高市首相

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 4月12日に開かれた自民党大会で、首相で党総裁の高市早苗は「時は来た」と、憲法改正に強い意欲を示した。皇室典範改正の必要性も強調した。保守支持層の「高市離れ」が進む中、高市の勇ましい改憲アピールなどは、保守層のつなぎ留めが狙いでもあっただろう。一方、高市は東京・九段北の靖国神社が21〜23日に行った春季例大祭に合わせた参拝を見送った。閣僚在任中を含め高市は春と秋の例大祭中の参拝をほぼ欠かさなかったが、中国や韓国の反発を考慮し、見送ったとみられる。【村田純一/時事通信社解説委員】(全3回の第1回:一部敬称略)

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 8月15日の終戦記念日も首相の参拝は見送りとの観測が高まっている。首相を支持してきた保守層の期待はさらに失望に変わりつつあるようだ。

高市首相

 高市はかつて、首相になっても靖国参拝する意向を示していたが、先の自民党総裁選では首相就任後の参拝について明言を避けていた。今回の春の参拝見送りは、自らの台湾有事発言への反発を強める中国や、首脳間の「シャトル外交」で関係改善が進む韓国に配慮したためという。

 首相周辺によると、「特に韓国側から『靖国参拝だけはやめてくれ』との強い要望があった」そうだ。高市は1月、来日した韓国大統領・李在明と良好な日韓関係をアピールし、一緒にドラムセッションまで披露した。ここで靖国参拝して、韓国との関係を再び悪化させるようなことは、両国にとって望ましくないという現実的な判断があったとみられる。中国に対しても既に冷え込んでいるのに、これ以上の関係悪化は避けたいとの思いからだろう。

 だが、これまで高市を強く支持してきた保守層は黙っていなかった。参拝が見送られる見通しだと報じられた段階で、ネット上のコメント欄は炎上した。

「選挙向けのポーズ」との声

「ここまで期待を裏切るとは正直思わなかった」、「今回の高市首相の判断も、中国や韓国との関係を踏まえた現実的対応と見ることはできますが、支援者からすれば『これまでの発言との整合性はどうなのか』という疑問も残ります」、「中韓に屈しないという威勢のいい看板も、いざとなれば即座に掛け替える」、「彼女にとって靖国参拝は、日本を思う真摯な祈りではなく、保守層にウケるための『ファッション』の一部だった」──などなど。

 高市を自民党内の“保守強硬派”と見る人は少なくなかった。これまでの言動から、右寄りのタカ派、中国に厳しく対抗する対中強硬派のイメージは強い。

 銃撃されて死亡した元首相・安倍晋三を敬い、安倍の後継者として保守層や右派勢力に自らをアピールしてきた面もある。高市は、安倍を支持してきた保守層の期待と支持もあって、3度目の自民党総裁選で勝利し、首相に上り詰めた。

 だが、高市は本当に保守強硬派と言えるのだろうか。どこまで高市は保守派としての信念を抱いているのか。永田町には「保守層の支持を得るための、選挙向けのポーズではないか」(自民党関係者)と指摘する声もある。高市自身、2025年秋の自民党総裁選の出馬会見で次のように語っていた。

本人は“保守強硬派”を否定

「私は今や、いろんな保守政党が出てきましたので、穏健保守か中道保守に当たるぐらいかの位置付けになっているのかな、と思います」

 保守は保守でも、自分は保守強硬派ではないと否定した。ここで語った「いろんな保守政党」とは、参政党や日本保守党のことだろう。

 参政党代表・神谷宗幣、日本保守党代表・百田尚樹に比べれば、自らは穏健だと言いたいのだ。もっとも、これは自民党総裁選で、穏健保守層も含む幅広い支持を得ようという狙いも透けて見えた。

「私は保守というのは、素晴らしい日本の伝統や文化、歴史、次世代に伝えた方がいいと思う良きものと秩序、これを守りながらさらに発展させ、時代の変化によって必要なものはどんどん取り込んでいくもの。連綿とした歴史の中で日本が築いてきた良きものを守っていく。まさに自民党は常に進歩を求める保守政党であり、そうあらねばならないと思う」

 高市は自らが考える「保守」について、こう強調した。だからといって、高市を直ちに「穏健保守」「中道保守」と位置付けるには抵抗がある。

「ビジネスエセ保守」との誹謗中傷

 25年の自民党総裁選では、小泉進次郎陣営による「ステマ疑惑」が発覚した。動画配信サイトの中で、小泉への好意的なコメントを投稿するよう、陣営内で依頼していたという。

 いわゆる“やらせ”コメントによって世間に小泉人気が圧倒的だと思わせる作戦だ。コメントの参考例の中に、こんな一文があった。

「ビジネスエセ保守に負けるな」――。

 高市を念頭に誹謗中傷したと受け取られかねないコメントだった。名指しは避けつつも、「高市の保守姿勢は偽物だ」と広めようとしたわけだ。

 高市がいつから保守的思考を強め、保守強硬派として認知されるようになったか。政界で安倍と接し、行動を共にするうちに、安倍やその周辺に影響されたのではないかと思われるが、その時期や「本気度」は明確には分からない。

 自民党の保守グループ「保守団結の会」共同代表の衆院議員・高鳥修一は、高市が初めて総裁選に出馬した時に推薦人をかき集めて支援してきた「縁の下の力持ち」的な存在だ。

 旧安倍派に一時所属し、裏金問題の影響もあって24年衆院選では落選したが、先の衆院選で返り咲いた。その高鳥に対し、「高市首相は保守強硬派か」と単刀直入に質問した。

 第2回【「堂々と大臣が」発言も「竹島の日」閣僚派遣を見送り、外国人政策は「ゼロベースで」…「高市首相」高支持率でも懸念は“保守層の失望”】では、高鳥氏が高市首相の政治的スタンスを保守と受け止めているのかどうか、保守層の高市離れをどう見ているか、詳しくお伝えする。

村田純一(むらた・じゅんいち)
1986年、時事通信社入社。90年から政治部。海部政権で首相番。平河クラブで自民党の小渕恵三幹事長、小沢一郎竹下派会長代行らを取材。民社党、公明党を担当後、羽田政権、村山政権で首相官邸を取材。96年経済部で経団連など財界担当。97年政治部に戻り、山崎拓政調会長番。選挙班長、防衛庁担当などを経て、2001年8月からワシントン特派員。05年2月帰国。外務省キャップ、政治部次長、福岡支社長などを経て20年7月より時事総合研究所代表取締役。23年6月より現職(時事総研研究員兼務)

デイリー新潮編集部