2〜3歳違いの子を5人6人育て、20年近く園に通いつづけた親御さんもいるという――

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「その保育園に入れると、親がたくさん子どもを産み、育てるようになる」という、少子化の問題が顕在化する日本では信じがたい保育園が熊本にある。保護者が子だくさんになるという保育園では、いったいどんなことが行われているのだろうか。

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【写真】少子化に打ち勝った保育園の子どもたち 「もう一人育てたくなる」秘密とは

「その保育園に入れると、親がたくさん子どもを産み、育てるようになるんです。3人きょうだい、4人きょうだいというのは普通で、5人きょうだい、6人きょうだいという家族もいるみたいですよ」

 にわかには信じがたい話を聞いたのは、東京保育問題研究会という保育の研究団体で講演会をした時のことだった。

2〜3歳違いの子を5人6人育て、20年近く園に通いつづけた親御さんもいるという――

 今の時代、出産は個人が選択するべき権利であり、子どもがたくさんいるのが良いというわけではない。

 ただし、現在の日本では、国家の未来が脅かされるほど少子化が急速に進んでいるのも事実だ。既婚者の8割が「2人目の壁」を感じ、2024年の合計特殊出生率は1.15にまで落ちている。

 国が牋杣仝気少子化対策瓩魴任欧董∨菁数兆円もの血税を投じても、事態に歯止めがかかっていない。

 そうした社会の中で、保護者が子どもを預けるだけで、「もう1人産もう」と思いたくなる園がある。いったいどういうところなのか。

少子化に打ち勝った保育園」は熊本にある

 この奇跡のような園を3年間にわたって取材し、その謎を解き明かしたノンフィクションが『少子化に打ち勝った保育園─熊本「やまなみこども園」で起きた奇跡─』(新潮社)だ。

 本書に登場する創設者の山並道枝は次のように話す。

「うちの園の親御さんがたくさんの子どもを育てているのは事実です。昔から親御さんは『この園にずっといたいから、また1人作ることにしました』と言ってきます。2〜3歳違いの子を5人も6人も育てて、20年近く園に通いつづけた親御さんもいらっしゃるんですよ」

 実際、本書には7人の子どもを産み育てた母親が登場する。この母親も、結婚当初は子どもは2〜3人で十分と考えていたが、園とかかわっているうちに子育てが楽しくなり、気づいたら7人にも達していたという。

 やまなみこども園は、人口70万人の熊本市内の閑静な住宅街に位置しており、ほぼすべての保護者は共働きで、役所の職員や教員など平均的な収入の家庭が大半だ。子育て環境は、東京など大都会の一般的な家庭と同じといえるだろう。

 にもかかわらず、なぜ、少子化とは正反対の現象が起こるのか。

親としての成長

 本書ではその秘訣を、やまなみこども園のカルチャーとして8項目に分け、詳しく紹介している。中でも親からの支持が高いのが「親が親として成長できる環境が整っている」ことだ。

 道枝はこう語っていた。

「社会でどれだけ活躍しているハイ・キャリアの人であっても、最初は親としては素人なんです。人は子どもを産んだからといって、いきなり親になれるわけではありません。社会のキャリアとは別に、親が親として成長して初めて一人前の親になるのです。

 ところが今は、大人が親として育つ前に、園に子どもを丸投げすることが増えてきています。これでは、プライベートで子どもと接している時にストレスを感じるのは当たり前です。

 親が子育てに感動し、もう一人育てたいと思うには、社会人のキャリアとは別に、親として成長することが不可欠なのです」

 たとえば、それまで仕事一徹できた経営者が、いきなり「赤ちゃんに離乳食を食べさせてくれ」と言われても、「つらく面倒な作業」としか受け取れないかもしれない。この経営者にとっては仕事がすべてなので、その行為を「仕事の邪魔になる行為」としか感じられないからだ。

 一方、同じ経営者であっても、親として成長している人なら、それをスムーズに受け入れられる。経営者目線でなく、親目線で離乳食を見て、「もうこんなものを食べられるようになったんだ」と感心したり、声をかけて返ってくる反応に喜んだりできるからだ。

 後者の人は経営者としての自分とは別に、親としての自分を作り上げている。だから、切り替えて、それはそれとして楽しめる。

 あえてわかりやすく極端な例で説明したが、これは「寝かせつけ」「園の送り迎え」「沐浴」など、子育てにかんするあらゆることに当てはまるという。

子どもを預かるだけでなく…

 どうすれば、大人は社会人としての自分だけでなく、親として成長することができるのか。

 道枝の言葉を紹介したい。

「昔は子どもの頃から小さなきょうだいや親戚の世話をしたり、親や祖父母から教わったりしながら、自然に親となっていきました。親が親になる環境が当たり前のようにあったのです。

 でも、今はそうした環境が失われています。大人が社会人としてキャリアをつめる環境はあっても、親として成長する環境がないのです。

 だからこそ、私は保育園がその環境を用意することが必要だと思っています。単純に子どもを預かるだけでなく、親が親として成長できる機会をたくさん用意し、親として成長してもらうのです。それが園、親、子どもの三者が幸せになる方法だと思っています」

 親として成長する環境がなければ、大人は子育てにストレスしか感じず、保育士など専門家に任せるだけになる。園の側は、少子化なので親の要望に応えなければ園児が増えずに経営が成り立たないので、親の機嫌をうかがって、あれもこれもと言いなりになって受け入れていく。

 現在、多くの保育園の負担となっているのが、まさにこれだ。不要なほどの徹底的な管理、三食の提供、手ぶら保育、親用のカフェの設置……。これに追われて疲弊するのは現場の保育士だ。

 一方、やまなみこども園が行っているのは、親の不安を無条件で引き受けるのではなく、親としての成長を促すことで不安を幸福へ変える実践だ。

 細かな実践については、本書を参考にしていただきたいが、日常の保育から大きな行事まで、親が親として成長できる機会をたくさん用意しているため、気がつけば親の方が子育てをすることに生きがいを見出すようになっているのである。

「第二の青春」

 興味深いのは、やまなみこども園では、親として成長した結果、親自身が進んで保育に携わるようになる点だ。

 共働きの親であっても、シフトで休みの日に園に遊びに来て子どもたちの相手をしたり、運動会の親の出し物のために2週間以上も特訓をしたり、3日間の泊まりがけのキャンプに大半の父親が参加したりする。この時間を「第二の青春」という人も多い。

 一方で、全国的には、保護者の間には園や学校の行事にはなるべく参加したくないという空気が濃くなっている。なぜ、真逆のことが起きるのか。

 親の一人は次のように話す。

「私も最初は絶対に行事には参加したくないと思っていたんです。でも、この園には保護者が保育に参加することで、大きな感動とやりがいを得られる仕組みがたくさんあるんです。

 それに、保育に参加すればするほど、子どもはびっくりするほどのスピードで成長していく。わずか1週間で別人になったと感じるくらいの成長速度なんです。それに感銘を受けるから、余計に参加したいと思うようになるんです」

 道枝は常々、「親に一緒に楽しんでほしくない子どもはいない。子どもは親と共に取り組むから成長する」と語っている。

 運動会でも、キャンプでも、遠足でも、自分の親が参加し、夢中になって何かに取り組んでいれば、子どももそれを切磋琢磨して必死にやろうとする。その相乗効果によって、他園では見られないほどの驚異的な成長を遂げるのだ。

 これを象徴するのが、全国の園からの注目度の高さだ。運動会でも発表会でも、園児たちが桁違いの演奏や演技をするため、全国から保育関係者の視察が絶えない。それほどここの園児たちの成長速度は高い。

「遠くの親戚より、近くのやまなみ」

 さらにもう一つ、親同士だけでなく、地域の人たちが子育てを応援する環境もある。

 園では、親同士が普段から親睦を深め、大家族のような関係性を築いている。それによって親同士の関係性が非常に良く、「遠くの親戚より、近くのやまなみ」という合言葉ができているほどだ。

 たとえば、園では毎週末のように親たちが、キャンプ、食事会、映画鑑賞、芋掘り、温泉などイベントを開催して子どもたちの娯楽を作っている。自営業で土日も子どもを遊びに連れて行けない家庭の子どもについては、他の家庭が遊びに連れて行ってくれるのが日常茶飯事だ。

 また、大人同士が助け合うことは、仕事やプライベートで問題が起きた時にも及ぶ。家庭内暴力があれば、園の先生が介入して解決してくれるし、片親家庭に急な出張が入れば、誰かの親が子どもを数日預かってくれる。

「みんなで子どもを育てれば、子育ての喜びは何倍にもなる」

 親たちの口からこうした言葉が自然に出てくるのは、その実感があるからだろう。

 さらに、園の近隣住民も、子育てを応援する。園児の散歩の最中に自分の家の庭の柿を採って食べるのを許してくれたり、いかだを作って湖を渡る遊びを応援してくれたりする。

 こうしたことがやまなみこども園の保育を一段も二段も質の高いものにしている。保育の教科書として使用されている『子どもとつくる3歳児保育』で紹介される実践の大半が、やまなみこども園のそれであることが物語っている。

少子化ストップに必要なもの

 やまなみこども園で起きている奇跡を3年にわたって追いかけてわかったことが一つある。

 もし少子化に歯止めをかけたければ、国が何兆円という税金をいくら投入しても、親の仕事の負担を軽くするだけでは成果は乏しいということだ。

 それより、親が親として成長し、間近で子どもの驚異的な成長スピードに感動し、周りとその喜びを分ち合え、「第二の青春」と言えるような環境を作る方がよほど重要なことなのだ。

少子化に打ち勝った保育園』には、その実践と親が子だくさんになる秘訣を詳細に記したので参考にしていただければと思う。

 この記事を読んだ人の中には、「理想論に過ぎない」「立派だと思うけど自分は無理」と感じる人もいるだろう。しかし、こういう人にこそ、この園のことを知ってほしい。なぜならば、やまなみこども園を訪れた親の大半は、最初は同じように否定的な意見を持っているものの、その実践に触れたことで考えを180度変えているからだ。

 道枝は子育てについて次のように話していた。

「子育ては一人でできるものじゃないんです。みんなでやるからこそ、初めてできるし、その幸せを理解できるものなんです。

 ただ、今の時代には、今の時代にあったやり方があるはず。それをきちんと示して、実現できる環境を用意するのが保育園の役割なんじゃないでしょうか」

 子育てに否定的な意見が広まりがちな時代だからこそ、その道枝が言う「時代に合った役割」が少しでも広まり、多くの親と子に届くことを願う。

石井光太(いしい こうた)
1977年、東京生まれ。2021年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』など。『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。『ルポ スマホ育児が子供を壊す』(新潮社)はロングセラーとなっている。

デイリー新潮編集部