辺野古移設反対運動の活動拠点である辺野古漁港

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 13年ぶりとなる社民党の党首選が4月6日に開票され福島瑞穂氏(70)が再選した。しかし、党再生への道のりは険しい。党首選の前には辺野古沖の転覆事故に関する服部良一幹事長(76)の発言が大炎上したが、その発言があれほど批判されてもなお、問題となった団体の活動を応援するかのようなメッセージを送っていたことが判明したのだ。

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【写真を見る】あまりにも酷い… 社民党幹事長が書いた「辺野古事故」に対する「あり得ないメッセージ」

 2月4日に告示された党首選には、福島氏のほか副党首のラサール石井氏(70)、前副党首の大椿裕子氏(52)の3名が立候補した。福島氏とラサール氏は参院議員で、この2名だけが社民党の国会議員である。これに前参院議員の大椿氏が加わっての党首選だった。

辺野古移設反対運動の活動拠点である辺野古漁港

 3月23日に行われた最初の開票では過半数に達した候補者がなく、1位の福島氏と2位の大椿氏による決選投票となった。そして4月6日、福島氏の再選が決まったが、記者会見では落選した2人には発言が認められず、怒った大椿氏が途中退席するという後味の悪いものとなった。

 だが、途中退席どころか最初から会場にもいなかったのが服部幹事長である。服部幹事長といえば、沖縄県名護市の辺野古沖で平和学習中の同志社国際高校(京都府)の生徒が犠牲になった抗議船転覆事故を巡る発言が炎上したばかりだ。

 事故から3日後となる3月19日、服部幹事長は国会前で行われた“アメリカとイスラエルによるイラン攻撃反対デモ”に参加していた。そこで主催者からスピーチを求められてこう述べた。

「同志社国際高校の女子学生、そして船長が亡くなるという悲しい事故です。本当に心からお悔やみを申し上げたいと思います」

――いきなりデモとは直接関係のない内容である。

基地のせい

「事故の原因をきっちり究明して安全対策を取っていかなければなりませんが、こうした事故によって平和学習に対するバッシングが来ないように、本当に関係者力合わせてこの危機を乗り越えていきたいと心から感じているところです」

――修学旅行生が乗り込んだのは、在日米軍普天間基地の辺野古移設反対運動を繰り広げる「ヘリ基地反対協議会」が所有する抗議船だった。海上保安庁は同協議会を海上運送法違反などの疑いで捜査を進めている。それが本当に“平和学習”だったのか、服部幹事長は一体、誰と「この危機を乗り越えていきたい」と考えているのか疑問が残るが、発言はさらに続いた。

「そもそも辺野古の新基地建設をいつまでも続けるのが悪いんです! 海を埋め立てるのが悪いんです! こんなことをしなかったら事故も起こらなかったわけですから、本当に悔しくてたまりません」

 この無責任な発言に、SNSでは「他責の極致」「あり得ない発言」との批判が殺到し炎上したのである。その炎は福島党首にも及んだ。

 4月1日、社民党の定例会見で「死亡事故の原因と基地建設を結びつけるような(幹事長の)発言についてどう思うか」という質問が出たのだ。だが、福島氏は「コメントする立場にない」と答え、記者が「党首なんだから」と食い下がるも「議論していないのでコメントは差し控える」と逃げたのだ。これにSNSがすかさず反応した。

幹事長は沖縄へ

《党トップが党ナンバー2の言葉にまるで責任を覚えていない。国会で首相の責任を追及する際は勇ましいが、自身の問題だと逃げ腰となる》

《福島瑞穂さんは、社民党の党首の資格はない。というより政治家の資格もないと思う》

 政治部記者は言う。

「実は福島氏も大椿氏も同じ抗議船に乗ったことがあるとXに書き込んでいました。もっとも、服部幹事長の発言に対しては怒っていたそうです。怒っていたのは矢面に立たされていた沖縄の社民党系組織も同様で、発言後、幹事長はお詫びと調整のために沖縄を何度も訪れていました。党首選に関わるどころではなかったのです」

 党首選の決戦投票日の4月5日にも服部幹事長は沖縄にいたことが判明した。しかも、あれだけ発言が批判された後であるにもかかわらず、辺野古移設反対運動の活動拠点である辺野古漁港に足を延ばしていた。そこには通算8000日以上も抗議の座り込みが行われているテントがあり、現在は犠牲者を追悼する献花台が設けられている。すぐそばのメッセージボードの中央には、こんな書き込みがあったのだ。

沖縄でエール

《この悲劇を乗り込えて/平和をつくりましょう!(4/5)/社民党幹事長 服部良一》(原文ママ)

 その文章は犠牲となった高校生に対してではなく、事故を引き起こした当事者であり捜査対象にもなっている辺野古の活動家に向けたエールとしか読み取れない。服部幹事長にとっては、犠牲者の追悼や事故の原因解明より反基地運動のほうが大切なのだろうか。本当に幹事長はここに来て書いたのか、社民党の沖縄県連合に確認すると「確かにその日、幹事長は辺野古に行き、ボードに書き込みをしていました」と認めた。前出の政治部記者は言う。

「福島党首は服部幹事長が今年2月の衆院選で沖縄2区の候補者調整に失敗したことにも不満を持っていたそうです。もともと沖縄2区は社民党唯一の衆院議員・新垣邦男氏(69)の地盤でしたが、昨年11月に離党。新垣氏は中道連合の公認候補となり衆院選に出馬しましたが、社民党はこれを認めず刺客候補を立てました。結局、野党共闘が崩れたことで、両者とも落選してしまいましたが……」

 とはいえ、そもそも新垣氏が離党したのは福島党首に対する不満からだと聞く。

「党首なんだから参院ではなく衆院に転出するよう提案したそうですが拒否されたとも聞きますし、福島党首による“独裁的党運営”が理由と報じられたこともありました。党首が党首なら幹事長も……社民党はボロボロです」(政治部記者)

 服部氏の書き込みを知れば、被害に遭った女子高生の遺族は何と思うだろうか。

デイリー新潮編集部