「白黒ポテチ」に目くじらを立てる小ささよ…「孤独な首相」よりずっと深刻、幹部官僚が漏らした高市政権の限界

■政権を蝕む「ナフサ危機」
「ナフサ」という言葉を初めて聞いたのは、40年近く前、駆け出しの政治記者として自民党の税調に所属する中堅議員を取材していた時だった。ナフサとは原油から精製される粗製ガソリンのことだが、これも初めて聞いた「租特(そとく)」の解説を聞いているなかでナフサ免税という言葉が出てきたのである。
租特=租税特別措置は産業界に対する自民党の最強の武器だ。特定の業種への減税を決めることから、実質的な補助金であり、自民党が業界に強い影響力を行使する「力」の源泉でもある。特に大きいのがナフサ免税と呼ばれる揮発油税などのナフサ関連の租特だ。
ナフサを原料とする製品は、プラスチック製の各種容器、食品包装、洗剤、自動車部品、断熱材などの住宅資材、太陽光発電など多種多様で、関連する中小企業は2万社、出荷高は30兆円にものぼると言われている。
2024年度の減税額は3.2兆円(推計値)と全体で9.5兆円といわれる租特の減税額の3分の1を占める。
ナフサは、いわば日本の産業全体を支える生命線でもあるのだ。そのナフサが途絶えることがあれば、影響は計り知れない。
■政権の行方を左右しかねない「政治銘柄」
「ナフサは特別だ。戦後の日本経済の復興を支えてきた。安いナフサを使えるから電気製品でも自動車でも競争力ができた。大蔵省は、何度も減税額を減らそうと画策してきたが、そんなことをすれば自民党はつぶれると押し返してきた」
旧大蔵省出身で後に党税調の重鎮となるその議員は、その後も折に触れてナフサの重要性を語った。社会保障などの財源を捻出するためにナフサ免税を縮小するというのは、財政当局が度々提起していた。
また化石燃料の消費を減らすという環境保護の観点もあって、かつての民主党政権でも検討されたが、産業界だけでなく関連企業の労働組合からも激しい反発が出て立ち消えになっていた。
こうしたこともあって、もともと政界関係者の間では、ナフサは政権の行方を左右しかねない「政治銘柄」だというのが通説になっていたのである。
■「足りている」神経質になる官邸
「原油もナフサも必要な量は調達できる見通しが立った。ナフサは中東以外からの代替調達で従来の8割まで回復、サプライチェーンの各層に1.8カ月分相当の中間在庫もあるためナフサ由来の石油製品は年を超えて供給継続が可能だ」
25日、中東情勢による物価高騰に対処する補正予算の編成を決めたことを受けて、首相官邸で記者団を前に説明した高市首相は、「ナフサは足りている」と繰り返し強調した。
現場で物資不足が起きていることは認めたが、それは「買いだめや売り惜しみ」などで目詰まりが生じているためだとして、政府を挙げてその解消に取り組むとも表明した。詳細なデータをグラフ化したパネルを示し、時折笑みも浮かべて、ナフサは足りていると繰り返す高市首相だったが、その自信の根拠は最後まで読み取れなかった。
大手食品会社カルビーが、ナフサからつくる印刷材料の不足に備えてポテトチップスなどの包装をカラー印刷から白黒に変えると発表したさい、首相官邸は、露骨に不快感を表明した。ナフサ不足と言われることに神経質になっていたのだ。
高市政権は、かつての石油危機のように消費者がパニックになるのを恐れていたのかもしれない。とにかく、流通過程で売り控えや買い占めだけでなく、将来の供給不安から出荷を控えている業者も多いと見て、必要量の供給のメドなどを「丁寧に」説明することで目詰まりを解消すると言い続けてきた。しかし、事態は急速に悪化している。
■振り回される業界関係者の本音
首相の会見が開かれたのと同じ25日には、カルビーが予告通り「ポテトチップス」や「かっぱえびせん」の包装をモノクロに切り替えて売り始めた。

テレビや新聞では、連日、ナフサ不足が次第に多くの業種に影響を与え始めている実情を報じ始めた。カルビーだけではない。様々な商品やパッケージのデザインに使われるナフサ由来のインクの量を減らすためにカラーをやめて白黒に変える企業が続出している。
ユニットバスやトイレの塗料も不足が懸念され住宅建設にも影響が出始めた。スーパーの商品を包む容器からゴム手袋、住宅建材、電化製品、医療用のチューブ、様々な産業現場で深刻な原材料不足の訴えが伝えられている。
首相が強調したように、目詰まりを解消すれば、本当に影響は回避できるのだろうか。断熱材などの住宅建材業界のある関係者は、中東危機が勃発した当初から強い危機感を語っていた。
「中東情勢の悪化でナフサの原料輸入の4割が途絶えました。政府は中東以外からの調達で賄えるというが、先行きの不安が解消されないと状況は改善されません。専門家がテレビで『6月には詰む』と言ったことが現実味を帯びている。そこまでいかなくても、いくら量が確保されても原材料費が恐ろしく高騰することだけは間違いない。目詰まりを解消しても値段が下がるわけではないんです。役所も縦割りだから化学製品は経産省、住宅建材は国土交通省で、対応が違う。業界は振り回されています」というのである。
■「首相官邸は責任を取りたくないのですよ」
特に「川中」と呼ばれる中間財の製造は、その多くを中小零細企業が担っている。資金力も乏しく、原材料がストップすればたちまち経営危機に陥りかねない。そうなれば連鎖倒産や大手企業への影響も避けられない。
政府は中東以外の地域からの原料調達で年をまたいでも必要量は確保できるとしているが、ホルムズ海峡の封鎖が解かれたとしても、従来通りの供給が戻るのには長い時間がかかることを覚悟しなければならない情勢だ。
ナフサ不足は、すでに「いま、そこにある危機」となっている。楽観的な見通しを繰り返す高市政権が、初動の対応を誤ったのはごまかしようがない。
不都合な真実には目を向けない。悪いことは考えない、というのがいまの政権の特徴だとある経済官庁の幹部は指摘した。
「要するに、首相官邸は責任を取りたくないのですよ。首相本人かどうかは、我々の所には全く話が降りてこないので分からないが、官邸からは、中間業者が売り惜しみしないように何とかしろとか、しらみつぶしに在庫を調べて放出させろとかその場しのぎの指示しかおりてこない。業者と直接会う担当者は、現場のニーズが分かっているから、場当たり的な目詰まり対策よりも、中小零細業者を直接支援するような対策が必要だと思っているけど、それを上にあげる気にならない。司令塔の首相官邸が、電気ガスの支援金など目先の物価高対策ばかり気にして、原油不足にどう対応するつもりなのか分からないから、役人は動けないんです」
■世論は、すでに危機を感じ取っている
大型連休中、高市首相はオーストラリア、ベトナムを歴訪し、エネルギー安定化で協力することや中国を念頭に安全保障面での協力関係強化で合意したのをはじめ、2度目となる韓国のイ・ジェミョン大統領との首脳会談を成功させた。

党首討論で中道改革連合の小川淳也代表も、「破壊力のある笑顔で日韓関係を良くしたことは評価できる」と持ち上げたほどだ。
25日付の読売新聞の世論調査で、内閣支持率は64%と前月に続いて高い水準が続いていた。こうした一連の外交姿勢が評価されたことは間違いないだろう。
しかし、その読売新聞の調査でも、ナフサの供給に問題はないという政府の説明には「納得できない」という回答が64%で、「納得できる」の25%を大きく上回った。ナフサの供給不安が広がっているのだ。政府説明に「納得できない」は、内閣支持層でも57%と半数を超えたという。
一方、高市首相が、夏場の電気・ガス料金を支援するため、補正予算案の編成を含め、対応を検討すると表明したことについては、首相の対応を「評価する」は72%で、「評価しない」21%を大きく上回っている。
世論は、すでに危機を感じ取っている。ナフサに限らず、中東情勢で物価は高騰し始めている。生活の様々な場面で影響が出始めているのだが、具体的な対応策は示されていない。これほど支持率が高く、衆院では300議席を大きく超える圧倒的な多数を持っているのにもかかわらず、思い切った対策を打ち出さないのは、いったいなぜなのか。
野党やマスコミだけでなく、与党の中からまで、そうした疑問の声が出始めている。
■「期待感」だけで政権は維持できない
これまでにも何度も指摘してきたが、高市早苗という人は孤独な人だ。何でも自分でやらなければ気が済まない。それは他人を信用していないからだと回りには受け取られる。だから誰からも信用されなくなる。筆者は、これまでの高市首相をとりまく様々な出来事や、首相と接してきた与野党の政治家の声をもとにそう書いてきた。
選挙で圧勝し、国民の支持も高いことで、それでも政治を前に進めることはできている。しかし、それはあくまで高市首相に対する「期待感」が強いからに他ならない。問題は、期待感だけでは対処できない、厳しい現実に直面したときに、果たして孤独な首相がそれを乗り切れるかどうか、ということだ。
自分の考えに固執し、他人の忠告や助言に耳を貸さないだけではない。本人が間違ったと思っても、それを真摯に認め、方針を転換することが極めて苦手なように思える。
そんな孤独なリーダーで、これから現れる危機に対処できるのだろうか。
米中首脳会談の後、トランプ大統領からの電話について「大変なお力添えをいただいたということで、深く感謝を申し上げた」と満面の笑顔で紹介した高市首相だったが、その後、会談の中で習近平国家主席が高市首相を名指しで軍国主義を進めていると激しく非難していたことが明らかになった。
トランプ氏は、高市氏を擁護してくれたということだが、それでもこじれた日中関係を修復する道は容易ではないことも明らかになった。

■「かけ声」より「成果」を
中国側の強圧的で傲慢な態度もあって、国民の間でも「反中感情」が増し、それが高市内閣の支持率を押し上げている。だが、中東情勢の悪化で厳しさをます経済環境に中国との関係悪化が続けば、さらに日本経済が苦しい状態になることも間違いない。
日中関係がこじれたのは、高市首相の不用意な国会答弁がきっかけだった。中国側の態度にも問題があるからといって、このまま放置していいわけでもない。
訪中した赤沢亮正経産相が中国側の要人と立ち話をしたり、中国の炭鉱事故で首相自らお見舞いのメッセージを出したりと、関係修復の糸口を探ろうという動きも始まっているが、政府与党内でも、当分は関係修復は難しいだろうという見方が広がっている。
次々に重なる危機の連鎖は、確実に高市首相の足元を揺らし始めている。首相を中心にどんな戦略を立てていくのか、発足から7カ月が過ぎた高市政権は、徐々に正念場に近づいている。
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城本 勝(しろもと・まさる)
ジャーナリスト、元NHK解説委員
1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。
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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)
