まだ記憶に新しい「寝屋川監禁死事件」について発覚した当初、各メディアは約15年間も監禁状態にあったこと、死因は凍死で発見時19kgしかなかったこと、そして「両親が統合失調症の娘が暴れることに悩み、監禁した」とセンセーショナルに報道しました。メルマガ 『ジャーナリスティックなやさしい未来』の著者で精神障害や福祉関係に詳しいジャーナリストの引地達也さんは、「これらの報道は警察の捜査に基づいたものだが、精神疾患や統合失調症への正しい理解を歪めることになりかねない」と警鐘を鳴らしています。

寝屋川の女性衰弱死事件で伝わる「精神疾患」の問題

大阪府寝屋川市の住宅で33歳の女性が衰弱死した事件は、女性の両親が「精神疾患」を理由に自宅内のプレハブ小屋に隔離し、十分な食事も与えなかったことなどが捜査関係者らへの取材の結果として報じられている。日本社会において大人が19キロの体重で衰弱死することに驚きが広がる一方で、「隔離」の理由となった「疾患」の報じられ方には、社会をミスリードする可能性を危惧してしまう。

事件発覚からの新聞報道は、捜査関係者への取材が中心で、女性が死亡するに至った両親の容疑事実を固めるための供述、その周辺情報が繰り返されるばかりで、死亡した女性がどのような病気であり、発症の原因などの情報は皆無だ。その情報の不足さは結局、「精神疾患」「統合失調症」へのネガティブイメージを助長してしまうことにつながってしまいそうで、怖い。

この事件を各紙が報じ始めたのは昨年12月24日からで、大阪府警が同月23日に両親を死体遺棄の疑いで逮捕したことを受け、女性が満足に食事を与えられなかったことや体重19キロだったことなど、次々と異常な実態が報じられていった。

新聞記事は基本的に警察捜査による結果が多く、記事の中心となる「本記」には、その日の警察発表や新たに加わった捜査情報で形作られていく。それは、捜査機関が起訴し、公判を維持するための情報であり、事件の初期段階では勿論貴重ではあるが、それはすべてではないし、捜査目線での情報でしかない。治安維持が目的の捜査機関が自らの役割に徹することは重要だが、メディアはそれを検証するのが役割のはず。その意味においては、あまりにも捜査情報のみを報じている印象だ。結果として「精神疾患」に関する情報が薄くて少なすぎることになってしまう。事件の本質の1つは女性が「精神疾患」だったことであるはずなのに、本記でその事実に切り込む記事はなかった。

事件の一報から約2週間の初動に関する本記の記事中、精神疾患に関する表記は、朝日が「精神疾患で暴れることがあり、周囲に知られたくなかった」「小学生の時に精神疾患を発症」「2001年、複数の病院で統合失調症と診断」が主で複数の記事で同じフレーズが繰り返されている。毎日は「2001年に精神疾患と診断」「精神疾患を患い、暴れるようになった」、読売は「娘には精神疾患があり」「精神疾患のあった長女」「精神疾患と診断」、日経は「複数の病院で統合失調症と診断」「精神疾患で暴れるようになり」との表現で、その原因や状態に関する情報はなかった。これら本記で記された事実を並べると、死亡した長女は「精神疾患」であり、それは「統合失調症」という病気で、その病気は「暴れるもの」という印象が根付いてしまうのは当然である。どのフレーズも同じようなのは、警察発表もしくは捜査関係者への取材に基づくものであるから、そうなってしまう。また、「統合失調症」という病名を避けたような新聞社も見られた。

私もこれまで総合失調症の方の社会復帰や就労支援に関わってきたが、それぞれの病状は多様で、その病名だけで、何かを捉えようとすると見誤ってしまうから、その日、当事者が感じている状態を聞いて共有するところから、関わりあいが始まる。「統合失調症」は便宜的な符号に過ぎず、患者は解明されていない病気に苦しんでいる、という認識を忘れてはならないと常に考えている。

統合失調症の全人口に対する発病率はほぼ1パーセント弱で、発病は10歳代前半から始まり男女差はないというから、事件で死亡した彼女は普通に病気にかかっただけなのである。症状は「複雑」「多彩」「微妙」「神秘的」という表現が使われるほど、理解が難しく、大きな症状の3つが、「妄想・幻覚」「感情と意慾の障害」「思考と認知の障害」。同時に統合失調症には病状が激しい急性期や、安定している慢性期がある。

このようにみると、統合失調症は「からだの病気」である「内因によるもの」で、特殊な遺伝疾患ではない。同時に治療にあたっては薬物療法とともに周囲の配慮は必須だ。「家族の態度が患者の感情的な安定や症状の再発と密接に関係する」との認識は医療や支援機関の中では一般的。これを語らずして、「疾患」と「暴れる」を繰り返して報じられれば、無用な誤解がまた生まれてしまうだけである。

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