森保一監督

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1日、日本代表の森保一監督がワールドカップに臨む日本代表26人を発表した。都内で開催された発表会で森保監督が読み上げて発表したメンバーは下記のとおり。

最後に滑り込んだと言えるのは相馬勇紀。ワールドカップ最終予選では出番がなかったが、7月のE-1選手権でMVPに選出される活躍を見せると、9月のヨーロッパ遠征は2戦目のエクアドル戦で23分間プレーし、森保監督にインパクトを与えた。

逆に落選が意外性を持って捉えられたのは、大迫勇也や古橋亨梧、さらには原口元気だろう。大迫はコンディションを理由に3月以降の代表活動から遠ざかっていたという理由が考えられる。古橋は日本代表でプレーするとなかなか周りとの連動性が高められず、苦しんでいた。

一方で原口は森保監督がインサイドハーフの左右、右ウイングなどで起用し、フル出場は少ないにしても重宝してきた選手。だがそのユーティリティ性が今回は採用されなかった。

森保監督が原口を選ばなかった理由の一つには登録人数が23人から新型コロナウイルスの影響で26人に増えていることにありそうだ。森保監督も「(3人増えたことで)日本のストロングポイントを少しでも出していける特長を持った選手をプラスした」と語る。

人数が増えた分、複数のポジションがこなせる選手よりも少ないながらもストロングポイントを持つ選手が選びやすくなった。それが左サイドのスペシャリストとしての相馬の選択に繋がったのだろう。

森保監督はメンバー選考を終え、本大会に臨むだけになった現在の心境を「行雲流水(こううんりゅうすい)」と語った。行く雲や流れる水のように自然体で臨むという、森保監督らしい決意の表れだった。

【GK】
川島永嗣 1983.03.20
権田修一 1989.03.03
シュミット・ダニエル 1992.02.03


【FP】
長友佑都 1986.09.12
吉田麻也 1988.08.24
酒井宏樹 1990.04.12
谷口彰悟 1991.07.15
柴崎 岳 1992.05.28
遠藤 航 1993.02.09
伊東純也 1993.03.09
山根視来 1993.12.22
浅野拓磨 1994.11.10
南野拓実 1995.01.16
守田英正 1995.05.10
鎌田大地 1996.08.05
板倉 滉 1997.01.27
中山雄太 1997.02.16
相馬勇紀 1997.02.25
三笘 薫 1997.05.20
前田大然 1997.10.20
堂安 律 1998.06.16
上田綾世 1998.08.28
田中 碧 1998.09.10
冨安健洋 1998.11.05
伊藤洋輝 1999.05.12
久保建英 2001.06.04

なお、森保監督は年齢順で選手を読み上げたが、いつもの日本代表発表でも資料は年齢順になっている。そのため、今回もリストをそのまま読み上げたと言えるだろう。


【文:森雅史/日本蹴球合同会社】