パリ7区のセーヌ川に掛かるアルマ橋近くの「下水道博物館」。地下施設のため、入り口は公園のトイレのように小さい(布留川 司撮影)。

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花の都にある匂いに不快になる博物館

 華やかな街並みや歴史的建築、美しいセーヌ川の風景で知られるフランス・パリ。しかし、その足元には、観光都市のイメージを覆す異色の施設があります。その場所は地下にあり、階段を下りて踏み入れた瞬間の鼻をつく独特の臭気が漂ってきます。

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 それが、パリ7区のアルマ橋近く、セーヌ川沿いの地下に設けられた「下水道博物館」です。

 文字どおり、実際の下水道空間を活用した施設で、見学者は地上から階段を下り、都市の足元に張り巡らされた巨大インフラの一端を歩いて体験できます。現在の施設は2021年に大規模改修を経て再オープンしており、約500mにわたる地下見学ルートで、パリの上下水道の歴史や仕組みを学ぶことができます。年間来場者数は改修前で約10万人規模ともされ、一般観光客だけでなく、インフラや都市計画に関心を持つ見学者にも人気です。

 もっとも、見学時には注意が必要です。

というのも、この場所は博物館としての展示用施設ではなく、実際にいまも稼働中の下水道の一部なのです。地下全般で下水道特有の匂いがし、場所によっては臭気が特に強い場所もあります。

 博物館も見学時の注意事項として「臭気による不快感がある」と断っており、この他に「壁面や展示物には手を触れない」、「飲食禁止」、「見学後には必ず手洗いをする」と、独自のルールが設けられています。

かつて“最先端技術”だった下水道は観光名所だった

 臭い下水道をわざわざ見に行くというのは、一見すると物好きの風変わりな行為のようにも思えます。しかしパリの下水道の成り立ちの歴史を振り返ると、単なる奇をてらったツアーリズムでないことが分かります。

 パリの近代下水道網が本格的に整備されたのは19世紀半ばで、第二帝政期の都市改造で知られるオスマンによるパリ大改造の時代でした。当時のパリにとって、巨大な地下トンネル網を張り巡らせて都市の汚水と雨水を処理する仕組みは、まさに最先端技術そのものでした。つまり、パリの下水道は整備された当時から、その存在が珍しく、人々の注目を集めていたのです。

 実際、19世紀後半には下水道の一般向け見学が行われており、小舟や専用の小型トロッコで地下を巡るツアーが組まれ、人気の観光名物となっていたそうです。

 ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』にも描かれたように、パリの下水道は都市そのものを象徴する存在でもありました。

 その歴史的価値と教育的意義を後世に伝えるため、1975年に正式な博物館として整備され、現在では都市衛生、治水、環境教育を担う施設へと進化しています。つまりここは、珍スポットではなく、近代都市文明の成立を伝える“地下の技術博物館”なのです。

セーヌ川の“臭い理由”も学べる実践的な博物館

 館内の展示も実に興味深く、下水道施設の他に、歴代の清掃機材や下水道保守用の器具などが並び、パネルや映像資料で下水道の歴史などを学ぶこともできます。


下水道博物館の入り口(布留川 司撮影)。

 パリやセーヌ川は独特の臭いを放つことで有名ですが、その理由についてもこの博物館にくれば理由がよく分かります。

 パリの多くの地域では雨水と生活排水を同じ管路で流す「合流式下水道」が採用されており、豪雨時には処理能力を超えた水がセーヌ川へ一時放流される場合があるのです。

 また、その匂いの原因は下水道の匂いだけでなく、パリの都市としての汚れが雨水となって下水に流れこむのが原因となるそうです。

 パリのような華やかな観光都市であっても、そこには多くの人々が生活し、他の都市と同様に下水道のような巨大インフラが動き続けています。下水道の重要性は人口の多い都市部では必要不可欠な存在であり、それを肌で感じられる公開施設は世界的に見てもそう多くありません。

 華やかな観光都市の地下では、いまこの瞬間も巨大なインフラが都市生活を支え続けています。エッフェル塔やルーブル美術館とはまったく異なる、もうひとつの“機能するパリ”を体感できる場所といえるでしょう。