「国際法は必要ない」 トランプ大統領のベネズエラ急襲、真の狙いとは 「麻薬撲滅が理由ならメキシコとコロンビアを狙うはず」
【全2回(前編/後編)の前編】
年始早々、米国のドナルド・トランプ大統領(79)が怪気炎を上げている。南米・ベネズエラの大統領を一晩で拘束したかと思うと、他国にも軍事行動を仄めかし、国際社会を動揺させているのだ。予測不能な“お騒がせ”大統領の思惑を読み解く。
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寝耳に水とはこのことだろう。1月3日、トランプ大統領はSNSにベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領(63)とその妻を拘束したと投稿し、同日の記者会見で「アメリカはより安全で、誇り高い国」になったと作戦の成功を誇示してみせた。米メディアなどによれば、ベネズエラへの急襲は2日夜に指示されてからわずか5時間弱で終了した。米陸軍特殊部隊「デルタ・フォース」が作戦を実行したとされ、大統領の拘束に至っては「約5分」で成し遂げられたという。

電撃的な作戦に至るまでの経緯を、国際部記者が解説する。
「2013年に就任したマドゥロ大統領は、反体制派を弾圧するなど独裁的で、かねて国際社会から非難されていました。特に米国は20年に同氏を麻薬密輸などの罪で起訴し、咋年9月以降、ベネズエラの麻薬運搬用とみられる船への攻撃を繰り返すといった圧力をかけ続けてきた」
昨年末、米国は政権そのものを“外国テロ組織”に指定。マドゥロ大統領には亡命の打診もしていたという。しかし、
「反米左派のマドゥロ大統領はこれを固辞し、対決姿勢を崩さなかった。業を煮やしたトランプ氏は、大統領を捕らえて米法廷に立たせるという異例の作戦に踏み切ったのです」(同)
米国側は「適切な政権移行がなされるまで、われわれがベネズエラを運営する」とし、空席に収まったデルシー・ロドリゲス暫定大統領(56)も協調姿勢を見せている。トランプ大統領は一晩にして国のトップを連れ去り、情勢を一変させたのだ。
国民の4分の1が国外に逃亡
こうした強引な手法には、国連が懸念を示すなど当然、批判的な声が上がっている。前駐豪大使で外交評論家の山上信吾氏が、今回の件を評価して言う。
「大統領を軍事行動で連行し裁判にかけることは、ベネズエラの主権に対する侵害であり、これを“問題なし”とする国際法の専門家はまずいないでしょう。ただ、同じ軍事行動でもロシアによるウクライナ侵攻などとは全く次元が異なります」
その理由は、ベネズエラ国内の悲惨な状況にある。世界でも最大級の埋蔵量を誇る石油に支えられ経済発展を遂げた同国だが、その後、石油価格の下落で著しいインフレが起こり、混乱に陥った。マドゥロ政権下では総人口の4分の1にあたる約800万人が国外に逃れており、南米最大の難民危機にあるとされる。
また、マドゥロ大統領は24年の選挙で3期目に突入したが、そのプロセスに不正があったとして、西側諸国からは大統領として認められていない。こうした事情で、欧州各国も今回の米国の作戦を追認している状況なのだ。
本当に麻薬撲滅が理由なら「コロンビアとメキシコを狙うはず」
「トランプ氏は、自国の領土拡大のためではなく、ベネズエラの民主化や、米国への麻薬流入を止めるということを目的に据えています。CIAを使い、内通者を確保して、入念な準備の上で臨んだ作戦でした。結果として、最低限の被害でスマートに目的を遂げただけでなく、アメリカの圧倒的な軍事力と情報力を世界に見せつけることにも成功しました」(山上氏)
『それでもなぜ、トランプは支持されるのか』などの著書があるジャーナリストの会田弘継氏も「決して思い付きの行動ではない」と分析する。
「トランプ氏を支える財界人の一人に、国防・情報機関向けのAIインフラを提供する企業『パランティア』の会長を務めるピーター・ティール氏がいます。米軍は同社の技術を駆使し、緻密に作戦の立案や、民意の分析を行えたはずです。実際、拘束は迅速に行われ、ベネズエラで大規模な反乱やデモも起きていません」
現実離れした作戦を実行するだけの、背景や用意周到な準備があったというのだ。
一方で、作戦の大義名分に掲げられている「麻薬撲滅」をうのみにすることに対して、明海大学教授の小谷哲男氏は疑義を呈する。
「米国内の麻薬は、コロンビアから流通しているものが多い。一方でベネズエラからの麻薬は、ほとんどがヨーロッパに向かいます。近ごろ“ゾンビ麻薬”として問題視されているフェンタニルも、中国から原材料がメキシコに輸入され、米国に流れている。本当に麻薬撲滅というなら、コロンビアとメキシコを真っ先に狙うはずなのです」
“国際法は必要ない“
トランプ大統領は今回の作戦の“成果”として、ベネズエラの石油産業を掌握し利益を上げられることを強調しており、投資を呼びかけてもいるが、
「マドゥロ大統領の前任であるウゴ・チャベス前大統領は、石油産業を“国有化”し、国内にあった米国の石油企業の資産も接収しました。トランプ氏はそれをもって“窃盗だ”と言って今回の作戦の理由付けにもしているわけですが、現在のロドリゲス暫定大統領も元々は、このチャベス=マドゥロの流れをくむ人物です。米石油会社にはこの“国有化”の苦い経験があり、先行きが見通せない中で大胆な投資はしづらいと思います」(小谷氏)
となると、トランプ大統領が言うようにベネズエラが「本当の脅威」だったのかはおろか、作戦の意義も疑わしくなってくる。
「アメリカは今回、あくまでもマドゥロ氏という“一個人”を逮捕した法執行との建前を取っています。G7などでは正式な大統領と認められていないので、ここまでは納得できます。一方で、軍事力を使った主権と領土の侵害になるやり方だったのも確か。トランプ氏は“国際法は必要ない”と語り、今回この部分の正当化を完全に放棄しています」(同)
批判を受けかねない作戦をあえて実行した理由として挙がるのが、11月に控えている「中間選挙」の存在だ。低迷していたトランプ氏の支持率は今回の作戦後、ロイター通信などの調査によると昨年12月の39%から42%に微増した。
後編では、今回のベネズエラ急襲に対するアメリカ国民の受け止め方や、台湾有事への影響などについて報じる。
「週刊新潮」2026年1月22日号 掲載
