「宇野薫である、あり続けられる土壌。」/『Fight&Life』 vol.07本日発売

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宇野薫である、あり続けられる土壌。

プロデビュー12年目を迎える宇野の成長の陰には、和術慧舟會東京本部代表の守山竜介氏、スタイリストの山本康一郎氏ら「チーム宇野」とでも呼ぶべき存在がある。

そこで現在の宇野を知る上で欠かせない「チーム宇野」のメンバーに集まっていただき、北米MMAで脚光を浴びるライト級選手たちの映像鑑賞会と宇野インタビューを行なった。

守山代表の悲報が届いたのは、その翌日のことだった。

宇野が抱いていた守山代表への想い、守山代表の最後の取材――、編集部では、守山氏への追悼の想いを込め、この原稿を割愛することなく掲載いたします。

取材・文_高島学
撮影_寺沢有雅

――守山さん、山本さんという宇野選手のセコンドを務める方たちとのDVD鑑賞という場、何よりも良い雰囲気だなと感じました。落ち着いた大人の空間でもありましたね。

宇野 そうですね、凄く恵まれていると思います。

――お二人に限らず、この場にいるだけで、如何に宇野選手には素晴らしいサポーターがいるのか理解できます。そんな存在があったからこそ、試合前から色々とゴタゴタした石田光洋選手との試合も、見事に一本勝ちできたのかと、うがった見方もしてしまいます。

宇野 良い試合ができて、まさか一本勝ちできるとは思っていなかったし、フィニッシュも(体が)勝手に動いたので覚えていないんです。

――試合前は2回戦からの出場で強烈な批判がありましたが、一切の反論がなかったです。「僕はシングルマッチ出場でいいと言っていました」なんて反論をしようという気持ちにはならなかったですか。

宇野 人間ですから、少なからず感情的になっていた部分はあると思います。そんな状況の中で守山さんや康一郎さんをはじめ、自分の相談に乗ってくれた方々が、「べつに反論する必要はない」と言ってくれたので。最後は自分で判断しますが、そこに行き着くまでに話を聞いて下さる人が多いのは、本当に恵まれています。相談してくれる方、話を聞いてくれる人がいるので、別に公の場で話す必要もないという気にもなりますし。言わないで済んじゃうんです。

――勝てば官軍でも、胸の内を話すこともなかったですね。

宇野 遺恨だとか、石田君に対してないので、ああいう風に言われたことに対しても、僕が同じ立場だったらそう思うかもしれない。勢いがある選手とやりたいという純粋な気持ちで戦っていました。それよりも、試合前は顎の骨を折ってからの初めての実戦だったので、その方が気になっていました。

(以下、インタビューから抜粋)