エッセイスト・作家のこだまさんが、特別支援学校の寄宿舎で職員として働いていた経験をもとに、ダウン症の18歳の青年と周囲の人たちとの交流を描いた小説『けんちゃん』(扶桑社刊)。ここでは、本作に深く共感したと語る、ダウン症のある二男・美良生(みらい)さんとの日常をブログなどで発信しているタレントの奥山佳恵さんとの対談をお届けします。

“本当の”モンスターは自分のなかの無知や偏見だった

ダウン症とは先天性の染色体異常症で、多くの場合知的な発達の遅れが見られ、全体的にゆっくり発育・発達していくのが特徴。この春中学2年生になる美良生さんを育てる奥山さんは、困難や苦労ばかりが語られがちなダウン症の子との生活を、ときにユーモラスに描写した本作に希望を抱いたといいます。

【写真】ダウン症の二男の子育てについて語る奥山佳恵さん

今回、奥山さんとこだまさんによる対談が実現。障がいのある子に対する無知や偏見、自立と支援のバランス、そしてだれもが生きやすい社会のヒントについて、語り合っていただきました。

――ダウン症は600〜800人に1人の割合で生まれ、国内に5〜8万人いるとされる先天性疾患ですが、いまだ偏見の目にさらされることもあります。奥山さんは、本作を読んでけんちゃんの描写にとても共感されたそうですね。

奥山佳恵さん(以下、奥山):けんちゃんの描写があまりにもリアルで、あまりにも愛おしくて、どうしてこんなにダウン症の子のことをよくご存じなんだろうと感激しました。彼らの愉快で面白い側面を、よくぞいきいきと文章にしてくださいました、というのが率直な感想ですね。

こだまさん(以下、こだま):この本を出すときに、当事者の方やその家族の方が読んでどう感じるのか心配だったんです。「こんなのきれいごとじゃないか」とか、「実際はもっとつらいんだよ」という声をいただくんじゃないかって。だから、そうおっしゃっていただいて少し安心しました。

奥山:ダウン症と聞くと怖いイメージをもたれている方も多いと思うんですね。私も最初に「お宅のお子さんはダウン症です」と告知されたときは、頭が真っ白になって「とんでもないモンスターがやってきた」と思いました。きっと家の中がめちゃくちゃになって、友達もいなくなり、仕事もできなくなってしまうんじゃないかと不安や恐怖でいっぱいだったんです。

こだま:その不安と、どのように向き合っていったのでしょうか?

奥山:でも、実際に子育てが始まると、その「モンスター」の正体は私の心のなかにいた無知や偏見だったんですよね。その子自身のことを知れば知るほど、障がいというベールで覆い隠されていた「特性」や「個性」が見えてきて、不安や恐怖は消えていきました。

ダウン症児との日常は、特別ではない

こだま:けんちゃんの物語を書こうと決めたとき、障がいのある子がじつは特別な才能をもっていて大成功を収める…みたいなストーリーではなくて、彼らのありのままの日常を描きたいとは当初から思っていました。寄宿舎での日常を見ていると、ダウン症の子は基本的にすごく穏やかで、時折ユーモラスな行動を見せたり、思わずみんなが寄っていきたくなるような雰囲気をもっているんですよね。

奥山:一般的にダウン症の子は、日常生活のルーティンを決めてあげると素直に従ってくれるので、なんていい子なんだろうと思います。ルーティンどおりにいかないとパニックを起こしたり、自分の世界観を壊されると駄々をこねたりすることもありますけど、やがて気持ちを落ち着けて穏やかさを取り戻していく。特別なことなんてなにもないなって思う日々ですね。美良生には定型発達のお兄ちゃんがいるんですが、私にとっては彼を育てる方が予測不能で大変でした(笑)。

こだま:奥山さんは美良生さんとの暮らしをブログでも発信されていますが、意識していることはありますか?

奥山:いちばん伝えたいのは、「思っていたよりも普通だったよ」ということ。最初に想像していたような恐怖の生活はなかったよ、ということを言いたくて。美良生のことを知ってもらうことで、みんなのなかにいるかもしれない「モンスター」が少しでも小さくなって、うちの子が生きやすくなると信じて、キャンペーンのつもりで発信活動を続けています。

大人よりも「そのまま」を受け入れる子どもたちの柔軟さ

――小説には、特別支援学級に入るか、通常学級に入るかで揺れるグレーゾーンの女の子も登場します。美良生さんのときにもそうした葛藤はありましたか?

奥山:小学校は特別支援学級に入れるつもりで手続きもしていたんですけど、インクルーシブ教育(※)を推奨する先生に「子どもは子どものなかで育つから」と背中を押されて、入学直前で通常学級に変更しました。そこでは、ほかの子よりひと回り小さい美良生のために、学校でいちばん小さい机とイスを用意してくれたり、水道の蛇口がうまくひねれないからと、ひとつをレバーに工事してくれたりと、さまざまな対策をしてくださいました。この子がどうしたら通常学級で学校生活を送れるか、先生方が本当に創意工夫してくださって、6年間を無事に過ごすことができました。

こだま:障害があるから、特別支援学級か特別支援学校のどっちかに行かなきゃいけないと思う親御さんは多いんですが、教育委員会や専門機関を交えた「就学相談」によって、サポートを受けながら通常学級に入れる可能性もあります。選択肢が増えるだけで生き方も広がりますよね。

奥山:なによりも驚いたのは、周りの子どもたちの柔軟さです。子どもたちにはそもそも「障がい」という概念がないので、肌の色が違う子も、なんらかの理由で頭髪がない女の子も、字が書けない美良生のことも、「お前はお前のままでいいよ」と、そのままの本人を受け入れてくれるんですよね。

こだま:周りのお友達との交流で、印象的だったことはありますか?

奥山:小学4年生のときだったか、家に遊びに来てくれた子どもたちに美良生がカルタをしたいと言い出して。けんちゃんと同じように、美良生にも少し吃音(きつおん)があって、興奮すると気持ちが先走って言葉が不明瞭になるんですが、あえて札の読み手になってもらいました。すると、いつも一緒に遊んでいる子たちは英語のリスニングのように彼の言葉を聞き取る力がついていて、ちゃんと札が取れるんですよ。取れない子も悔しいから一生懸命聞こうとして、だんだん聞き取れるようになってくる。だれかが教えなくても、遊びのなかで自然と共生しているんです。同じ場所で同じ時間を一緒に過ごしている強みだなと思いましたね。

こだま:私も寄宿舎で働くと決まったときは、障がいをもつ子の輪にどう入っていけばいいのか、どのくらい会話が成立するんだろうかと不安でいっぱいでしたが、いざ入ってみると、人懐っこい子も大人しい子もそれぞれいる。障がいの有無で決めつけていたことを恥ずかしく思いました。クラスに美良生さんのような子がいることで、障がいが特別なことではなくなっていくのは、とても理想的だなと思いました。

※ インクルーシブ教育…障害の有無、国籍、性別などに関わらず、すべての子どもが地域の通常の学校で、互いの個性や多様性を尊重し合いながらともに学ぶ教育システム

できないことは人に頼って補い合うのも「自立」のひとつ

――小説は「自立」がひとつのテーマになっています。こだまさんは職員時代、日常の動作にどこまで手を貸すか、見守るべきか悩んだそうですね。

こだま:寄宿舎は一日のスケジュールが決まっているので、時間になっても動けていない子がいると、つい手を貸したくなっちゃうんです。それがいちばんラクなんですが、全部やってあげてしまうと、将来的にその子が自立に向かう芽を摘んでしまうことにもなるので、悩みどころでした。

奥山:わかります。うちの子も、中学生になって制服のシャツのボタンを1個ずつ留めるのにすごく時間がかかって、「遅刻しちゃう!」っていつも歯がゆい思いをしていました。本当に時間と余裕との戦いですよね。

こだま:奥山さんは、美良生さんの自立を促すために心がけていることはありますか?

奥山:以前の私は「自分のことを自分で全部できるようになるのが自立だ」と思っていたんですけど、最近は「頼れる支援先をたくさんつくるのも自立のひとつだ」と思うようになりました。できないことはだれかの力を借りてもいいんだよなって。美良生は小学校低学年の頃、自力で傘を閉じることがどうしてもできなくて、そのとき私が教えたのは周りの人に「お願いします」と「ありがとう」を言う練習。それでいやな顔をする人って少なくて、案外みんな喜んで傘をたたんでくれるんですよね。私、この2つの言葉があれば、世の中は渡っていけるんじゃないかと思いました(笑)。

こだま:私も持病で指が曲がっていて、傘をたたんだり、ペットボトルのフタを開けたりするのがすごく苦手なので、気持ちはよくわかります。そんなとき、「これやってください」と見ず知らずの人にも言える社会の方が望ましいし、言ってもいいんだという心構えが自分のなかにあるだけでもラクになりますよね。

奥山:そうなんです。私自身もじつは料理や片付けがすごく苦手なので、今はそれをオープンにしてお友達に手伝ってもらっています。その代わり、学校の広報の仕事では絵を描いたりして、自分にできることを提供する。できないことを悪として、弱さを隠すのではなく、それぞれが得意なことを生かして、できないことをできる人が補い合えばいい。そのためにも私は、美良生にはどんどん表に出ていってもらって、みんなに彼のことを知ってもらいたいんです。障がいがあると迷惑をかけてしまうから…と社会から隠れたり、定型発達の人と分かれて暮らすのではなく、最初から混ぜこぜになって積極的に関わり合った方が、豊かな社会になると思うんですよね。