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福岡県北九州市に住む女性は5年前、愛犬のトイプードルを動物病院での歯石除去の手術中に失った。それから4年、女性は弁護士をつけず、たった一人で裁判を起こし、勝訴した。

女性が本当に知りたかったのは、「なぜ死んだのか」だった。

「今後、同じような思いをする飼い主が出てほしくないんです」

そう語る女性は、カルテの記録と向き合いながら、独学で法廷に立ち続けた。

●大雪の夜、「心停止しました」

トイプードルのチロルは、旅行もキャンプもいつも一緒だった。女性にとっては「我が子のような存在」だったという。

突然の別れは、2021年1月に訪れた。

女性は、以前から通っていた近所の動物病院へチロルを預けた。全身麻酔による歯石除去。ありふれた処置のはずだった。

しかし、その日の午後9時ごろ、病院から電話が入る。

「心肺停止になりました」

女性は気が動転し、着の身着のままでタクシーに飛び乗った。

病院に到着すると、自ら心臓マッサージを試みた。

看護師でもある女性には、すでに手遅れであることは頭では理解できていた。それでも、手を止めることはできなかった。

午後10時過ぎ、チロルの死亡が確認された。

●カルテに残されていた矛盾

数時間前まで元気だったチロルが、なぜ突然亡くなったのか。

せめて最期に何が起きたのか知りたい──。

女性は民事調停を申し立てたが、病院側の関係者や代理人は出席せず、不成立に終わった。

弁護士にも相談した。しかし、動物医療過誤は専門性が高く、引き受け手を見つけるのは難しかった。

最後に女性が選んだのは、弁護士をつけずに自ら裁判を進める「本人訴訟」だった。

「チロルのことを一番知っているのは私です。それなら、自分自身で進めたら納得できるかもしれないって。どこまでできるか不安もありましたが、結果がどうあれ、最後までやってみようと思いました」

●ネットや市販テキストで独学、裁判官の助言も参考に

女性はネットで法律情報を集め、『本人訴訟ハンドブック』や『民事尋問戦略』などの本を読み込みながら訴状を書き上げた。

「中学校の社会の教科書を開くような感覚でした」

さらに、獣医学の専門書にも目を通した。獣医学生が使うテキストを熟読し、準備書面を作成していった。

法廷では、裁判官から「書面が読みにくいです」「次はここをポイントにして整理してください」と指摘を受けることもあった。

それでも女性は助言に従って修正を重ね、少しずつ主張を組み立てていった。

ある時、取り寄せたカルテのモニター記録に違和感を覚えた。

病院側から説明されていた「心肺停止」の時刻より後にも、血圧を測定した記録が残っていたのだ。

血圧が測れるということは、心臓が動いて脈があるということです。やっぱりおかしいと思いました」

病院側によると、チロルが亡くなった日は北九州市が雪に見舞われたため、歯石除去に立ち会っていた看護師を帰宅させていた。

その後は、獣医師が一人で、麻酔をかけたチロルを処置していたという。

さらに、モニターの警報アラームもオフになっていた。

福岡地裁小倉支部(今泉愛裁判長)は2025年2月、獣医師が単独で処置にあたっていたことや、アラームをオフにしていたこと、処置内容や監視体制について事前の説明を怠ったことを認定し、チロルの死亡との因果関係を認めた上で、病院側に対して女性へ約53万円を支払うよう命じた。

●チロルが残したもの

仕事を続けながら、睡眠時間を削って裁判資料と向き合う日々は3年に及んだ。

なぜ、そこまでして闘い続けたのか。

女性は静かに語る。

「やっぱり、私と同じような思いをする飼い主やワンちゃんが、これ以上現れてほしくないという思いが強かったです」

チロルが亡くなるまでは、裁判所に足を運んだことすらなかった。

それでも今回の経験を通じ、「司法を身近に感じた」と話す。

「4年間、悪いことばかりじゃなかった。裁判官は私の話を親身になってうなずいて聞いてくれました。裁判所には丁寧に審理していただいて、本当に感謝しています」

そして最後に、こう語った。

「チロルが亡くなったことで、私自身も看護師として、患者さんや家族により寄り添えるようになったというか、医療に対して、より慎重に、安全に向き合えている感じがします。これもあの子が残してくれたものなのかなと思っています。こうした経験が少しでも伝わって、安全な医療体制につながってほしいです」

*この記事は読者からの情報提供をもとに取材・作成しました