【名古屋・主婦殺人】「『こんなに会ってしまったら結婚したくなる』と…」安福久美子容疑者の供述に高羽悟さんは「正気ではない」…遺族が露わにした怒りの感情「あなたには一切興味がなかった、それが私の人生」
1999年11月に名古屋市西区のアパートで主婦の高羽奈美子さん(当時32歳)が殺害された事件。犯人の安福久美子被告(逮捕当時69歳)が昨年10月末に逮捕されてから、間もなく半年が経過する。今年3月上旬には殺人罪で起訴されたが、依然として詳しい犯行動機は分かっていない。
【写真】高校時代、集合写真の一番端に写っていた安福。高羽さんと同級生だった。高羽さんが事件後保存し続けた「犯人の血痕」写真も
動機の解明につながる可能性があるのが、逮捕直後の安福被告の供述だ。奈美子さんの夫である高羽悟さん(69歳)への言及もあるが、高羽さんはその内容に対し不信感と憤りを募らせている。事件の取材を続けるノンフィクションライターの水谷竹秀氏がレポートする。
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「高羽悟さんから『こんなに会ってしまったら結婚したくなる』と言われた」----。
安福被告が逮捕直後、警察の取り調べに供述した内容だ。これを知った高羽さんは「(安福被告は)正気ではない。おかしくなったのかと思いました」と怒りをあらわにして振り返る。
高羽さんと安福被告は高校の同級生で、高羽さんは同じ軟式テニス部に所属する安福被告から好意を寄せられていたという。卒業後、高羽さんが進学した大学のテニスコートにまで安福被告は姿を見せたが、喫茶店で交際の申し出をきっぱり断った。
その後もコートに現れることがあったというが、それ以来安福被告と高羽さんは20年近く全く音沙汰がなかった。再び会うことになったのは、事件発生の年の6月に開かれた軟式テニス部のOB・OG会だ。その際、高羽さんは「再婚して子供も産まれた」と近況を伝えた。それから5か月後、高羽さんの妻、奈美子さんが安福被告に刃物で刺殺されたのだ。
この経緯を踏まえ、「痴情のもつれ」をほのめかす安福被告の供述について悟さんがこう断言する。
「2人で会ったのは喫茶店の時だけです。それ以外は2人で会っていない。高校時代は彼女に気があるような態度を取ったら誤解されるので、なるべく避けていました。集合写真の時も離れていましたから。
だから私が『結婚したくなる』というようなことを言うのはあり得ない。私の記憶違いということも絶対にない」
安福被告はこのほか、「(高羽さんに)子育ての苦労をわからせてあげたかった」などとも警察に話しているといい、まるで高羽さんに問題があるかのような口ぶりだ。その後は一転して黙秘を貫き、約3か月半に及ぶ鑑定留置を経て、起訴された。こうした安福被告の言動について、高羽さんはこう考えている。
「嫉妬が原因で殺害したと思われると、(安福の)家族から『どうしてそんな理由で?』と責められるでしょう。それを避けるために、僕を悪者にしたかったのではないか。ありもしないことを言って」
安福被告は犯行後、手に怪我を負った。その理由についても、警察の取り調べに「奈美子さんに手を噛まれた」と供述しているという。悟さんが語る。
「刃物を持っている人間の手なんて、奈美子が噛みつけるわけがない」
安福被告は現場のアパートから逃走した際、約500メートルにわたって1メートル間隔で血痕を残していた。当時、捜査に関わっていた愛知県警の元幹部が解説する。
「相当の出血量です。法医学の専門家を現場に連れて行き、検証してもらったところ、縫合を伴う治療を必要とする怪我で、病院に行かないと治らない可能性があったと。でも安福は病院に行っていないようでした」
噛まれてできる傷の深さではなさそうだ。こうした供述に鑑みると、安福被告は今後開かれる裁判員裁判でも、自分に都合の良い「物語」を主張する可能性がある。「結婚したくなる」とまで言われていたのに……、と法廷でも繰り返し、"悲劇のヒロイン"を演じるかもしれない。
だとしても言わずもがな、そんな一方的な過去の話を持ち出し、何の落ち度もない奈美子さんの殺人が正当化されるわけもない。被害者参加制度を利用し、息子の航平さん(28)とともに刑事裁判に参加する意向を示している高羽さんが、語気を強めて言う。
「裁判で、安福が仮に私との痴情のもつれのような話をしてきたら、事実ではないと否定するだけ。あなたには一切興味がなかったし、関わりを持たずに生きてきた。それが私の人生です、と言ってやります」
安福被告は果たして、法廷で何を語るのか。それとも黙秘を貫くのか。
【プロフィール】
水谷竹秀(みずたに・たけひで)ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。他に『ルポ 国際ロマンス詐欺』(小学館新書)などの著書がある。10年超のフィリピン滞在歴を基に「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材を続け、ウクライナでの戦地ルポも執筆。

