【 NRF 2025 レポート Vol.1】実務の場に浸透しはじめたAI―7社の活用事例が示す最新事情
本記事はRokt松田誠氏による寄稿です。記事のポイント米NYで開催されたNRF 2025では、従来の手法を超えた根本的な小売変革の必要性が示された。AI技術の実用化、デジタルツインやパーソナライゼーション、生成AIを各社が積極的に取り入れ、現場で成果を上げている。ブランディング戦略とリテールメディアの進化を通じ、消費者との関係強化と市場優位性の確立が急務とされた。
<目次> NRF 2025 レポート Vol.1 リテール変革の鍵を握る3つのトレンド AIの隆盛:実証フェーズから、ビジネスの必須戦略へ AIの活用:7社の最新事例デジタルツインパーソナライゼーション顧客対応の効率化 NRF 2025が示した「実践」の重要性
リテール変革の鍵を握る3つのトレンド
今年も米ニューヨークで「NRF 2025:Retail’s Big Show(以下、NRF)」が開催され、世界中のリテール業界のリーダーたちが、未来の小売とマーケティングについて議論を交わした。広大な展示会場には最新のテクノロジーが並び、各セッションでは業界をけん引するトッププレイヤーたちが今後の戦略について熱く語った。今年のテーマは「GAME CHANGER」。不確実性が高まる市場環境のなか、単なる改善ではなく、リテール業界全体の変革とビジネスモデルの再構築が求められている。従来の手法が通用しなくなりつつある今、漸進的な改革ではなく、より抜本的かつ大胆な転換が必要とされた。NRF全体を通じ、変化に適応するだけでなく、変化を生み出す側に立つことの重要性が強く発信された。特に印象的だったのは、「AIの活用」「ブランディング戦略の進化」「リテールメディアの浸透」の3つのテーマである。AIは、デジタルツインを活用した商品開発、パーソナライゼーションによるマーケティング最適化、生成AIによる顧客対応など、幅広い領域で実用化が進んでいる。会場では、多くの企業がAI導入の成果を共有し、もはやAIが未来の技術ではなく、競争優位を確立する上での必須要素であることを印象づけた。ブランディングでは、単なる商品提供にとどまらず、ストーリーテリングや企業文化を軸にした「信頼の構築」が重視された。ブランドと消費者の関係はかつてないほど密接になり、感情に訴えるアプローチが求められる時代に突入。消費者は、商品だけでなくブランドの価値観や理念に共感し、関係性を築くことを重視するようになっている。この流れのなか、企業はブランディングの再構築を迫られている。また、リテールメディアの台頭は、小売事業者にとっては店舗やECのデータを活用した新たな収益源の創出、広告主にとってはクッキーレス時代のターゲティング広告の鍵となっている。購買データや来店履歴など、実際の消費行動に基づく広告配信が可能となり、ターゲティング精度が向上。リテールメディアは今後、広告業界の新たな基盤へと進化すると考えられる。本レポートでは、「AI活用」「ブランディング戦略の進化」「リテールメディアの浸透」の3つのテーマを取り上げ、NRFの現場で感じたリテールの変革の最前線を全3回にわたりお伝えする。AIの隆盛:実証フェーズから、ビジネスの必須戦略へ
NVIDIAバイスプレジデント兼Retail&CPG部門ゼネラルマネージャーのアジータ・マーティン氏(右)。ウォルマートUSプレジデント兼CEOジョン・ファーナー氏と、小売企業がAI導入をどのように進めるべきかについて語った。
AIの活用:7社の最新事例
AIの活用はリテール業界において急速に広がり、その適用範囲は多岐にわたる。今年のNRFでは、特にデジタルツイン、パーソナライゼーション、顧客対応の効率化という3つの分野での活用が目立っていた。ここでは、それぞれの分野における具体的なAIの活用事例を紹介する。1. デジタルツイン
デジタルツインとは、実世界の店舗や製品、物流ネットワークを仮想空間に再現し、リアルタイムのデータを活用して最適な運営や設計をシミュレーションする技術である。これにより、小売企業は実店舗のレイアウト変更や在庫管理、消費者の購買行動の予測をデジタル空間で事前に検証できるようになり、業務の効率化と売上向上を同時に実現している。ロウズ(Lowe’s)ホームセンター大手のロウズ(Lowe’s)はNRF 2025において、店舗の最適化を目的としたデジタルツイン技術を活用している。全米1700店舗のデジタルツインを作成し、毎日数回更新することで、店内レイアウトの最適化や在庫管理の効率化を実現。AIを活用して陳列変更のシミュレーションを行い、顧客の購買行動に基づいた最適な商品の配置を決定している。これにより、売上の向上だけでなく、顧客体験の向上も図られている。また、従業員の作業効率向上にも貢献し、ストアマネージャーはデジタルツインを活用してリアルタイムで在庫の変動を把握し、適切な補充を行うことが可能になった。さらに、顧客の動線を分析し、レジ待ち時間の短縮や高頻度購入商品の配置改善など、店舗運営の最適化をAIにより実現している。この技術はロウズのオペレーション革新を支え、顧客満足度と収益の両面で大きな影響を与えている。(NRF chairman’s opening and welcome:Game-changing times for the retail industryより)ロレアル(L’Oréal)化粧品・美容ブランドのロレアル(L’Oréal)は、デジタルツインと生成AIを活用し、マーケティングの効率と市場投入のスピードを飛躍的に向上させている。AIを駆使した3Dデジタルツインにより、物理的な製品が完成する前にデジタルプロトタイプを作成し、広告代理店に提供。これにより、製品の開発とマーケティングを並行して進めることが可能となり、キャンペーンの迅速な展開と市場投入の短縮を実現している。さらに、クリエイティブ制作には生成AIを活用し、高品質な広告やプロモーションを効率的に生み出す仕組みを確立。デジタルツインと生成AIの組み合わせが、ロレアルの製品戦略を大きく変革している。(NRF chairman’s opening and welcome:Game-changing times for the retail industryより)2. パーソナライゼーション

業界をけん引するトッププレイヤーたちが今後の戦略について議論した。写真左から:ギリ・アガルワル氏(インシブ最高戦略責任者)、グレッグ・パルシファー氏(サムズ・クラブeコマース担当上級バイスプレジデント)、クリストファー・トーマス・ムーア氏(ドミノ・ピザ最高デジタル責任者)、ケン・フェイダー氏(エルメスパリ バイスプレジデント)
従来のマーケティングにおいては、多くのケースで特定のセグメントや属性に基づいてターゲティングを行っていたが、AIの進化により、個々の消費者に合わせたリアルタイムのレコメンドや、ダイナミックな価格設定、最適な購買タイミングの予測が可能になっている。リテール業界では、これを活用することで、顧客エンゲージメントを向上させ、ロイヤルティを強化し、リピート購入を促進する事例が増えている。サムズ・クラブ(Sam’s Club)ウォルマート(Walmart)が運営する会員制小売店サムズ・クラブ(Sam’s Club)は、AIを活用したパーソナライゼーションを「会員獲得」「エンゲージメント」「リテンション」の3つの柱で展開している。特に、「Scan & Go」アプリによるデジタルと店舗の融合が特徴的で、会員が商品をスキャンし、アプリ内で支払いを完了できる仕組みを導入。アプリ内でリアルタイムのパーソナライズドレコメンドやクーポンを提供し、店舗とオンラインをシームレスに連携させている。さらに、生成AIを活用したマーケティング最適化にも取り組み、AIが作成した件名コピーが95%の確率で人間のものより高いエンゲージメントを得るなど、効果を実証。AIが会員の購買履歴を分析し、「スマートリオーダー機能」によって適切なタイミングでリマインド通知を送ることで、利便性向上と会員の継続率向上を実現している。(Mastering digital personalization: Crafting unique journeysより)ドミノ・ピザ(Domino's Pizza)ピザチェーンのドミノ・ピザ(Domino's Pizza)は、パーソナライゼーションを単なる商品レコメンドではなく、顧客との長期的な関係構築の手段として活用している。最高デジタル責任者 クリストファー・トーマス・ムーア氏は、「店舗での対面接客とデジタル体験の両方で、顧客の過去のやり取りを活かし、一貫した関係を築くことが重要だ」と述べる。たとえば、初めての注文時には顧客の好みを把握するための対話を行い、次回以降の注文ではそれを反映させたパーソナルな対応を可能にしている。Domino’sはAIを活用したデジタルエクスペリエンスの強化も推進。顧客の嗜好を学習し、頻繁に注文するトッピングの組み合わせを記憶し、次回の注文時にワンクリックで再注文できる機能を提供。さらに、学習したデジタル上のやり取りを、店舗での体験向上にも活用することで、一貫した体験を得られるような仕組みを整えている。こうした施策により、ドミノ・ピザはデジタルとリアルを融合させ、パーソナライズされた顧客体験をより深化させている。(Mastering digital personalization: Crafting unique journeysより)セフォラ(Sephora)
セフォラ北米プレジデント兼CEOのアルテミス・パトリック氏(右)とPwCグローバル小売リーダーのパートナー ケリー・ペダーセン氏
美容小売のセフォラ(Sephora)は、バーチャルメイクシミュレーションの強化により、顧客の肌質データや購入履歴をAIが分析し、最適な化粧品を提案。オンラインでも店舗と同等のカウンセリングを実現し、個別最適化された購買体験を提供している。さらに、AIを活用したレコメンドシステムを導入し、顧客の嗜好に応じたプロモーションやオファーをリアルタイムで提供。アプリと店舗のデータを統合し、来店前後の購買行動を学習することで、パーソナライズされた接客を可能にしている。このように、セフォラはデジタルとリアルを融合させ、AIによる高度なパーソナライゼーションでブランドエンゲージメントを強化している。(Differentiate to Deliver:How Sephora is Continuing to Create the Best Experience in Prestige Beauty with Sephora North America President & CEO Artemis Patrickより)3. 顧客対応の効率化
AIの進化により、リテール業界における顧客対応は大きく変化している。従来のカスタマーサポートは、コールセンターや店舗スタッフによる対応が主流だったが、AIチャットボットや音声アシスタントの導入により、リアルタイムかつ多くの問い合わせを同時に処理できるようになった。これにより、企業は人的コストを削減しつつ、顧客満足度を維持・向上させることができる。特に、問い合わせの自動対応、返品・交換手続きの効率化、パーソナライズされたサポートなどがAI活用の主要領域となっている。フットロッカー(Foot Locker)
フットロッカーCEOのメアリー・ディロン氏(右)とデロイトコンサルティング小売および消費財部門のリーダーのボビー・スティーブンス氏。ショッピング体験を向上させる店舗内技術などについて語った
スニーカー&スポーツアパレル小売のフットロッカー(Foot Locker)は、AIチャットボットを導入し、顧客のサイズ選びのサポートや購入履歴の管理を自動化している。特に、過去の購入履歴をもとに、ブランドごとのフィット感を分析し、顧客に最適なサイズを提案する機能を提供。オンラインでの靴の購入ではサイズ選びのミスが返品の大きな要因となるが、AIの導入によりこの課題を軽減し、返品率の削減と顧客満足度の向上を実現している。また、店頭スタッフもAIツールを活用し、迅速なサイズ提案が可能になっており、オンライン・オフラインの両面で顧客対応の効率化が進んでいる。(Lacing up for success: Transforming retail experiences and deepening customer relationships with Foot Locker CEO Mary Dillonより)AmazonAmazonでは、AIによる自動カスタマーサポートを強化し、問い合わせ対応の50%以上を生成AIによるチャットボットが処理。これにより、リアルタイムでの問い合わせ対応が可能になり、応答時間を短縮することでカスタマーエクスペリエンスを向上させている。特に、返品・キャンセル手続きのプロセスにAIを活用することで、従来のカスタマーサポートの負担を軽減しながら、顧客の利便性を向上。さらに、AIは過去の注文履歴や購買傾向を学習し、問い合わせの内容を予測して最適な回答を即座に提示するため、スムーズなカスタマーサポートを実現している。(A conversation with Doug Herrington, CEO, Worldwide Amazon Storesより)NRF 2025が示した「実践」の重要性
NRF 2025を通じて浮かび上がったのは、リテール業界において、AIの効果的な活用が未来を左右するという現実だ。サプライチェーンの高度な最適化、デジタルツインによる店舗運営や製品開発の効率化、パーソナライゼーションによるマーケティングの進化、顧客対応の質とスケーラビリティの向上、これらの技術は、すでに多くの企業によって実装され、大きな成果を生み出している。AIの導入を「未来の話」と捉えるのではなく、今すぐに実践的な活用方法を模索し、具体的な施策に落とし込むことが不可欠だ。残念ながら日本の小売業は欧米に比べて最新技術の導入が遅れる傾向があり、AIを活用した店舗運営やマーケティングの最適化を早急に進める必要がある。マーケターにとっては、AIが「広告と販売」の境界を曖昧にし、消費者とのエンゲージメントのあり方を変えていることを理解することが重要だ。リテールメディアの台頭とともに、パーソナライズされた広告体験の提供が、競争力を左右する要素となる。次回は、ブランディングの進化に焦点を当てる。単なる商品の提供を超え、ストーリーテリングや企業文化を軸にした「信頼の構築」が重視され、消費者はブランドの価値観に共感し、関係性を築くことを求めていることがNRF 2025では語られた。企業はどのように対応すべきかについて事例を交えて紹介する。松田 誠(まつだ・まこと)Rokt合同会社 日本マイクロソフトでOffice 365を始めとした各種ソフトウェア・サービスのビジネスをリード。ケルヒャーでコンシューマービジネスの責任者を担当した後、2019年にRokt合同会社に入社。ビジネスデベロップメントとして日本市場におけるRoktビジネスの立ち上げと拡大に従事している。写真:Rokt提供
