再雇用で「年収400万円」に半減した60歳元部長の「偽りの二重生活」。朝7時、いつものスーツに身を包んで向かう「まさかの行先」【CFPの助言】
定年後も働き続けることが当たり前になりつつある中で、60歳以降も再雇用で働くという選択をしたものの、それまでとのギャップに悩む方も少なくありません。実際に、役職や収入の変化、人間関係の逆転に戸惑い、退職を選んでしまうケースも見られます。今回はトータルマネーコンサルタント・CFPの新井智美氏が、このような問題に対する解決策や注意点について解説します。
元部長としてのプライドと現実の落差
東京都内に住む佐藤和彦さん(60歳)は、メーカー企業で長年勤務し、定年前は営業部長として年収800万円を得ていました。
年収800万円時代の手取りは年間600万円前後。月々の手取りは賞与を除いて約40万円台。部下からの信頼も厚く、定年後も再雇用制度を利用して働き続けるつもりでした。
しかし、60歳を迎えた春、状況は一変します。再雇用後の年収は400万円と、定年前のちょうど半分に減少し、手取りは年間約310万円前後。月ベースでは、おおよそ26万円程度になります。
さらに役職は外れ、「元部長」と呼ばれる立場になりました。新たな上司は、かつての部下だった人物です。
「給料は激減して、部下のほうが偉くなる。頭では分かっていたつもりでしたが、現実は想像以上に厳しかったですね」
そう和彦さんは当時を振り返ります。
電車を途中下車…いつものスーツで向かう先
再雇用後も、和彦さんはこれまで通りスーツを着て朝7時に家を出ていました。しかし、その足取りは徐々に重くなっていきます。
ある日、会社へ向かう途中で足が止まり、そのまま電車を降りました。向かった先は、図書館です。新聞を読みながら時間をつぶし、その後は映画館へ。夕方前にハローワークに立ち寄り、求人票を眺めました。
翌日も、スーツを着て家を出たものの、同じように電車を途中下車。図書館へ向かい、美術館に行ったり、ハローワークを覗いてみたりするようになりました。
会社には体調不良を理由に欠勤連絡を入れ続けましたが、やがて限界を迎え、正式に退職を決断します。
ただし、その事実を妻の恵子さん(58歳)には打ち明けられず、会社に行っているように振る舞い続けていました。
再雇用の給与はなぜ大きく下がるのか
再雇用後の給与が大きく下がるのは、制度上ある程度やむを得ない側面があります。多くの企業では、定年前の役職や責任に応じた賃金体系から、職務内容に応じた再設定へと切り替わるためです。
実際に、厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、高年齢者の再雇用後の賃金は「定年前の50〜80%程度」となるケースが多く 、和彦さんのように半分になるケースも決して珍しいことではありません。
和彦さんは退職金として2,000万円を受け取っていました。退職金は「退職所得控除」が適用されるため、勤続38年の和彦さんの場合、2,000万円の大半が手元に残る計算です。
「しばらくはこれで何とかなる」と考えていましたが、見落としていたのが「継続して得られるはずだった収入」です。
仮に再雇用後、年収400万円で65歳まで5年間働いた場合、額面ベースで総額2,000万円、手取りは1,500万円程度になるはずでした。一方で退職してしまえば、この収入はゼロになります。
さらに、再就職によって同水準の収入を得るのは簡単ではありません。60歳以降の求人は、非正規や低賃金のものが多く、年収200万円台になるケースも珍しくないのが現実です。
「辞めた後」のほうが厳しい現実
再就職のため、本腰を入れてハローワークで仕事を探し始めた和彦さんは、すぐに現実の厳しさに直面しました。
当初、和彦さんは「自分のような経歴なら、それなりのポストがあるはずだ」と高を括っていました。しかし、検索端末に「年収500万円以上」「管理職」といった条件を入力しても、画面には「該当する求人はありません」という無慈悲なメッセージが表示されるばかり。
「退職前、ぼんやり求人を見ているうちは、現実的じゃなかった。『非公開求人もあるだろうし、見つかるだろう』と思っていたんですが……」
しかし、求人の多くは、警備員や清掃スタッフ、短時間勤務の仕事など。これまでの経験を生かせる仕事は限られており、あったとしても給与は大幅に下がります。「元部長」という肩書は、再就職市場ではほとんど評価されにくいことも実感しました。
さらに、空白期間が長くなるほど再就職は不利になります。精神的な負担も増し、「あのとき我慢していれば」と後悔する場面も増えていきました。
「妻に言い出せない」決まらない仕事、減っていく貯金に脅える日々
和彦さんが最も苦しんでいるのは、妻に退職したことを言い出せず、偽りの生活を続けていることです。
恵子さんはパート勤務で年収約120万円。本来なら家計の大黒柱は和彦さんです。退職後、待期・給付制限期間を経て、和彦さんは雇用保険に基づく失業手当(基本手当)を受給しています。再雇用時の年収400万円を基にすると、1日あたりの基本手当はおおよそ6,000円程度。給付日数は150日程度となり、総額では約90万円ほどです。
一見すると生活の足しにはなりますが、月換算では約18万円程度に過ぎません。住宅ローンは完済しているものの、貯金を切り崩しながら生活している状態です。
実際に和彦さん夫婦の毎月の支出は約25万円。つまり、毎月7万円前後の赤字になる計算です。しかも失業手当には期限があります。
すでに、退職をしてから7ヵ月。「仕事が決まらなければ、近いうちに貯蓄を取り崩す生活になる」「妻にはいつ打ち明ければいいのか」など、不安は日に日に大きくなるばかり。和彦さんは耐えがたい日々を送っています。
耐えるか、辞めるかではなく「どう備えるか」
再雇用後の環境変化は、多くの人にとって想像以上に大きなストレスとなります。しかし、感情だけで判断してしまうと、後の生活に大きな影響を及ぼします。
まず重要なのは、「収入の総額」で考える視点です。年収が下がったとしても、安定収入が5年間続く価値は決して小さくありません。
また、再雇用期間中に「次の働き方」を準備することも現実的な選択です。副業や資格取得、人脈づくりなど、在職中だからこそできる準備があります。
さらに、家族との情報共有も欠かせません。収入が変わる以上、生活水準の見直しは避けられませんが、それを一人で抱え込む必要はないのです。
和彦さんのケースは、決して特別なものではありません。再雇用による収入減や立場の変化は、多くの人が直面する現実です。 大切なのは、「耐えるか辞めるか」という二択ではなく、その変化にどう備え、どう乗り越えるかという考え方です。
収入が半減しても、安定した収入を確保する価値は大きい。一方で、辞めるのであれば、その後の生活設計まで見据えた準備が不可欠です。
60歳以降の働き方は、これまで以上に「戦略」が問われる時代に入っています。感情だけで動くのではなく、数字と現実を踏まえた選択が、将来の安心につながります。
新井智美
トータルマネーコンサルタント
CFP®
