半年で4割の社員が辞めた会社に、 なぜ、よい人材が集まるようになったのか?
地域から嫌われ、4割の社員には去られ、日々父から怒鳴られ……まさに「マイナス1万からのスタート」だった石坂産業。
あれから12年。現在では、夏祭りに地域の人が700名訪れ、工場に煙突はなくホタルが生息。小学生の社会科見学のメッカになり、トヨタ、全日空、日本経営合理化協会、滝川クリステル氏、中南米・カリブ10ヵ国大使……日本全国だけでなく世界中からひっきりなしに見学者が訪れるようになった。なぜか?
初登場Amazon総合1位、発売3日で重版になった話題の処女作、『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える!』を刊行した石坂典子氏が、半年で社員の4割が辞めても、よい人材が集まる会社に変える方法を語る。
「やってらんねえ!」
の捨てゼリフで3人が退社
私は社長に就任すると“脱・産廃屋”を宣言しました。
エロ本が散乱し、社員はヘルメットをかぶらずにサンダル履き、くわえたばこで出入りする状態。これを改善し、産廃屋らしからぬ産廃屋になるのは、なにより人の改革が必要です。
そこで、会社にルールをつくり、社員教育を始めました。社内には不満や不信感がありありと渦巻いていました。
あるとき朝礼で、「ISO14001に挑戦する」と話し始めると、「バン!」という大きな音が響き渡りました。それも1回ではありません。「バン! バン!」と続きました。
3人の社員がかぶっていたヘルメットを、コンクリートの床に叩きつけたのです。
私は彼らをジッと見ました。
一人が「チッ!」と舌打ちしながら目をそらし、「やってらんねえ!」と言いました。
「ISOなんてわけわかんないし、面倒くせえ」
「現場を知らない女が、仕事のやり方に口をはさむんじゃねえ」
そんな思いがあったのでしょう。
3人は顔を見合わせて「帰るぞ」と言うと、その場を立ち去り、2度と出社しませんでした。
しかし、そもそも「理解してもらおう」とか、「仲よく会社を改革しよう」なんて気持ちはさらさらありません。
社員の反感を買っても“脱・産廃屋”を達成するためなら断固やりとげるという気持ちでした。
