@AUTOCAR

写真拡大 (全5枚)

予想を裏切るツイン・テールフィンの後ろ姿

年代物のクラシックカーでも、斜め前方から撮影した写真を見れば、後ろ姿は想像できる場合が多い。しかし、すべてがそうとは限らない。小柄なブリストル450ル・マンは、予想を裏切るスタイリングをまとう。

【画像】ツインフィン ブリストル450ル・マン 同社の量産モデル 同時期のオスカとロータスも 全117枚

不自然に長く見えるプロポーションは、デザイナーの空気力学に対する考えによるもの。横へ回ると、戦闘機のように細長いだけではないことがわかる。垂直尾翼のようなテールフィンが、弧を描くリアエンドに突き出ている。2枚。


ブリストル450ル・マン(1954年仕様の再現モデル)

機能美とも表現できなくないボディは、フランス人アーティストのオリヴィエ・ボレ氏に強い動機付けを与えた。失われたクーペボディを蘇らせたいという衝動に。

「空力特性に長けたモデルを探していました。特徴的で珍しいデザインが好きなんです。ブガッティ・アトランティーク(タイプ57)のような、流線型へ魅了されてきました」。かなりのクラシックカー・マニア、ボレが経緯を説明する。

「でも、魅力的なクルマの多くは入手が難しい。価格も高すぎます」。と話す彼は、ブリストル404のオーナーだった過去がある。テールに小さなフィンが生えた、滑らかなボディのクーペだ。450ル・マンへとボレを導いたきっかけになった。

このブリストルは、1950年代初頭のル・マン24時間レースへ向けて4台製造されているが、現存するのはシャシー番号11の1台のみ。しかしロードスターにコンバージョンされ、余生を過ごしている。

クーペボディ復活への糸口になった対面

グレートブリテン島南部、ウィルトシャーを拠点にブリストル・カーズの再生を図るコーチビルダー、ミッチェル・モーターズ社のアンドリュー・ミッチェル氏とボレとの対面が、クーペボディ復活への糸口になった。アイデアはプロジェクトへ進展した。

「ミッチェルは惹き込まれるように関心を示しました。オリジナルが消滅しているので、考えは正当化されました。他に存在するクルマのレプリカではないという点で」


ブリストル450ル・マン(1954年仕様の再現モデル)とオーナーのオリヴィエ・ボレ氏

2人は可能な限りブリストルの部品を用いることに決め、シャシー探しからスタート。スペースフレームのオリジナルは、遥か以前にカタチを失っていた。

「ミッチェルが、1953年に作られた406の開発用シャシーを発見しました。もちろん、ベースとして即決で買いました」。ボレが笑みを浮かべる。

次は、標準のソレックス・キャブレターを1基ではなく、ツインチョークでキャブレターを3基搭載した「12パイプ」と呼ばれるエンジン。インテークダクトとエグゾーストパイプを合計して、12本のパイプが備わることからこの名が付いた。

生産数が限られたユニットだったものの、ボレが発見。できる限り当時の状態へ近づけ、リビルドを完了させた。

トランスミッションはル・マン仕様ではトランスアクスルだったが、これは断念。オーバードライブが備わるブリストル社製の4速マニュアルが、直列6気筒エンジンの後方に組まれている。

「このレイアウトで、エグゾーストの取り回しに影響が出ています。でも、複雑なマニフォールドのカタチは当時と同じです」

300枚に及ぶ写真から3Dデータ化

450ル・マンの姿を忠実に再現することへ、2人は拘った。ブリストル400から405まで、量産ボディの成形型は2020年に同社が倒産した時点で救出されていた。だが、450の成形型は行方不明のまま。設計図をもとに、復元するしかなかった。

「ミッチェルが図面を発見。画像などから3次元データを構築してくれる企業を頼りました。その3次元データをもとに、造形する土台を作っています」。エンジンルームやインテリアなど、300枚に及ぶ写真が提供された。


ブリストル450ル・マン(1954年仕様)

飛行機の翼の骨組みのように、合板でボディの断面を構成。それを滑らかに結ぶことで、アルミニウム製ボディパネルの輪郭を導いている。「ミッチェルが営むコーチビルダーには、ラディックさんという腕利きの職人がいます」

細いスチール製ワイヤーの骨組みに、ボディパネルが組み合わされている。「彼は細部へ注意を払いながら、素晴らしい仕事をこなしました。ワンピースのボディは、単体で持ち上げられる強度もあります。完成に2年を要しましたが」

1954年のル・マン・マシンを復元するには、美しいフォルムへ塗装も必要だった。ボレが続ける。「1953年にブリストル・カーズはブリティッシュ・レーシンググリーンでボディを塗りました」

「ところが、一部のジャーナリストがジャガーと混同していたんです。色が似ていたためですね。そこで1954年はグラス・グリーンという明るい色を選んでいます。でも、当時のペイントサンプルは残っていませんでした」

ステアリングは当時のドライバーが保管

「正確に塗装色を確認するため、発見できたカラー写真を集めてフィルムメーカーのコダックへ色の再現を依頼しています。僅かに光沢を抑えることで、レーシングカーっぽさを出しました」

ブレーキは、アルフィン・ドラムではなくディスクブレーキを装備する。アルミホイールは、リムとディスク部分が別体。これは、専門家によって丁寧に再現された。


ブリストル450ル・マンのボディを再現する様子

作業が進むなかで、ボレはブリストル・カーズがモータースポーツで獲得した記念アイテムも見つけ出した。1945年のル・マンのトロフィーや、記念のマグカップなど。

「レーシングドライバーのジャック・フェアマンさんが握ったステアリングホイールは、本人が保存していました。ミッチェルの人脈が、大きく役立ちましたね」

「当初、彼は売る気はないと話していました。しかし、450ル・マンの再現に賛同し、タコメーターと一緒に譲ってくれました。33番のゼッケンを付けた理由でもあります。フェアマンさんとトミー・ウィズダムさんのペアが、ドライブした番号です」

「彼が着用したハーバート・ジョンソン社のライトブルーのヘルメットと、グローブ、メガネ、ツナギなども入手できたんですよ。それ以外のコクピットは、貴重なインテリアの写真から専門家の助言を得て再現しています」

「メーター類をブラックに塗ったアルミパネルの上に並べ、カウルで覆いました。スイッチには、当時のように手書きでラベリングしています」

薄いカーペットが敷かれていたものの、車内は基本的にむき出し状態。ドアは硬い内張りで仕立てられている。

この続きは後編にて。