浅野こころさん

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本業のセクシー女優としての活躍はもちろん、音楽や文章の分野でも存在感を放つ浅野こころさん。吸い込まれそうな大きな瞳と、人懐っこい笑顔で人気を集める一方で、もともとは内向的で、人前に出るのが苦手だったという。
そんな彼女が、いまではライブ活動や執筆を通して、自身の思いを多くの人に届けている。その変化を支えてきた原点について、あらためて振り返ってもらった。

◆デビュー作品は地元ロケ、そこで気づいた本当の仙台愛

――セクシー女優の場合、身バレの問題があるので、中には地元を隠して活動をしている女優もいます。しかし、浅野さんは仙台出身を公表していますし、仙台出身をアピールしていますよね。

浅野こころ(以下、浅野):デビュー時は地元がそんなに好きじゃなかったんです。100万人都市と言っても地方の都市だから、みんな遊びに行く場所が同じなので、誰かしら知り合いに会うんです。そうすると、友人・知人に話したことが全部筒抜けになるんです(笑)。

――田舎あるある話です。

浅野:「どこどこで見たよ」って言われるのが、私はすごく嫌だったし、窮屈さを感じていたんです。だからデビューしたときもバレるんだろうなって思っていました。

――デビュー作は地元の仙台で異例のロケ撮影もしていました。

浅野:毎日のように行っていた場所や、いまは引っ越したんですけど、当時住んでいた実家から10分ぐらいの場所でも撮影をしていました。知り合いに見られてもいいやって思い、気にもしていなかったんです。

――かなりの勇気です。

浅野:デビュー作の時点では。地元がそんなに好きじゃないと思いながら撮影をしていたんですけど、馴染みのある場所で撮影をしているうちに「ここの道はよく自転車で通ったな」「ここの和菓子屋さんはすごい好きだったな」「ここは友達と遊んだ場所だな」とか、色々思い出すことがあり、意外と地元が好きなことに気が付いたんです。

――デビュー前にテレビドラマのオーディションも受けたそうですが、そのまま女優やタレントになろうとは思いませんでしたか?

浅野:顔を出して仕事をするなら、等身大で生身の姿で挑戦したいし、全部さらけ出したいと思ったんです。だから地元もちゃんと公表しているんだと思います。

――いまでも帰省していますか?

浅野:2ヶ月に1回ぐらいは帰省しています。

――上京して、さらに地元のよさを再認識したことはありますか?

浅野:人の動きがゆっくりです(笑)。東京だと、人の邪魔にならないように急いで歩かないといけないので、やっぱり焦るし、疲れちゃいます。でも、仙台は流れがゆっくりだし、せかせかしていないから、それが気楽でいいですね。

◆尾崎豊に恋をした少女、表現者に惹かれ続ける理由

――実は東京っていろんなことが異常なんですよね。そして、セクシー女優で大活躍する一方、ライブでも活躍しています。これまで40〜50代に突き刺さる楽曲をカバーしていますが、どなたのファンですか?

浅野:尾崎豊さん、槇原敬之さん、桑田佳祐さんがすごい好きです。

――浅野さんは現在23歳なので、親世代が聴いているアーティストですね。それで命日が近いので、時期的に尾崎豊さんの話をしましょうか。尾崎さんの曲はどこで出会ったんですか?

浅野:私が小学校低学年の頃に、父親がよく鼻歌を歌ったり、曲をかけて聴いていたりしたのが尾崎さんでした。家に尾崎さんの詩集があったので読んだら、感情むき出しの文章だし、「こんなことを書いていいの?」って思ったんです。そこで興味を持って、YouTubeのライブ映像を観たら、汗まみれの姿で床に転がって歌っている尾崎さんがいたんです。それを観て、魂で歌っている感じが伝わってきたんです。もうすでに亡くなっている方なんですけど、「尾崎豊と付き合いたい!」って本当に恋をしていました。だからなのか、年上の方ばかり好きになっちゃうんです(笑)。