『名探偵コナン 隻眼の残像』©2025 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

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 劇場版『名探偵コナン』の勢いが止まらない。4月18日に公開されたシリーズ第28作『名探偵コナン 隻眼の残像(フラッシュバック)』が、わずか1カ月余りで興行収入133億円を突破。観客動員は921万人超と、もはや“春の風物詩”の枠を超え、日本映画界の年間収益を大きく左右するドルコンテンツとなっている。公開初日には10億円超の興収を叩き出し、すでにシリーズ歴代トップ3入りを果たしていることから、158億円の歴代最高記録更新も夢ではない情勢だ(※)。

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 今作の舞台は長野県の雪山。フィーチャーされたのは、長野県警の大和敢助と“眠りの小五郎”こと毛利小五郎。メインキャラクターが誰かというのは、近年の劇場版における恒例の話題である。灰原哀や怪盗キッドといった人気キャラを軸に据えた前2作に比べ、今回はややマニアックな人選に映ったため、一部からは「ライト層にはハードルが高いのでは」と不安視する声もあがっていた。だが、そんな懸念をよそに、毛利小五郎という“準主役級”を絡めることで間口が広がり、興行的にも大成功を収めた格好だ。

 内容面でも評価は上々である。大和と小五郎がそれぞれの因縁に向き合い、司法取引や検察、公安といった重厚なテーマを軸に物語が進行。サスペンス要素に富み、見応えがあったとする声も多い。脚本を担当したのは、テレビ朝日系ドラマ『相棒』シリーズや科捜研の女』シリーズなど数々の“刑事もの”を手がけてきた櫻井武晴。彼がこれまでにも『ゼロの執行人』(2018年)、『緋色の弾丸』(2021年)、『黒鉄の魚影』(2023年)など6作で劇場版『コナン』を担ってきた実績は周知の通りだ。今作でもそのノウハウは遺憾なく発揮され、法制度を絡めたリアリティあるプロットと、ハードボイルドな世界観が展開された。

 しかし、そうした高評価の一方で、コアなファンからは「脚本構成に物足りなさがある」といった不満の声も聞かれる。特に物議を醸したのが、小五郎の描かれ方である。劇場に貼られていたポスターには「今回わたくし眠りません!」と大々的に宣伝されていた。つまり、定番のパターンである「主人公・江戸川コナンに麻酔銃で眠らされての“腹話術推理”」ではなく、小五郎本人の推理が見られるという前提で作品が設計されているように思われたのだ。

 実際、原作や過去の劇場版では、小五郎が自身の現場経験を生かして名推理を披露する回も存在する。今回も探偵としての活躍が期待されていたのだが、その期待は見事に裏切られる結果となった。

 しかし本作では、小五郎と大和は事件を別々に追い、ほとんど共闘シーンがないまま物語が進行する。クライマックスの“解答編”でも、小五郎が行うのはコナン(=工藤新一)から送られてきたメールの“音読”のみ。肝心の推理シーンは皆無で、彼の役割は事件の説明役にとどまっていた。劇中で唯一目立った活躍といえば、銃の腕前を発揮して敵を牽制する場面だが、いずれにせよ“探偵もの”としての醍醐味とは方向性が異なる。劇場版の代名詞である、真相解明に向けた「推理のカタルシス」が弱く、物語としての満足感がいまひとつだったという指摘は、ファンの間でも少なくない。

 さらに、大和との関係性も希薄だったことが惜しまれるポイントだ。脚本家の櫻井は『相棒』シリーズを手がけているだけに、刑事と探偵が即席バディを組んで事件を解決するーーそんな展開を期待していた観客層には、明らかに肩透かしだった。2人の関係が過去のある事件で交差していたという設定は存在するが、劇中での接点はほとんど描かれず、共闘感は乏しいままで終わってしまった印象だ。

 物語全体に漂う“刑事ドラマ臭”と、ラブ要素や公安、検察の思惑が入り混じった硬派なストーリーは、確かに複雑で深みがある。一方で、トリックや謎解きよりもアクションや人間ドラマが前面に出た構成は、純粋な“ミステリーファン”にとっては物足りない内容だったとも言えるだろう。

 とはいえ、興収133億円という数字が示すように、『コナン』ブランドは揺るがない。今後、どんなキャラクターをメインに据えても一定の成功が見込めるという自信が制作陣にはあるのだろう。事実、誰がフィーチャーされてもヒットする現状は、作品の成熟と支持層の広がりを物語っている。だが、その人気に甘えることなく、映画ならではの推理の快感やキャラクターの魅力を丁寧に描いてこそ、劇場版コナンの本領が発揮されるのではないか。

 今回の小五郎には、その機会が与えられていたはずだった。にもかかわらず、物語での役割が“スナイパー”だったのは、やはりもったいない扱いだったと感じざるを得ない。

参照https://realsound.jp/movie/2025/06/post-2040626.html(文=泉康一)