※写真はイメージです(Adobe Stock)

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昼夜を問わず働き続ける日々の中、ふと「これはいったい誰のためなのか?」と疑問に思う。職場の先輩や上司を横目に「ああはなりたくない」と心の中で呟く。果たして、今の働き方でいいのか。将来の自分に不安を感じることはないだろうか。
かつて月170時間の残業に耐え、組織ヒエラルキーの底辺にいた窓際SEのぶっくまさんは、読書をきっかけに人生を好転させた。

彼がどん底で気づいた「読書の方法」から、今の環境を打破し、自分の人生を取り戻すためのヒントを探る。働き方に悩むすべてのビジネスパーソンに贈る、泥臭い再起の記録である。 

◆喋れない少年がたどり着いた、虚無のオフィス

SNSの総フォロワー数18万人を超える読書系インフルエンサー、ぶっくまさん。そんな彼の原点は、極度の静寂に包まれた青春時代にある。 

中学校初日の自己紹介で言葉に詰まってしまった経験から、学校で一言も喋れなくなる「場面緘黙(かんもく)」のような状態に陥った。周囲の目を過剰に恐れる少年が選んだのは、目的のない進学だった。

漠然と「車の整備士」への憧れを抱き、その思いだけで工業高校から工業大学へと進学する。ぶっくまさんにとって、優秀な成績を維持することは「話さずにいられる居場所」を確保するための手段だった。彼にとって勉強とは、あくまで生存戦略の一つに過ぎなかったのだ。

大学卒業後、畑違いのSE職として就職したのはプライム市場(旧:東証一部上場企業)の子会社。研修期間を経て、配属された現場で待っていたのは「放置」という名の虚無である。

新人に対する具体的な教育体制はなく、指示もざっくりとしたものばかり。ぶっくまさんに与えられた最初の仕事は、社内用の簡素なツール作成のみであった。数ヶ月の作業を数週間で終えてしまい、膨大な「空白の時間」が残された。

やるべき仕事を見つけられず、デスクで上司の目を盗んでは「マインスイーパー」や「ソリティア」で時間を潰す日々。一方、別の現場では親会社の同期たちが華々しいプロジェクトに携わっていた。

所属する会社が違うだけで、機会も給与も明確に差別化される残酷なヒエラルキー。窓際部署の静寂の中で、彼は組織の使い捨ての歯車である現実を、痛いほどに突きつけられることとなる。

◆念願の仕事での大失敗とコミュニケーションの壁

あるとき念願の設計業務に携わるチャンスが巡ってきた。先輩の補佐役とはいえ、ついにシステム開発者としてクライアントの元へ足を運ぶことになったのだ。

しかし、そこでぶっくまさんは「コミュニケーション」の壁にぶつかる。顧客の要望を汲み取り、システムに落とし込む高度な対話が求められる現場で、自らの無力さを痛感することになる。

決定的な事件は、システムの稼働初日に起きた。偶然先輩が不在の日「システムが動かない」と苦情の電話が顧客から入ったのだ。ぶっくまさんはクレーム対応を誤ってしまう。言葉選びの不手際から相手をさらに逆上させ、最終的には本部長が直接謝罪に赴くほどの事態に発展した。

この失態により、再び黙々とコードを書くだけの部署へと異動を命じられる。最も直視したくなかった自らの弱点を、残酷な形で突きつけられた瞬間であった。

◆「過労死ライン」の日常と歪んだ連帯感

ぶっくまさんの日常は、月170時間の残業が常態化する過酷なものだった。朝9時に出勤し、退勤は連日23時過ぎ。終電ギリギリまで働き、睡眠時間は5時間程度。翌朝は前夜の疲れで起きられず、滑り込むように出社しては夜中まで働くというサイクルを繰り返していた。

社内には、現代の感覚では理解しがたい特異な文化が存在した。残業時間がかさむと管理職が注意を受けるため、実態よりも残業時間を少なく申告して「課長を助けよう」という謎のノリが蔓延していたのだ。サービス残業が「上司への応援」として肯定される空気があったという。