究極の「3K仕事」であるゴミ屋敷清掃。時にはゴミ屋敷の住人自身から依頼が来ることもある。今振り返って「最もキツイ現場」だったのは、意外にも都内一戸建てに住む50代の公務員男性からの依頼だった――。(連載第3回)
撮影=笹井恵里子
東京都内の一戸建てに住む50代の公務員の自宅。 - 撮影=笹井恵里子

■「正常な人」が物を捨てられなくなっていく

一般に価値のない物でも捨てるのに著しい苦痛を感じる「ためこみ症」という病気がある。

2013年、米国精神医学会がつくる精神疾患の国際的診断基準で定義された。ためこむ物は、雑誌や書籍、新聞、食料品、空き箱などさまざまで、将来の使用に備えて整理することができず、ゴミの山のように積み重なっていく状態だ。つまり、芸術品のようなものを収集する癖があっても、整理し、飾るなどして楽しんでいる人はためこみ症ではない。

九州大学病院精神科の中尾智博教授は、こう話す。

九州大学病院精神科の中尾智博教授

「ためこみ症の症状は大きく、(を大量に集める、∪依整頓ができない(食べても置きっぱなし)、Jへの執着が強くて捨てられないの3つです。中には物を捨てることは体の一部を取られるようだ、という人もいる。ゴミじゃないと否定する場合もあるでしょう」

周囲を見渡しても部屋が片付けられない人は、よく目にする。病気かそうでないかの境目は何か。それは「障害の程度」であるという。

「床面がちゃんと床として機能しているか。テーブルの上に物が山積みになっていないか。洗面台やお風呂も、使える状態になっているか。生活空間が機能せず、しかもそれが前述した3つの要素によってもたらされたものであれば“ためこみ症”と診断します」(中尾教授)

■きちんとした職を持つ人でも「ゴミ屋敷」に住んでいる

病気の原因はよくわかっていないが、遺伝的な要因が大きいとされる。遺伝的なかかりやすさを持った人が、心理的にショックな経験をすると、発症リスクが高まるという。

【連載】「こんな家に住んでいると、人は死にます」はこちら

「病気なのですが、ためこみに関係する、物の過剰な収集や整理整頓が苦手といった点を除けば、そのほかのコミュニケーションや仕事をする機能は保たれている。したがって周囲から気づかれにくい。教師や大手企業にお勤めのためこみ症の患者さんもいます」

そう、第2回で取り上げたケースもそうだったが、きちんとした職を持つ人がゴミ屋敷に住んでいるという例は少なくない。

こんなケースもあった。東京都内の一戸建てに住む50代の公務員男性。親と同居していたが、1年前に亡くなり、もともと片付けられない傾向のあった男性宅が、ゴミ屋敷となっていったという。

■「このままこの家に住み続ければ、絶対に死にます」

依頼者で家主本人である男性は健在だ。そして依頼内容は、「家の中の物を全部片付ける」ではなく、「エアコン設置のための動線を確保してほしい」というもの。現状では、エアコン設置のための作業ができないほど床がゴミで埋め尽くされている。生前・遺品整理を手がける「あんしんネット」の事業責任者である石見良教さんは、「このままこの家に住み続ければ、絶対に死にます」と太鼓判を押すほどのゴミ部屋という。

しかしそれでも私は、「2、3時間の作業で終了予定」と聞いていたこともあり、この現場はラクだろうと高をくくっていた。甘かった。これまで私が作業した現場の中で、ここよりゴミの量が多い家はほかにもあったが、最もキツかったのがこの男性宅の整理だった。

玄関に足を一歩踏み入れた時、よくこれで生きていられるな、と感じた。家主に「土足で家の中に入らせてもらっていいか」と聞くと、あっさり了承。初対面の家主に躊躇なくそれを尋ねてしまうほど汚いのだ。玄関や廊下には数多くのゴキブリの死骸があった。どれもこれもぺちゃんこにつぶれている。踏みつけたのか、殺虫剤をまいたのかはわからないが、なぜ死骸を放置しているのだろう。

■物を動かすたびに2センチ程度のミミズのような虫と格闘

エアコンを設置するのは2階の、男性の主な居住空間である壁上部。ベッドを動かす必要があり、その周りも片付けなければならないが、寝具周辺は食べ散らかした物であふれている。緑色のカビが生えた食品もあちこちに見え、そして室内で猫に餌をあげているのか、大量のキャットフードがばらまかれていた。男性は「飼い猫」と主張するが、どうやら近所の「野良猫」を出入りさせているらしい。

実は、「ペットのためこみ症」というものもある。前出の中尾教授の話。

「ペットを室内で多く飼っていても、世話や衛生管理ができていればためこみ症といえません。けれども犬や猫を多く飼っているのに餌をやりっぱなしで糞尿の処理をせず、室内が極めて不衛生で悪臭を放っているような場合は、ペットのためこみ症の可能性があります」

その男性がいる居住空間は“不衛生”という一言では済ませられない。足元には2センチ程度のミミズのような虫が何百匹、いや一室でいうと、もはや何千匹のレベルでうにょうにょと生息していた。

撮影=笹井恵里子
男性がいる居住空間には2センチ程度のミミズのような虫が無数にいた。 - 撮影=笹井恵里子

普段、人の血や死んだ虫には動じない私も、それを目にした時、さすがに青ざめた。この後、室内の物を動かすたびにその虫と格闘することになる。

■片付けなければいけない現実から目を背けている

本件の作業はチーフ、男性アルバイト、私の3人で行った。玄関から続く廊下、階段、2階の廊下、男性の居住空間(=エアコンの設置場所)を片付けるのがノルマだ。「捨てるもの」「食品・処理困難物」、そして男性が大切にしている「書類」の3つのゾーンを作り、ダンボールや90リットルのゴミ袋にどんどん仕分けをしていく。

「これ、何かの癖なんですかね」

清掃作業中、男性アルバイトが私にスーパーのビニール袋の中を見せてくれた。そこにはペットボトルや弁当箱など、ありとあらゆるもののラベルが4センチ四方に切り刻まれて詰まっていた。室内を見渡すと、そういったビニールや破片が無数にある。

あとからこの件を石見さんに聞いてみると、「没頭」という言葉が返ってきた。

「ゴミ屋敷化する人はゲームに夢中になったり問題集を解いたり、他人とのやりとりがなく一人で没頭できる習癖を持つ人が大半です。片付けなければいけない現実から目を背けているように私には見えます」

■膝元くらいの位置までゴミがあるのに、洗濯機がまわっている

時間にすれば2時間半だが、私は永遠のように長く感じた。

チーフが家主の男性に「作業終了」の報告をする。エアコン設置のスペースができたことを確認してもらい、皆で1階に下りると、隙間から見えるゴミ部屋の状態がすさまじかった。そう1階はまだゴミ部屋のままだ。

撮影=笹井恵里子
1階のゴミ部屋は膝元あたりまでゴミがたまっていた。 - 撮影=笹井恵里子

もはや膝元くらいの位置までゴミがたまっている。それなのに部屋の片隅で洗濯機がまわっているのが何とも滑稽だった。

チーフが「全部、きれいにしたほうがいいですよ」と声をかけると、家主の男性はこくりとうなずく。だが、しばらくして、

「でも……せっかく集めたんですけどねぇ」

第三者にはゴミにしか見えないものを、男性は「集めた」と、たしかに言ったのだった。

■身近な人がコーチングしていくことが大切

「ためこみ症」に関して有効な治療法はまだ確立していないが、この公務員男性の場合なら、一度家の中の全てを業者に片づけてもらい、医療機関や行政につながることができれば、死に至るような重症化を防げるかもしれない。中尾教授も「食べたら片付けることなど、一つ一つの行動、整理整頓の仕方を、身近な人がコーチングしていくことが大切」という。

特に重要なのが「捨てる行動」だ。

「物によって実用性を考えた保存期間があります。レシートなら1年、新聞なら3カ月、大事な物なら3年など“保存期間の決まり”をつくり、その期間を経過したら捨てていく。洋服なら1年着なかったものは捨てていく、思い入れのある物なら部分的に切り取って保存するというやり方もあるでしょう。一つひとつの物に対してどうして捨てられないのか、ためているのか、本人なりの意味があるので、それを誰かが聞いてあげ、一緒に考え、捨てる行動をサポートできる形が望ましいですね」

■その人の将来を一緒に考える人が隣にいるといい

「インターネットでは買わない」など、入手ルートをしぼるのもいい。石見さんも「インターネットによる買い物で“欲しい欲”が簡単に満たせることもゴミ屋敷化が増える一因」と指摘している。

ためこみ症の人は、「未来へのプランニング」が弱い傾向にある。食べるかもしれない、あとで必要になるかもしれない、セールだったから買っておこうなど、視点が常に“今”にしか置かれていないのが特徴だ。

その人の将来を一緒に考える人が隣にいるといい。そうすれば一人で没頭するのではなく、誰かと分かち合う時間が生まれ、何かを埋め合わせるために大量の物をためこむ意欲が低下するのではないかと思った。(続く。第4回は11月20日配信予定)

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、『室温を2度上げると健康寿命は4歳のびる』(光文社新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)