『TO BE HERO X』©bilibili/BeDream, Aniplex

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 4月6日よりフジテレビ系で放送がスタートしたアニメ『TO BE HERO X』は、bilibiliとアニプレックスによる国際共同制作。信頼が“数値化”され、ヒーローたちのランキングが変動するという近未来的な設定、そして2Dと3DCGを融合したアニメーションスタイルを採用した本作は、放送開始直後から視聴者のあいだで議論を呼んでいる。

参考:花江夏樹は“日常に寄り添う声”を持つ 『ダンダダン』から「はま寿司」ナレーションまで

 第1話の放送を受けて、個人的には期待通りの導入であったと感じているが、日本国内では、「Filmarks」をはじめとするレビューサイトでの初期反応は賛否が分かれている。斬新なアニメーションや現代社会を反映したテーマ性を評価する声がある一方、「展開が急すぎる」「3DCGへの好みが分かれる」といった否定的な意見も少なくない。特にアニメーション表現に関しては、日本における手描き原理主義の影響も根強く、革新的であるがゆえの批判を受けている側面もあるだろう。

 興味深いのは、そうした国内評価の中で、花江夏樹をはじめとする声優陣の演技に対する具体的な称賛があまり見られないことだ。これは、作品そのもののクオリティへの議論が優先され、個別の演技の評価にまで目が向きにくい初期フェーズであること、またヒーロー像がまだ全容を見せていないことに起因しているだろう。

 一方、英語圏においては、アニメレビューサイトやYouTube、Redditなどでの言及を見ると、作品への初期反応は比較的ポジティブだ。海外作品に触発されたとされるアートスタイルや、社会批評的な物語構造に対して好意的な反応が多い。だが、日本語キャストの演技に対する明示的な評価はほとんど見られない。これは、英語圏でのアニメ視聴において吹替版が普及していること、そして西洋のレビュー文化が構造的・演出的評価に軸足を置く傾向にあることに起因している。

 とはいえ、PinterestやART street、DeviantArtなどのプラットフォームでは、早くもナイスのファンアートが投稿されはじめており、キャラクターそのものへの感情的な親近感が芽生えていることが伺える。花江の演技そのものが言語化されてはいないが、彼の声によって息づいたナイスというキャラクターが、視覚的かつ情緒的に受け入れられている可能性は高い。

 こうした評価の分岐には、日英の“声優文化”そのものの違いも大きく関与している。日本では、声優は演技者であると同時にタレントであり、作品の魅力を担保する“顔”としての役割も求められる。声優アワードのような制度が存在し、演技そのものが社会的に評価される文化的土壌があるのだ。一方で、英語圏では字幕文化の薄さや吹替視聴の主流化によって、オリジナルキャストの演技が視聴体験に占める比重は相対的に小さい。評価軸は構成や映像、ストーリーに置かれがちで、声優の“演技力”という評価基準は後回しになる傾向は無視できない。

■『TO BE HERO X』で花江夏樹が提示する、新たなヒーロー像 そんな本作で花江は、中心人物の一人であるヒーロー・ナイスを演じている。信頼度ランキング10位という微妙なポジションにいるナイスは、表向きはまさに“信頼されるヒーロー”そのもの。だが物語が進むにつれ、その裏にある多面的な人物像が少しずつ見えてきた。

 ナイスは、正統派のルックスと倫理観を備えたキャラクターでありながら、視聴者にはどこか整いすぎている印象を残している。花江は、『東京喰種トーキョーグール』の金木研、『ダイヤのA』の小湊春市、『ダンダダン』の高倉健(オカルン)といった役を通じて、表向きの穏やかさと内に秘めた複雑な情念を共存させる演技を見せてきた。『TO BE HERO X』の第1話でも、表向きの完璧なヒーロー像と、平凡な平社員としての姿の二面性を高い解像度で演じており、これぞ花江の真骨頂とも言えるキャラクターだった。

 花江の声は、どこまでも誠実で、真っ直ぐだ。だが同時に、その語りの中には、感情の奥行きや抑制のニュアンスが絶えず漂っている。これは、単純な“清廉なヒーロー”というだけではなく、信頼されることに対する葛藤やプレッシャーが、声のトーンそのものに織り込まれているからだろう。また、花江の演技に特徴的なのは、セリフの外にある余白の作り方だ。発語のタイミングや語尾の処理に繊細さが備わっており、観る者に「何かを考えている」「何かを抱えている」人物としてナイスを印象づける。こうした声による人物の揺らぎは、彼がこれまで数々の役で培ってきた技術であり、ナイスというキャラクターに確かなリアリティを与えてくれている。

 『TO BE HERO X』は“信頼”を可視化する物語であり、ナイスというキャラクター自身もまた、視聴者の信頼を獲得できるかが問われている。その鍵を握るのが、花江夏樹の声の力であることは間違いない。物語が進行し、ナイスの過去や葛藤が明らかになるにつれ、花江の演技もまた、より複雑な情感を求められるだろう。そのとき、ようやく花江夏樹のナイスという存在が、本格的に評価されはじめるのかもしれない。

 国内外で異なる尺度の中に置かれているこの作品において、花江夏樹の演技が、言語も文化も超えて“信頼に足るヒーロー”として視聴者の記憶に残るのか。その答えは、これからの展開に託されている。(文=川崎龍也)