マスク着用を呼びかけるジョコ・ウィドド大統領が登場する啓発広告(写真:ロイター/アフロ)


(PanAsiaNews:大塚 智彦)

 インドネシアの新型コロナウイルス対策が迷走している。保健衛生上のルールとして「マスク着用」「手洗い励行」「社会的距離確保」の3つが国民に求められているのだが、この3つのうち、ジョコ・ウィドド大統領自らサイネージ広告を含め、あらゆる宣伝媒体で周知徹底をしているのが「マスク着用」だ。

 ところが、多くの国民が着用しているマスクはコロナウイルス感染防止の効果が「極めて薄い」ことが政府のコロナ対策チームの調査で明らかになった。

 一方、9月14日から首都ジャカルタで再開された「大規模社会制限(PSBB)」の規制厳格化によって、警察や風紀監視隊に加えて国軍兵士も参加して市内各地での検問や巡回パトロールによる厳しい「マスク検査」が実施されるようになった。もちろんトラブルも多い。非着用市民との小競り合いや、はたまた取り締まる警察官と非着用警察官とのケンカなど、なんとも呆れた事態も生じている。

 インドネシアは今、「マスク着用か非着用か」を巡って社会に不協和音が広がり、社会不安を生みかねない状況になっている。そんなインドネシアの「マスク狂想曲」を追ってみた。

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露店で売られる効果乏しいマスクの数々

 14日からPSBBの規制が強化され、不自由な生活に逆戻りした首都ジャカルタ。「マスク着用」のチェックも厳しくなると、マスクを売る露天商が街中に急増した。

 市中心部では1枚5000〜1万ルピア(約35〜70円)のマスクが大量に売られている。インドネシアの国章や警察、国軍のロゴなどがプリントされたものや黒一色のもの、カラフルな色模様のものに加えて、アディダスやプーマなどのロゴが入った「パチもの」ブランドマスクも多い。しかしこうしたマスクは「バラクーダ」と呼ばれる合成皮の一枚織りのもので、洗って再使用も可能な手軽なものだ。

 またインドネシア人がマスクの代用としているものに、首に巻いたエリマキ状の布を口と鼻の部分まで引き上げて着用する「バフ」と呼ばれるものもある。

 インドネシア人に人気があるバラクーダとバフだが、政府のコロナ対策チームが検証したところでは、これらはいずれも素材が薄すぎて、ウイルス透過リスクが高く、感染予防効果は約5%に留まるという。

 それでもマスク着用検査の基準は「とにかく鼻と口を覆ってあればOK」というものでしかなく、その実用的効果は無視されている。とにかく鼻と口を覆うものを着用していればいいのだ。

 ただそうした中でも、バラクーダとバフは効果が薄いことから、近郊通勤鉄道の運営会社で独自に「バラクーダやパフでの乗車を禁止する」という動きも出始めている。

ネット販売のマスクはファッション

 一方、社会的制限による営業・操業の自粛や停止という結果、失業したり、無給の自宅待機を余儀なくされたりした人の中には、「にわかネット商人」となり、ネットでさまざまな商品を販売して糊口を凌ぐ人が急増している。

 食品・食材、スイーツ・菓子、飲料、化粧品などありとあらゆる分野でネット販売が盛んになっているのだが、需要が急増するマスクに目を付ける人も多く、お手製のものから縫製工場に発注した本格的なものまで多数出品されている。

 なかには感染防止よりファッション性に重きを置いた「レース編み」や「リボン付き」「ろうけつ染め」などのマスクも売り出され、人気商品になっているというから驚く。「レース編み」のマスクは編み目の隙間から飛沫が飛び散るのは明らかだ。

 医療関係者は「単層のバラクーダやバフなどではなく、きちんとしたマスク着用が感染防止の観点からは望ましい。レースのマスクなどファッショナブルなものも不適当」として人々に通常のマスク着用を推奨している。

マスク着用を確かめる「検査」「検問」「手入れ」

 インドネシアのマスコミでも、こうしたマスクに関する話題や事件をおもしろおかしく伝えている。

 東ジャワ州の州都スラバヤでは、警察官がマスク非着用者を摘発したところ、実は相手も警察官で、摘発した警察官と非着用警察官の間で「マスクしろ、いやしない」で口論になり、挙句の果てはケンカに発展したと報じられている。

 また自動車やオートバイの運転手がマスク非着用を咎められると、たいがいは「つけるのを忘れていた」として、所持していたマスクを取り出して着用しようとするのだが、取り締まり担当者は「いままで着用していなかった」として罰金処分にしようとする。そこでひと悶着起きるのはもはやジャカルタでは日常茶飯事となっている。

 最近ではこんなこともあった。マスク着用などを見まわるのは、地方自治体から任命されている「Satpol PP」と呼ばれる風紀取締隊の人々なのだが、違反者から罰金を徴収する際に、彼らが独自に作成している領収書を渡している実態が発覚した。本来は所定の公式領収書を発行して罰金を領収するのだが、自己流領収書で代用することで、罰金は公庫に入らず風紀取締隊の隊員個人のものになるという仕組みが暴露された。

 またマスクの非着用を摘発されても、生活難から罰金支払いの余裕もないため、検挙時に罰金以外の選択肢として示される「後日の社会奉仕」(道路清掃、市場整頓など)を選択したり、あるいは非公式の罰則である「棺桶に横たわる」「霊柩車に閉じ込められる」などその場で済む罰則を選んだりする人が減らないという実態もある。

「棺桶に横たわり1から100まで数える」という「臨死体験」は内外から批判されたため中止されたが、「第3の選択肢の罰則」として、東ジャワ州では「コロナ感染死者の墓掘り作業のアシスタントをする」、ジャカルタ近郊では「頭を丸刈りにする」などというものが実施されているとして、これも面白おかしく報じられている。

規制強化の初日だけで3000人摘発

 14日からPSBBの規制が強化されたジャカルタでは初日の14日だけで「マスク非着用」として約3000人が摘発された。

 非着用者は「罰金」か「4時間の社会奉仕」のどちらかの罰則を選択することが求められる(場所や担当者によっては第3の非公式罰則もありえる)。

 ジャカルタ市内では主要道路に検問が設けられているほか、鉄道、地下鉄、バスの各駅、各停留所には国軍兵士、警察官、風紀取締隊が配属されて、保健衛生ルール違反の発見、摘発に力を入れている。

 同時にチームで各地区の飲食店街、屋台街、市場を巡回パトロールしては、マスク着用、社会的距離確保、飲食店の閉鎖などを点検している。ショッピングモール内の飲食店も軒並み店内飲食が禁止されて、路面にあるレストランは入り口の扉があるかどうかが基準になっている。つまり、扉のある店は店内飲食禁止だが、扉がなく吹きさらしの店や路上の屋台は営業が可能という。

 ただそうした店でも、飲食する客同士の間隔が不十分だと注意、摘発(強制閉店)の処分を受ける。

 9月17日には、ジャカルタ南部のある地区で、扉がない営業中のレストランに警察官と風紀取締隊隊員らが押し寄せ、飲食中の客の間隔、従業員のマスク非着用などを咎めて営業中止を求めたところ、レストラン側、さらには周囲の同業者と口論となった。さらに言い合いは小競り合いにまで発展、一帯が不穏な空気に包まれたと同地域在住の日本人が訴えている。この地区は翌日も集まった群衆と警察とがにらみ合いになり緊張が高まったそうだ。

 ジャカルタでは市内各地で、生活苦を加速させかねない規制強化に不満を抱く市民と、高飛車な態度で点検、パトロール、指導、摘発にあたる治安要員や風紀取締隊との間の悶着が続発しており、社会不安の高まりに繋がることへの懸念が生じている。

「たかがマスク」だが「されどマスク」である。マスク着用の有無によって、インドネシアの息苦しさが増している。

筆者:大塚 智彦