3月にはスコットランドとイングランドに勝利した日本代表。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

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「算多きは勝ち、算少なきは敗れる」

 史上最高の兵法書の一つである『孫子』の計篇に、そう訓戒が記されている。

 策を巡らせる中、彼我の戦力を比較し、勝ち筋を見つけるのが定石である。机上で勝算が多い場合、実戦でも勝つ可能性は高くなる。机上で勝算が低い場合は、実戦でも負ける可能性が高くなる。勝敗は兵家の常だが、戦う前に敗れる可能性を無視し、僥倖を頼り、勢いを過信し、「勝敗は時の運」などと発信する指揮官は「戦いを率いる資格のない愚将、暗君」という教えだ。

「目標はワールドカップ優勝」

 日本代表を率いる森保一監督が、そう豪語したことは信じられない。何を根拠にワールドカップ優勝を公言できたのか。日本は過去、ベスト16が最高である。二度はPKでの敗退だが、何も偶然負けたわけではない。結局、力尽きて敗れた。もっと具体的に言えば、途中交代のカードの豊富さで勝負を決められず、あと一歩を踏み越えられなかった。

 運があったら、ベスト8に勝ち進んでいたかもしれない。PK戦はコインの裏表を当てるようなものだろう。日本が勝っていた可能性はある。しかし、そこで疲弊した日本が準々決勝以降のさらにタフな戦いを勝ち抜けた可能性はほとんどない。

 今の日本は「史上最強」の戦力である。主力組と控え組の差が小さく、バックアッパーが試合の流れを変えられる。三笘薫がダメだったら中村敬斗、遠藤航がダメでも佐野海舟がいる、という具合に、最強の陣容だ。
 
 しかし、ワールドカップ優勝を争うような強豪は、チャンピオンズリーグ(CL)ベスト16以上のクラブで主力の選手がごろごろといる。ブラジル、ドイツ、ベルギー、スペイン、ウルグアイ、フランス、アルゼンチン、ポルトガル、イングランド、さらに日本が初戦でぶつかるオランダも、リバプールのフィルジル・ファン・ダイク、ライアン・フラーフェンベルク、コディ・ガクポを中心にスタメンのほとんどがそのレベルの選手たちだ。

 翻って、日本はCLベスト16レギュラーで活躍中となると、ゼロに近い(スポルティング守田英正はケガを抱えて今季は準レギュラー、モナコの南野拓実は前十字靭帯断裂で離脱)。

 これで、森保ジャパンはどんな算段を立てられるのか?優勝と大風呂敷を広げたことで、国民的には「不可能ではない」と受け止められる。サッカー人気を喚起しやすくはなるかもしれない。しかし、実状は期待感をジャブジャブにしただけ、実態のないバブルである。それはちょっとした拍子にはじけ、例えばオランダに呆気なく負けた段階で終わりだ。

 サッカーは大番狂わせが多く、それが人気の秘密とはいえ、戦う前からその運を織り込むべきではない。

文●小宮良之

【著者プロフィール】こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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