国民会議の位置付け


 国家の骨組みをつくる上で高市首相の唱える「国民会議」をどう位置づけるか。与野党こぞっての参加と、民間人も交えての戦略策定機関だが、まだ全体像が不明。かつて日本が成長国家から成熟国家へと移行する時、行革審が設置された。

 その時、当時の首相・中曽根康弘氏は行政管理長官(当時)時代から民間人を起用し、〝臨調〟(臨時行政調査会)を作り、財政膨張に歯止めがかけ、民間人の創造意欲を掻き立てた。

 それに経済人も呼応していった。今はどうか。「経済人の使命と役割が求められているのは感じている」と某プライム上場企業首脳は次のように語る。

「政治と経済は密接に結びつき、切り離せない状況。ましてや経済安全保障という概念が入り、中国との関係も慎重にならざるを得ない状況の中で、経済人が果たすべき役割も重いと思っています」と語る。

「国民会議」が十分に機能するかどうかは、高市政権はもとより、与野党政治家、そして経済リーダーがどれだけ危機感を持って事にあたるかで決まる。政治と経済が一致協力する時だ。

 膨れ上がる社会保障制度の改革も必要不可欠。負担と給付の関係を含め、国民の意識改革も必要となってくる。

 今回の総選挙で、新興勢力・チームみらい(安野貴博党首)は唯一、消費税減税を言わなかった政党である。痛みをある程度覚悟していく。そうした若い世代が増えているのは心強い。

 高齢者が全体の30%を占める今、高齢者の負担も考え直さざるを得ない状況。そのためにも熟年世代、現役世代が共に痛みを分かち合い、新しい社会の骨組みをつくる時。「鉄の女」と言われたサッチャー・英国元首相を尊敬する人に挙げる高市首相にも、ビジョン構築力と共に、決断力が求められる。国民と一体となっての改革である。