ルーヴル美術館の至宝、ダ・ヴィンチの『モナ・リザ』を知らない人はいない。美術史ソムリエの井上響さんは「鑑賞者がこの絵を美しいと感じるのは、美人だからではない。ダ・ヴィンチが編み出した画期的な技法がそう思わせるのだ」という――。

※本稿は、井上響『ムンクは何を叫んでいるのか?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

■500年前にダ・ヴィンチが描いた

「世界で一番美しい女性の絵画を挙げてください」

そう聞かれたら、多くの人が『モナ・リザ』と答えるのではないだろうか。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』(1503〜19年頃)(画像=ルーヴル美術館所蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

そして、その答えを否定する人はほとんどいないだろう。

では、なぜ『モナ・リザ』は世界で一番美しいのか。

そう聞かれたら、あなたは即答できるだろうか。

「顔が美しいから」

そう答える人が多いかもしれない。確かに、彼女の顔は穏やかで、どこか神秘的な微笑みを浮かべている。しかし、本当にそれだけだろうか。

なぜなら美の基準は時代によって変わる。

10年前に流行していたファッションを思い浮かべてほしい。当時は最先端だったものが、今見ると古臭く感じることがあるだろう。

美の感覚とは、それほど移ろいやすいものなのだ。

そうであるにもかかわらず、『モナ・リザ』は500年以上の時が経っても、美の到達点として語られている。

それは顔立ちが美しいからではない。衣装が豪華だからでもない。

■『モナ・リザ』には輪郭線がない

答えは、技法にある。

『モナ・リザ』の輪郭をよく見てほしい。

頬から顎にかけてのライン。

どこにも明確な線が引かれていないことに気づくだろうか。

境界線がぼんやりとぼかされ、肌と背景が柔らかく溶け合っている。

これは「スフマート」と呼ばれる技法だ。ダ・ヴィンチが生み出したとされる、革命的な手法である。

ダ・ヴィンチ以前、画家たちは輪郭線を描くのが当たり前だった。対象の形をはっきりと線で縁取り、そこに色を塗る。それが絵画の常識だった。

ダ・ヴィンチはその常識を壊した。

輪郭線を描かず、色と色の境界を何層にもわたってぼかしていく。気の遠くなるような作業を繰り返すことで、まるで本物の人間の肌のような、柔らかな質感を生み出した。

絵なのに、そこに血が通っているように見える。それがスフマートの力だ。

そして、ダ・ヴィンチの作品の中でも、このスフマートが最も見事に使われているのが『モナ・リザ』なのである。

顔が美しいから名画なのではない。それまでの美術史に存在しなかった、まったく新しい美しさを生み出したから名画なのだ。

『モナ・リザ』が世界で一番美しいと言われる理由。それは、美の歴史を塗り替えた1枚だからである。

■ミラノにある有名な「最後の晩餐」

世界で最も有名な食事風景。しかし、この絵には奇妙な点がある。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』(1495〜1498年頃)(画像=サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会所蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

普通、食事をする時、人は向かい合って座る。

特に13人もいれば、テーブルを囲むはずだ。

それなのに、この絵では全員が同じ側に横一列に並んでいる。

まるで記念写真のように。

なぜダ・ヴィンチは、こんな不自然な構図を選んだのか?

レオナルド・ダ・ヴィンチの自画像(推定)、1569年頃(画像=トリノ王立図書館所蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons)

答えは、この食事が「普通の食事」ではないからだ。

これは、裏切りが暴かれる瞬間を描いた絵なのだ。

場面は紀元30年頃のエルサレム。

イエス・キリストと12人の弟子たちの食事のシーン。一見、和やかな夕食に見える。

しかし、たった今、爆弾が投下された。

「この中に、私を裏切る者がいる」

イエスの言葉が、食卓を凍りつかせた。

よく見ると、12人の反応がすべて違う。

驚愕する者、否定する者、隣の者と囁き合う者。

まるで波紋が広がるように、動揺が伝わっていく。

そして、左から4番目の男に注目してほしい。他の弟子たちがイエスの方を向いているのに、この男だけが体を反らし、顔を背けている。

さらに決定的なのは、彼の右手だ。しっかりと袋を握りしめている。

その中身は、銀貨30枚。

イエスを売った代金だ。

■誰が動揺しているかを見せる

この男こそ、イスカリオテのユダ。数時間後、彼はイエスに接吻をして、敵対者に「この人だ」と教える。その裏切りの報酬が、今まさに彼の手の中にある。

井上響『ムンクは何を叫んでいるのか?』(サンマーク出版)

ダ・ヴィンチが全員を横一列に配置したのは、この瞬間を観客に「目撃」させるためだった。

まるで舞台のように、13人全員の表情と仕草が一度に見える。誰が動揺し、誰が怒り、誰が恐れているか。そして、誰が裏切り者か。

中央のイエスだけが、静かに運命を受け入れている。

彼は知っていた。自分がこれから十字架にかけられることも、それが人類の救済のために必要なことも。

『最後の晩餐』という題名の意味がここにある。これは単なる最後の食事ではない。信頼が崩壊し、運命が動き出す、まさに「最後」の瞬間なのだ。

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井上 響(いのうえ・ひびき)
美術史ソムリエ、クリエイター
東京大学文学部人文学科美術史学専修卒。「美術館が2割面白くなる解説」というTikTokアカウントをメインに、西洋絵画の背後にある物語や美術史を誰でも楽しめるように発信。2025年5月現在、SNS総フォロワーは19万人を超えている。著書:『美術館が面白くなる大人の教養 「なんかよかった」で終わらない 絵画の観方』(KADOKAWA)。
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(美術史ソムリエ、クリエイター 井上 響)