米国よ、どこへ行く

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家計の余力が底を突いた

 米国経済の7割を占める個人消費に赤信号が灯りつつある。

 ミシガン大学が発表した5月の消費者態度指数(速報値)は48.2となり、4月(49.8)から1.6ポイント低下した。中東紛争に伴うインフレ懸念のせいで、1952年の統計開始以降の過去最低値を前月に続いて更新している。調査責任者は、消費者はガソリン価格の高騰を始めとするコスト上昇圧力に引き続き苦しんでいると指摘した。

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 米国のガソリン価格の全国平均が5月5日、2022年7月以来初めて1ガロン=4.5ドルを突破した。ホルムズ海峡封鎖が続けば、今夏のガソリン価格は4.5ドルを上回る水準で高止まりすると、専門家は予測する。

米国よ、どこへ行く

 ガソリン価格の急騰に対し、小売りや外食、日用品企業は、消費者が支出を抑えることへの懸念を強めている。ブルームバーグは8日、リテール大手のCEOの間で、家計の余力が底を突いたとの認識が広まっていると報じた。

 米国では新型コロナウイルス禍以降、高インフレ下でも個人消費が予想以上の粘り強さを維持したため、経済がリセッション(景気後退)入りすることはなかった。だが、昨今の燃料価格の高騰が消費者に耐えがたい負担となる可能性が高まっているのだ。

AI投資の過熱も物価高を促す

 個人消費に代わって米経済を牽引するようになった人工知能(AI)投資も、インフレを加速させている。

 今年第1四半期の実質国内総生産(GDP)で民間の非住宅投資(データセンターやソフトウェアなどへの投資)が大きく増え、寄与度で個人消費を上回った。

 活況を呈するAI投資だが、物価上昇の要因になっているとの指摘が出ている。半導体メモリなどの供給不足のせいで、パソコンやスマホなどの電気製品の価格の値上げが生じているからだ。

 AIは長い目で見れば、生産性の向上を通じて物価を抑制する効果を有するだろうが、投資の過熱が災いして足元で「AIインフレ」が起きているというわけだ。

トランプ関税「違法」で財政に痛手

 トランプ政権はさらなる痛手を被っている。

 米国際貿易裁判所は7日、トランプ氏が通商法122条を根拠とする10%の追加関税を「違法」と判断した。トランプ政権はこの判決を受けて、7月下旬以降、より法的根拠が確実な通商法301条に基づく制裁関税に移行する構えだが、看板政策が大きく揺らいでいることはたしかだ。

 徴収済みの関税の還付も政権にとって重荷だ。2月には連邦最高裁判所が国際緊急経済権限法(IEEPA)を根拠とした相互関税を「違法」とした。この還付申請の手続きは4月20日から始まったが、還付総額は1660億ドル(約26兆円)に上るため、米財政への影響は避けられない。JPモルガン・チェースは今年の米財政赤字見通しを1兆9800億ドル(約307兆円)と、従来予想から1050億ドル引き上げた。

 米国の財政リスクへの警戒感が強まっているため、住宅ローン金利が高止まりしており、住宅需要のさらなる冷え込みが危惧されている。

メディアと超党派議員から反旗

 経済情勢を見る限り、与党・共和党が11月の中間選挙で苦戦するのは間違いない。支持率の低下が止まらないトランプ氏は責任の転嫁に躍起のようだ。

 トランプ氏は4日、ホワイトハウスで行われたイベントで、世論調査の質問には自身に対する偏見があるとし、調査企業はイランの核兵器保持が認められるかどうかを聞くべきだと不満をあらわにした。トランプ氏はさらに、世論調査は捏造(フェイク)だとまで主張した。

 これに対し、メディアはトランプ批判を強める一方だ。

 4日に開かれたピューリッツァー賞選考委員会で、トランプ政権の混迷ぶりを掘り下げた主要メディアの報道が相次いで受賞したことが話題を呼んだ。トランプ氏は同賞の選考委員会とも法的争いを繰り広げている。

 米国の分断が深まる中、筆者が注目したのは、米民主党のプログレッシブ(進歩派)と呼ばれる急進左派の議員約30人が6日、米政界で長年にわたって続いてきた超党派の沈黙を破り、イスラエルの核兵器保有疑惑を追及する書簡を公表したことだ。

 イランに対して「民生用と称して核兵器開発を企てている」と主張するなら、同じ透明性をイスラエルにも適用すべきだというのが理由だ。イスラエルが核兵器を保有していることは米政界では公然の秘密だが、彼らはあえてそのタブーに挑戦しているのだから驚きだ。

イスラエルよりもパレスチナ

 背景には米国民の対イスラエル感情の変化がある。

 ピュー・リサーチ・センターの調査によれば、米国民の6割がイスラエルに批判的な見方を示していた。米民放NBCが4月半ばに実施した調査では、18〜29歳の4分の3がイスラエル人よりもパレスチナ人に共感を抱いている。

 このことが示すのは、米国では反イスラエルの傾向が時を経るごとに強まる可能性が高いということだ。

 選挙でのユダヤ・マネーの威力は絶大だが、民主党の政治家の間では、誰が「問題含みのカネ」を拒否し、イスラエルと最も距離を置けるかを競う動きが生まれているという。先導役を務めるのは、前・駐日米国大使のエマニュエル氏だ。民主党の有力政治家である同氏は、年間36億ドル(約6000億円)規模のイスラエル向け援助について、打ち切る考えを明確にしている。

 イランとの戦闘が長引けば長引くほど、民主党を中心に反イスラエル感情が高まり、米政界は混乱の度をさらに深めるのではないだろうか。悩める超大国の動向について、引き続き高い関心をもって注視すべきだ。

藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。2026年3月末日で経産省を退職。

デイリー新潮編集部