「心臓外科医になるんじゃなかったの」とツッコミを入れる医療界隈の人も多かった。有名美容外科医の高須克弥先生は「純情な支援者に詫びて返金しなさい」とXで厳しく叱責したが、その後に返金されたかどうかは不明だ。

▼東京科学大の人気YouTuber「藤白りり」が直美

藤白りり『いつも気分よく集中できる 「必要なことだけ」勉強法』(KADOKAWA

2019年、東京医科歯科大(現:東京科学大)医学部の女子学生が「藤白りり」としてYouTubeチャンネルを開設した。同大は、医学部としての歴史は浅いものの、東大、京大、阪大と肩を並べる合格難易度で、偏差値は常に最上位に位置する。

そこで学びつつ、受験勉強・メイク・美容・「踊ってみた」など、さまざまなジャンルで配信した動画投稿は大人気に。2022年には、『いつも気分よく集中できる 「必要なことだけ」勉強法』(KADOKAWA)を出版。2023年には動画でYouTube引退を公表すると、「医師国家試験や初期研修に集中しているのだろう」と惜しむ声が聞かれた。

ところが、初期研修修了直前の2026年3月に「YouTube活動を再開」「4月からは美容外科医として働くこと」を報告し、「東京科学大卒も直美!」と話題になった。2026年5月現在、銀座の美容クリニックで就業中である。

■心臓外科教授も美容参入、上皇陛下執刀医すら

▼心臓移植・再生医療の権威が美容クリニックに

名門の古巣を後にする日本を代表する医師の移籍もある。

「大阪大学の心臓外科」は、「1999年の心臓移植再開」「人工心臓開発」「iPS細胞による心筋再生」など日本でもトップクラスの業績を誇る名門医局である。2024年、その名誉教授である澤芳樹先生が東京都内にある会員制クリニックの最高技術顧問に就任した。

iPS再生医療を応用したアンチエイジング医療を提供するそうで、病院ホームページを確認すると数百万円の治療メニューが並んでいる。

このニュースは、多くの医師を震撼させた。ドラマ『白い巨塔』のようだった昭和時代の医師ヒエラルヒーが崩壊してゆくのを、まざまざと実感したからである。

なお、澤先生は2026年4月1日付で大阪けいさつ病院の総長にも就任した。

▼上皇陛下の執刀医も美容参入

2025年、順天堂大学心臓外科特任教授の天野篤先生の美容クリニック代表理事就任のニュースも医師たちに大きなインパクトを与えた。天野先生といえば、2012年には「天皇(上皇)陛下の心臓バイパス手術を執刀したゴッドハンド」と知られ、2016〜19年は同大学院長を務め、「心臓外科教授の中でもトップ」的な存在だったからである。

順天堂大学1号館(写真=Beer server/CC-BY-SA-3.0/Wikimedia Commons)

病院ホームページには天野先生の他にも順天堂大学教授の名前が並び、「再生医療×足病治療×美容医療」をコンセプトに、有料会員を対象にした特別サービスも提供されている。

■今後も美容転職が絶えないと予想できる

前述の藤白りり先生は「直美」を選択した理由を「保険医としての働き方は自分には合わない」と動画で主張している。

診療内容面としては「(現状の医療機関にありがちな)寝たきり高齢者をダラダラ延命するのに疑問」「本人が努力しない生活習慣病患者が多すぎ」との考えを示し、職場環境面としては「夜勤や残業が多すぎる、自分は体力がない」「保険診療医は努力して腕を上げても給料変わらない」と現状分析している。

さらに、美容医療に関しては「頑張ったら自分の売上に反映される」「SNS発信も歓迎される」と好意的に述べている。これら動画はたちまち共有され、「(命を救うべき)医師としての使命感が足りない」「国立大卒なのに税金の無駄」「専門医も持っていない医師が患者にメスを入れるな」など厳しい指摘があった一方で、「保険診療の問題点を言語化した」と擁護する声もあった。

厚労省は長年、外科医・救急医・地方医師の不足を大きな課題だと認識しているが、不足する分野の医師の待遇改善にはあまり尽力していないように見える。

写真=iStock.com/Sam Edwards
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sam Edwards

2024年度からは「医師の働き方改革」として「時間外労働上限」が実施されたものの、多くの病院では「上限以上は自己研鑽(という名のサービス残業)」となった。「労働時間不変なのに収入減」と待遇改悪となった外科医も多い。そういう現状を見て進路として回避した藤白りり先生のような若手医師は多いだろう。

さらに2025年度からは、女医率増加が確実視されている。2018年の「東京医大の女性入試減点発覚」とその是正によって、2018年度以降は「性別による入試操作」が不可能になり、医大生女性率が急増しているからである。

女医は、出産を控えてワークライフバランスを重視し、多忙な診療科や地方勤務を敬遠する傾向が強く、男性よりも美容医療への親和性が高い。

厚労省は直美対策として「院長要件の厳格化」「医師多数地域での開業制限」などを検討しているようだが、根本的な保険診療医師の待遇などが改善されない以上、「今後も大物医師の美容や自由診療への参入が続く」と考える医師は筆者だけではない。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)